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第三話「暗雲が覆う」

第三話「暗雲が覆う」






 ヴァレールはすぐさま準備に入ったが、ローランの使者により足止めを食う。そのためすぐには出立できず、王都で引き継ぎの作業を行っていく。ノエルの物覚えの早さに、満足そうに頷いていた。

「要領が悪い」

「私がですか?」

 ノエルは自負心から、すかさず聞き返す。ヴァレールはかぶりを振る。

「口に出ていたか?」

 ノエルは首を縦に振った。

「すまん独り言だ。ローランめが、どうにも要領が悪くてな。こんなことなかったのだが」

「グリーンハイランドとの繋がりは、誰よりも強いはず」

 国境線状の領地を管理しているが故に、グリーンハイランドとのやり取りも多い。故に今回、彼が名乗り出ることがなくとも、フェリシーはローランを頼ったであろうほどだ。

 そのローラン侯爵が、グリーンハイランドとのやり取りをまごついているのである。

「何やら雲行きが怪しくなってきたな」

「やはりここは俺が」

 バカ言えとヴァレールは手を振った。

「なおのことわしがいかねばならん」

 ならばとノエルは護衛にディオンを推薦する。しかし、それも却下された。

「やはり肌ですか?」

「んなことあるわけなかろう。外の国なら、なおのこと肌の色なんて気にせんわ。大体グリーンハイランドにはバニーハイランダーやケンタウロス、他にも肌の色が違う者なんてたくさんだ」

 ヴェルトゥブリエは国土のほとんどが平原である。人が住める場所は王都のように神木がある場所に限っていた。

 故に夏場は日が遮るものがなく、日に焼けたい放題である。

 森の木の根元に近いところに住む人ほど日に焼けることはなく、逆に外にいるものほど肌が焼けた。肌の色で身分を作っていたのが先王のヴェルトゥブリエだ。

 現在はそれが撤廃されている。

 もちろん中にはそれを気にするものもいるが、ほとんどがフェリシーの父のやり方に反対を示していた。

「では、なぜです?」

「近衛大将なのだから、陛下の側にいるのが当たり前だろうさ」

 なるほどとノエルは納得する。

「なんの話かしら?」

「陛下、今日も麗しゅうございますな」

 ヴァレールの言葉にお礼を言いながら、笑顔を作って顔を向けた。

「陛下、少しの間王都を離れること、申し訳なく」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

 面白くないのか、ノエルは少しだけ憮然となる。すかさず口を開く。

「この宰相ノエルがおります故、安心して務めを全うしてくださいヴァレール殿」

 老人は口を開けて笑うとフェリシーに耳打ちする。

「陛下、あの宰相。かなりの下心の持ち主です。ディオンも含めて心をお許しなるな」

 フェリシーは態とらしく頷いてみせた。

「陛下の体は少々、男子を魅了しすぎるきらいがありますからな」

 もうと怒る素振りをするとそっぽを向く。

「陛下の美しい体を見たくば、必ず帰ってくるのだな」

「わかっておるわい。わしにとっても目の保養だからのぅ」

 ヴァレールの言葉にフェリシーとノエルは固まった。

「知らなかったのですかな? いつもこの眉の奥から見ておりました。これからも眼に刻んでおきたいので、是非とも無事に全うして帰りますぞ」

 まあとフェリシーは頬をふくらませて怒ったような顔となる。腰に手をあててヴァレールを上目づかいで覗きこむ。が、すぐに柔らかい笑みを浮かべると、豊かな胸を抱き上げて見せた。

「どうかしら?」

「絶対帰ってくる」

 ヴァレールは腰だめに握り拳を作って、喜びを現す。

「陛下。結婚しよう」

 ノエルがフェリシーの手を取ろうとしたときだ。大声でそれが遮られる。

「陛下ァ! へェ! いかァ! 悪い虫がおります! お下がりください!」

 褐色黒髪の青年が槍を振りぬき、ノエルにひとつき見舞う。むろん刃を向けず石突での刺突だ。が、ノエルは踊るように後退し、それを躱す。

「ディオン! 貴様どこから!」

「近衛大将なのだから、お側にいるのは当たり前だろうなのだァ!」

 互いに顔がぶつかりそうな距離で睨み合う。

 ヴァレールが二人の頭部を殴りつけ、やめさせる。

「二人共、進歩のない」

 後ろでフェリシーは口に手を添えて笑う。

「「ですがこいつが」」

 二人して指差し合い、一字一句同じ言葉を浴びせる。それを見てフェリシーは肩を震わせて笑った。両者は毒気が抜けていくように、項垂れていく。

「二人おるな」

 ヴァレールは改めて言うこともないがと、言葉を紡ぐ。

「これからはお前たち――陛下も含めて皆が、この国を支えていく番。決して忘れる事のないように」

 その時ばかりはノエルもディオンも、真剣な表情で頷き合う。

「こやつの知恵がなければ、俺はただの猪騎士だからな」

「お前がいないと、俺も策の練り甲斐がないからな」

 ヴァレールは微笑ましく思ったのか、顔をほころばせて首を縦に振った。

「頼んだぞ」

 程なくするとローランの使者が王都に顔を出した。明日には出立を求めたのだ。ヴァレールは難色を示したものの、ノエルとディオンに後を頼んで、使者の任を果たしに向かった。






 三日後。夏を感じさせるヴェルトゥブリエの空は、厚い雲で覆われていた。恵みの雨だと喜ぶ王都の民。

 しかし玉座の間は空の色と同じく暗く沈んでいた。

 玉座に座るフェリシーは顔を俯かせる。下唇を噛み締めて、震えを押さえつけた。

 ローランは木箱を抱えて、王都に舞い戻ったのだ。顔は苦悶に満ちており、唇をかんで、今にも泣き出しそうになっていた。

「申し訳……ありません!」

「木箱の中を……見せて頂戴」

 フェリシーの言葉にノエルとディオンは制止する。しかし彼女は首を振って、黙ってローランに促す。

 周囲の人の目を見てから、ローランは渋々と言った様子で木箱を開けた。中から白い布で包まれたモノを取り出す。下側に赤黒い液体が滴っている。

 ローランの手は震え、包を上手く解けないでいた。

「申し訳ない……」

 何度も言いながら遅々として、ようやく結びが解かれる。

「ヴァレール……」

 フェリシーは小さくつぶやくと、ローランの元までおぼつかない足で歩んだ。

「ヴァレール……。あなた言ったじゃない。私の体を見るって……言ったじゃない」

 フェリシーはローランの元まで行くと、座り込んでソレを抱きしめた。緑と白の布を重ねたドレスは、すぐに赤黒く染まっていく。

「言ったじゃない!」

 嗚咽混じりの叫びに、場は静まり返る。

 気づけば雨音が耳を打つ。外は雨が降り出し、あっという間に土砂降りの雨となる。

「陛下。どうか私めに出兵をお命じください」

 ローランは頭を垂れて進言した。しかし、フェリシーはかぶりを弱々しく振った。

「なぜです?」

「全軍で――」

 小さく弱々しい声を、ローランは聞き返す。

「全軍で叩き潰します! ヴァレールの弔い合戦よ!」

 その時のフェリシーは温和な顔は鳴りを潜め、胸の内を暴れまわる激情が顔に出ていた。

「絶対に落とし前をつけてやるんだから!」

 ひとりそんな彼女の姿を見て、口元を歪める。

 約三週間後。ヴェルトゥブリエは北の大地で歴史的大敗を喫す。






~続く~


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