第三十九話「金の姫将軍現る」
第三十九話「金の姫将軍現る」
一行はブランシュエクレールに帰ってから、迫る戦争に追われていく。
ソラとシャルリーヌたちは王都に戻ってシャルロットたちと今後の事を話し合う。レーヌとカトリーヌ=ルはシャルリーヌが迎えた奴隷の指南。
話し合いを終えたソラは魔王と共に海上都市に戻る。三大商人との話し合いと、奴隷の回収のためだ。
魔龍はン・ヤルポンガゥと海上都市を繋ぐ橋に降り立つ。ソラはお礼を言って、踵を返す。彼の視線の先には夕暮れが広がっていた。
魔王はソラの背中に言う。
「あの埋蔵量は異常だな」
「魔王をもってしてもですか?」
ソラは足を止め振り返る。まだ先に話があると察してだ。
「ああ、譲れない戦いが始まるな。奪われるなよ?」
魔王は言外に隙を作るなよとも言う。ブランシュエクレールが国として成り立たなくなった時、それはン・ヤルポンガゥが奪いに動くということでもある。
「肝に銘じておきます」
魔王は踵を返す。そしてしばらく歩いたところで足を止めた。背中越しに言葉を投げる。
「ソラ、君はどうしたいんだ?」
ソラはその言葉の意味を必死に推し量った。
魔王は続ける。
「このまま冒険を続けるのかい?」
「そう仕向けたのはバハムートではないですか」
「そうだったな。いや、前言撤回するようで申し訳ないが、君がこのままブランシュエクレールにいてくれると、僕としても助かる」
あの国を侵略したくないからねと魔王はつぶやく。声音はふざけているものの、魔王の目が鋭くなった。背中越しのためソラにはそれがわからない。しかし一瞬纏う気配が変わったのを彼は見逃さなかった。
「確かにその能力を知りたければ、大陸の遺跡を調べろと言った」
ソラは考える素振りとなる。彼は龍を宿す者であった。その正体を知りたいのならば、冒険を続けなさいと、魔王が言ったのである。
「だがね、本当に正体なんて知る必要なんてあるのかな?」
その言葉にソラは息が詰まった。彼は足元が崩れ落ちていくような錯覚に襲われる。
魔王は両手を広げて空を仰ぐ。
彼は正体なんぞ知らなくても生きていけると断言する。その正体なんぞ、結局はソラだけが知りたいだけのことかもしれない。
今の自分の立場を捨てても、正体を知るために冒険なんてする必要があるのかと、魔王は言う。
「確かに今の自分にも満足していますし、領地運営も楽しんでいます」
ソラは亡き父の笑顔と師父の背中を脳裏に浮かべた。
ソラの父は領地を与えられた武家であり、アズマの軍師でもあったのであったのだ。対して師父は霊将であり冒険者でもあった。
そのどちらの生き方にも、ソラは魅力を見出している。そしてそのどちらかを選べと魔王は言う。
「考えておくといい」
そう言うと今度こそ魔王は飛び去っていく。その姿が見えなくなるまでソラは見送った。
ソラは海上都市にあるサファリラインに向かうと、道中フェルナンドと合流する。
「よお、早かったな」
「二日ぶりですね」
「今頃、第五騎士団の連中は港に着いている頃か?」
ソラはここまで来る道中を思い出す。第五騎士団を乗せた船が、ブランシュエクレールの港近くを航行していた。風は弱いものの、辿りつけない距離ではないと彼は判断する。
「ええ、今頃は荷降ろししている頃合いかと」
「そうかい。んじゃあ、行くか」
褐色の商人は白い歯を見せて笑う。ソラは頷きで応じ、二人はサファリラインへと足を運んだ。
迎賓館に入ると、三大商人は女性と話を進めていた。
女性は漆黒の長い髪をかきあげて二人を見つめる。赤い瞳に幼い顔立ち。どこか妖艶さを孕んだその笑みに、ソラは背筋に悪寒が走る。
彼女の側には大きな布で包まれた長物。ソラはすぐにそれが武器であると察した。彼は注意深く観察する。
女性の身なりは黒い衣服で身を染めていた。赤いフリルが特徴的なゴスロリという服だ。衣服と同じ黒のヘッドドレス。やはりフリルも赤。長いスカートの先に足が覗く。黒い革のブーツ。
誰から見ても顔と鎖骨のあたりしか肌を見せていない。しかし座しているソファーを立とうものなら、大胆に開いた背中が露わになるだろう。
ソラとフェルナンドは目と素振りだけで、外で待とうかと問う。それをワーライオンのコウノスケは首を振った。
「いや、お前への客人だソラ」
「俺の、ですか?」
ソラは女性に目を向ける。すぐに彼は思い出す。
「中央にいましたよね?」
「あらぁ、覚えていてくれましたかぁ?」
「あの時質問をしてきましたし、場所が場所でした」
中央の競りを行っている時に、女性は柱の上に立っていた。もちろん何人か同じようにしていたが、ひとりだけ悠然と気品に満ちた様子でそこにいたのだ。
「結構きわどい質問を投げたのにぃ、躱されてしまいましたわぁ」
ソラは頭をかいて、あからさまに話を変える。
「それで話とは?」
女性はそうでしたと言うと、長物に巻いている布を取り払う。中から黄金の刃を持つ戦斧が出てくる。柄の長さは六尺(約百八十センチ)。太さは女性が握ると指がなんとか回るくらい太い。先端は黒く、槍のように尖っている。
一瞬、黄金の刀身故に、素人は見入る美しさ。それなりに知識のある者なら、装飾の武器化と馬鹿にしただろう。しかし、ソラはそれで全てを察する。
「金の姫将軍……」
隣にいたフェルナンドは驚愕のあまり大口を開けた。
「ご名答よぉ」
金の姫将軍は人差し指を立てて、自身の頬に添えるように当てる。
「改めてご挨拶させていただくわぁ。グレートランドの守護将軍がひとりぃ、グラディス・ゴールドラインよぉ。初めましてぇ、ソラ・イクサベ」
ソラは少し驚いて見せたものの、海上都市では自分が有名であることを思い出し、どこかで仕入れたのだろうと予想した。
「こちらこそよろしくお願いします。グラディス・ゴールドライン」
そしてソラは隣にいるフェルナンドも紹介する。
ソラは黙ってグラディスの言葉を待つ。
「あのねぇ。歓楽街を作るって聞いたのぉ。私もそれに参加させてほしいなぁと」
グラディスの言葉が終わるのを待って、コウノスケが口を開く。
「誰にも吹聴していないんだがな」
「貴方達はねぇ」
グラディスはどうして知ったかを、説明せずに視線だけをソラに向けた。
「それでどうかしらぁ? それともグレートランドと戦争するからぁ。そういうのは出来ないかしらぁ?」
ソラは冷静に切り返す。
「グレートランド皇国がブランシュエクレールを敵と見なさなければ、戦争は起きませんよ」
一瞬の攻防。グラディスは事のついでにブランシュエクレールの出方を伺おうとしたのだ。もちろんすぐには尻尾を見せない。
ソラも戦争するかしないかの態度をはっきりさせなかった。
「それでぇ、どうかしらぁ?」
ソラは思案する。グレートランドの守護将軍が、ルミエールの歓楽街に手を貸すというのである。もちろん普通ならば拒否するべき案件だ。フェルナンドは当然だと言わんばかりに、否定的な姿勢をとっていた。
「質問を返してすいません。北の守護将軍がなぜです?」
「北だからよぉ。それに歓楽街の楽市にも私の領地で採れるモノを出すわぁ」
そうねぇとグラディスは態とらしく、口元に人差し指を持ってくる。そしてもったいぶるように口を開く。
「魔金剛石とかどうかしら?」
「なっ? いや、待てよ。そんなもの、ブランシュエクレールに持ち込んだらマナの濃度が上がっちまうんじゃ?」
グラディスは目つきを鋭くして、フェルナンドを黙らせる。だが、三大商人は誰もが腰を浮かせていた。
「むしろこう言いましょうかぁ? 貴方のところの歓楽街なら、魔金剛石を出してもいいわぁ」
グラディスは妖艶な笑みを浮かべて言う。対してソラは、しばらく考え込んだ後に口を開く。
「いいでしょう」
~続く~




