第三十一話「殿下のわがまま」
第三十一話「殿下のわがまま」
空は青く。カモメが高く舞う。人混みの喧騒が、現実に引き戻す。
マルコの話を聞き終えた一行は、思い思いの顔となる。
シャルリーヌは動揺し、レーヌは怒りを露わにしていた。カトリーヌ=ルは困惑するばかりだ。
ただひとり平静なのがソラである。
「飛脚に頼んで、事の詳細は書簡にまとめたが」
「届いていましたよ。アポー伯爵の話とは聞いていませんでしたが」
ソラは城を出る前にシャルロットと二、三やり取りをしていた。それを思い出し、考える素振りをとなる。
「そちらは任せて下さい」
マルコはああというと、樽を叩く。レーヌが敏感に反応を示す。マルコはすぐに手を振って詫びた。
「んで、この樽どうするんだ?」
マルコは話を変える。運ぶのかと素振りで聞く。
「その前に殿下に海上都市をご案内したく思います」
マルコはわかったと言うと、樽の上に座り込む。言外に言う。ここで待つので一周りしてこいと。
ソラは頭を垂れて礼を言うと、シャルリーヌに向き直り手を差し出す。
「申し訳ございませんがお手をよろしいでしょうか?」
はぐれないために、手を握って行動したいと申し出たのだ。
シャルリーヌは彼の手をまじまじと見つめる。
「良いのですか?」
「殿下がお気に患わなければ」
彼女としては願ってもない申し出であるが、平静を装うので精一杯だった。
シャルリーヌは恐る恐る手を差し出す。ソラは優しく彼女の手を包み込んだ。
少女は耳まで顔を真赤にさせて、顔を俯かせる。嬉しそうにはにかんだのだが、ソラからは見えていない。
目つきの悪い少年は「では」と言うと、シャルリーヌを伴って街へと繰り出す。レーヌとカトリーヌ=ルもついてくる。が、しばらくしてはぐれそうになり、レーヌがカトリーヌ=ルの手を取り、空いている腕をソラの腕に絡ませる。
「こ、こうでもしないとはぐれそうなのだ」
「わ、わかりました」
ソラはぎこちなくなった。彼女の胸の感触が彼の腕から伝わっているのである。もちろん腕を絡めているレーヌもそれを知覚しており、首筋まで顔を真赤にさせている。
とはいえはぐれないための対策であり、どちらも変な気を起こさぬように他愛もない会話をしていく。そんな二人にシャルリーヌとカトリーヌ=ルは自身の胸を見下ろし、ため息をつくばかりである。
道中シャルリーヌは好奇心の赴くままに店を指さし、そちらへ移動してはソラや店主にあれこれ質問し、なるほどと頷く。
露店が軒を連ねる通りに差し掛かったところだ。
「奴隷いかがですか? 可愛い女の子だよ? 新鮮だよ。しかも希少だよ」
そう呼び止められて足を止めてしまう。レーヌが咳払いをして先を急ごうとするが、シャルリーヌは足を止めてしまう。
折の中にいる女性を興味深そうに見つめていた。女性とわかったのは、一糸まとわずそこにるためである。豊かな体つきに道行く男性は、チラ見をしていた。
対する折にいる女性の反応は淡白だ。興味なさそうに外を眺めている。
「半獣人……ですか?」
人間の耳のあたりが獣の耳となっている。尻尾がおしりの部分から出ていた。
身に着けている衣服はなく、首輪だけがあるだけである。
――妖狐。こんな希少な種族がここで?
ソラは二重の意味で驚く。妖狐は、狐の半獣人である。その希少性から三大商人でも取り扱うことが珍しいほどだ。それが露店に並べられているのである。
その時ソラは奴隷の市場が下落しているのを理解した。
シャルリーヌは奴隷の妖狐と目を合わせる。
「育ちの良さそうな目をしている」
「でも失敗しました」
「私もよ。私の場合は取り返しがつかないけどね」
彼女は自嘲気味に言うと、そっぽを向く。シャルリーヌは顔をしかめた。なんとか出来ないものかと、考えてソラを見上げる。
レーヌが間に入ってシャルリーヌに首を振った。
「あ……その……でも」
「シャルロット様はしませんよ」
シャルリーヌは顔を俯かせてそうですかと弱々しく言う。
「お姉様なら……」
「買いましょう」
ソラは店主に言う。店主は顔を明るくして応対するが、ソラの交渉術の前に値切られていく。次第に顔をしかめていく。
「に、兄ちゃんお目が高いね」
体に興味でも持ったのかと茶化されるが、ソラはシャルリーヌに目を向けた。
根切りに成功した彼は、金銭を渡す。
「シャルリーヌ様が、面倒を見るのです。いいですね?」
突然のことでシャルリーヌも、そして妖狐の女性ですら唖然としている。
「え? あ、はい」
ただひとりレーヌだけは違う反応を示す。
「なぜ買ったのですか!? 体ですか?! 変態ですね!」
ソラはレーヌをなだめる。
その間に店主はシャルリーヌに腕輪を渡す。
「初めてか?」
「はい」
「隷印呪の刻んである奴隷をいうことを聞かせる腕輪だ。名前は令呪の腕輪ってんだ。これで奴隷を命令したり、おしおきに使うんだぞ。魔力を通して念じるだけでいい」
「はい、わかりました」
そして全裸のまま檻から出た妖狐は、未だ心ここにあらずである。
「私は反対です。シャルロット様なら買いませんよ?」
その声にシャルリーヌは肩を跳ねさせた。
「だからこそです」
ソラの言葉にレーヌは不満を露わにする。彼の言葉にシャルリーヌを救う。
「シャルリーヌ様はシャルリーヌ様です。だからなんです」
その言葉にレーヌは自分の失態に気付かされた。シャルリーヌはシャルロットになる必要はないのだ。そのことをレーヌは理解していなかった。
シャルリーヌがこれから国を引っ張っていくのである。姉の用意した道を歩んでいくのではなく、自分自身で道を切り開いていくのだ。
シャルロットとは違う。ならば、お金の使い方もまた違うのである。
「それにシャルリーヌ様なら、欲した理由も――」
「なとなくです。ごめんなさい」
そこまでレーヌを押していたソラは固まってしまう。レーヌはため息で返す。
「まあ、いいでしょう。シャルリーヌ様ですからね」
ですがとソラに甘やかさないように釘を刺す。
「あの……服はいいかしら?」
妖狐の女性は、申し訳無さそうに要求した。シャルリーヌはソラを潤んだ瞳で見つめる。
ソラは頭をかいて一瞬だけレーヌを見た。彼女はそっぽを向く。それからすぐにシャルリーヌを見つめた。潤んだ瞳がソラを映す。
「……買いましょう」
ソラはシャルリーヌには厳しく出来なかった。
目つき悪い少年は一応の措置として自身の外套を差し出す。妖狐はそれを受け取る。中から具足が現れて妖狐は驚く。
「随分良いモノ使っているじゃない」
「お目が高いですね」
「しかも同族ね」
ソラは頭をかいてええと応じる。
それから服屋へと行くはずが、シャルリーヌの好奇心の赴くままに店に入り、店主に話を聞いたり、奴隷を買っていく。
奴隷は無作為に買っているわけではない。シャルリーヌ自身はなんとなくで選んでいくのだが、ソラとレーヌはその目利きに驚いていた。
皆何かしら秀でた才を持っているのである。
店に入って話を聞く時は、相手を褒めてその懐に飛び込み、瞳を輝かせて話を聞くため、店の面々も気持ちよさそうに話をしていく。
ほとんどが亜人の女性であるが、ひとりだけ男性が混じる。
「本当に私でいいのですか?」
ただし、どうみても虫。否、人だが虫。クワガタ虫が二足で立って歩き、腕四本腕を組み、顎に手をやる。
シャルリーヌは笑顔でええと応じた。
「できれば、あの刀も取り返していただきたいのですが」
シャルリーヌが振り返る頃には、ソラは店主に刀を指し示す。背後ではレーヌが手で顔を抑え、カトリーヌ=ルが奴隷たちを取りまとめていた。
「ダメです! 食べ物はまだダメです!」
茶色のツインテールを跳ねさせながら、四方八方に行きそうになる面々を、引き戻す。
「あ、勝手に店に入らないでください! こっちです! 店に返してください!」
本来ならそういうのはレーヌの役目なのだが、今の彼女にはそんな余裕はなくなっていた。
見かねた妖狐の女性がカトリーヌ=ルを手伝う。
「ソラさん……いい加減にしてください」
低い声に怒気がこもる。
「あ、これで最後ですから。ありがとうございますレーヌさん」
レーヌはやっと終わったと安堵の声を漏らす。妖狐の女性は周囲の男性の眼差しを集める。彼女が外套の下が裸であることを、彼らは知っていた。情欲のこもった目線に、妖狐の女性は危機感を抱く。
「早く服!」
一行はソラの案内で服屋に入る。
店主は奴隷の面々に顔をしかめたが、ソラを見つけると店の奥を指さす。
「皆さん体を洗ってきてください」
ソラは奴隷の面々に指示を出す。レーヌとカトリーヌ=ルは手伝いでついていく。
目つきの悪い少年と二人きりになったことに、シャルリーヌは小さく拳を作る。
笑顔を作って顔を向けると、蒼い光が灯る。光は人を象っていく。
「久々に来たわね――あら? いいスーツあるじゃない。ソラおいで」
「蒼、勝手に出ては困る」
「いいじゃない――ほら」
ソラと契約している神霊が姿を現す。彼女はスーツを手にとってソラにあてがっては、うんうんと唸りながら、服を吟味していく。
「シャルリーヌもこっちに来なさい」
シャルリーヌは半ば強引に引き寄せられて、色々な服をあてがわれていく。
「こ、これは?」
「チャイナドレスっていうのよ」
「これは?」
「ゴスロリドレス――甘ロリドレスだったっけ? とにかく文明が崩壊する以前にあった服よ」
蒼は際どい服から、普通の服、色々と見繕ってあれこれと、比べていく。
「ソラ、支払いお願いね」
「わかりました……」
ソラは黒いスーツに白いシャツ。赤いネクタイを試着させられる。
「はい。伊達眼鏡」
ソラは成すがまま、受け取ってかけた。
「どうですか?」
「うん。いいんじゃない? このワックスで髪を固めればいいんじゃないかしら?」
ソラは抵抗をしたものの、シャルリーヌも混ざってきたので、やはり成すがままにされていく。
「わあ、お似合いですよ」
カトリーヌ=ルが戻ってきて、満面の笑みをソラに向けた。
レーヌは驚愕して言葉を失う。しばし見とれてしまっていた。
「ど、どうも」
「なんか増えてるし」
妖狐の驚きに、蒼はえっへんと胸を張る。
「ほら、全員そこに並ぶ」
蒼の勢いに店主もソラたちも、引っ掻き回されていく。
それから神霊は全員に服を見繕っていく。レーヌもカトリーヌ=ルもだ。もちろん支払いは全てソラである。
ある程度身なりが整ったところで、シャルリーヌは妖狐の名前を聞いた。
「シャルリーヌ様が決めてよ。私は奴隷だし」
「え? でも名前があったのでは?」
「あったけど奴隷になっちゃったし」
シャルリーヌはひとしきり唸った後に口を開く。
「ヨウコさん」
妖狐は全力で首を振った。
「安直すぎるでしょうよ! 妖狐だからといってヨウコなんて」
シャルリーヌは膝を抱えるように、うずくまってしまう。それなりの自信が彼女にはあったのが伺える。
妖狐の女性はソラに向き直った。
「金払ったんだから、あんたなんとかしてよ」
「シラヌイ」
ソラは即答に近い形で提案する。
「シラヌイ……。いいわね。気に入った」
その背後でシャルリーヌは肩を落としていた。
~続く~




