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第二十一話「魔王の侵略」

第二十一話「魔王の侵略」






 青空に白い雲がちらつき始め、太陽を時折遮る。雲によって作られた影がブランシュエクレールの王宮にも差し掛かった。

 シャルロットは背中に冷や汗をかく。彼女の目の前にいる男は、四大祖龍の一体、魔龍バハムートである。今でこそ人の姿をしているが、彼はその気になればドラゴンになることも出来るのだ。

 そんな彼を人は魔王と呼ぶ。

 バハムートは会談する部屋を小さな部屋を所望した。質素で飾り気のない部屋だ。急遽侍女たちが用意した花だけが、部屋に彩りを与えていた。

 ン・ヤルポンガゥ側はバハムートとお付きの人間。対するブランシュエクレール側はシャルロット、シャルリーヌ、ガエル・ブークリエ、そして数人の高官たちだ。

 この部屋にした理由をシャルロットは今、身を持って知る。

「もう一度言う。ここに海上都市を作らないか? もちろん費用も材料もこちらで全て持つよ」

「馬鹿な!」

 魔王の言葉に反応したのはシャルロットだけではない。ガエル・ブークリエやシャルリーヌも戦慄にも似た驚きを覚えていた。

「僕は真剣だよ」

 魔王の射竦めるような眼差しに、シャルロットは固唾を呑んだ。

 だからと言って黙っているわけではなく。腹に力を込めて対峙する。

「なおさら質が悪いわ」

 ただで作ると魔王は言っているのだ。ブランシュエクレールにとって乗らない話ではないように思われた。しかしシャルロットはそれを侵略と受け取った。

「馬鹿にしないで! 私達の国を蔑ろにしないでいただける?」

 魔王は含み笑いをする。それだけでブランシュエクレール側の高官たちは言葉を失った。

「それにあなたの国になんの利益があるというの?」

「利益はある。そしてそれはシャルロット陛下も存じているはずだ。違うかね?」

 シャルロットもそれはわかっていた。彼女は背に冷や汗を流す。

 人、モノ、金。それらがより活発に動く。もちろん不利益もそれだけ転がり込んでくるが、それを差し引いても国に入る利得は、ブランシュエクレールを豊かにする。

 シャルロットや前王アデライドも、同じような試みをしたことがあった。ン・ヤルポンガゥの海上都市を参考に、楽市を思案したものの、それが行える候補地がなかったことや、海上都市がすぐ近くにあることから断念したことがあったのだ。

「それでも近すぎる。もっと遠くにすればいいのでは?」

 彼女は飛びつきたい衝動を抑えながら、先延ばしや矛先を変えようと図る。それは魔王とて見抜き理解していた。

「まずは近くに、と思うのが普通じゃないかな?」

 近いと言ってもブランシュエクレールとン・ヤルポンガゥは海で隔てられている。これは近いようでもあるが、物流としては大きな隔たりと言っても過言ではない。

 だからこそ、魔王はブランシュエクレールにそれを求めているのである。両国の関係は良いと言っていい、それらを考慮して話を持ってきたのであった。

「それに貴国はマナの平均濃度が低い。九魔月が数年続くことも考えれば、まずは安心できる場所がいいね。何よりグレートランド、ヴェルトゥブリエ、ノワールフォレ、マゴヤ、それらの国が近い」

 国が多ければ多いほどモノ需要は多様化する。それは魔王にとって海上都市を建設するのに必要不可欠であった。

 ン・ヤルポンガゥは島国である。故に国としての需要と供給は偏ってしまうのだ。凝り固まった物流は安定しているように見受けられる。しかしそれは――

「ひとつの国の物流など偏り、そして停滞する。それは僕がもっとも嫌うモノだ」

 多様なモノの移動はそれだけ市場を活性化させる。それを彼は近場に求めたのだ。

「それを安心して任せることが出来るのは、貴国だけさ」

「お褒めに預かり光栄ですわ。ですが、頷けませんね」

 シャルリーヌは物言いたげに姉を見やる。それをシャルロットも気づいたが、視線も向けずまっすぐと魔王を見据えた。

「だろうね。僕が逆の立場でも君と同じようにするさ」

「ならばなぜ?」

 魔王は視線を動かす。シャルロットからシャルリーヌへと。彼は品定めするようにシャルリーヌを眺めた。

「共存共栄。それが僕の主義さ」

 シャルリーヌはその言葉を胸中で反芻させる。それは確かに彼女の中に取っ掛かりを作った。

 再び魔王はシャルロットに視線を向ける。

「君は王位を退くらしいね」

「どこでその話を?」

「想像しただけだよ」

 シャルロットはしまったと顔をしかめる。

 魔王は全知全能ではない。わからないこともたくさんあるのだ。故に彼は確かめるためにカマをかけたのである。

「内乱が起きた場合、君ならどう責任を取るのか。殿下を討たずにいるのはそうなのかなって考えたのだよ」

「シャルリーヌを口説くつもり?」

「今日はお話だけさ。前向きに検討してくれると嬉しい。それとこれを殿下の経験となれば幸いだとも思う。やはり隣人は賢いに越したことはない」

「お気遣いありがとうございます」

 彼らはその後色々な情報を交換した。エメリアユニティ、グレートランド、カンウルス、ロートヴァッフェ、ノワールフォレなどの国の内情などもだ。その中で魔王は改めてシャルロットを王だと認めることも約束し、文章でそれを残したのである。

 これは牽制する狙いもあってのことだ。ヴェルトゥブリエとン・ヤルポンガゥがシャルロットを王と認めた。それに対して異を唱えるということは、両国とも敵対することとなるのである。グレートランドとて容易に口を挟めない。

「そうだ。ひとつ」

 シャルロットはまだあるのかと内心思いつつも、魔王の言葉を黙って促した。

「ロートヴァッフェの使者が近々ここにくるよ」

「ロートヴァッフェが?」

「その情報をあげたのだから、海上都市のことをだね」

「海上都市のことは、考慮は、しておきます」

 シャルロットはことさら強調して、顔をそっぽ向かせる。魔王は肩を竦めるしかない。

 彼女自身は海上都市の事を好意的に考えていた。しかし状況がそれを許さない。ブランシュエクレールは今にもマゴヤと戦争が起きそうな現状にある。

 そんな中、国から海上都市を建設する資材や資金を出すことは不可能であった。だからと言って、ン・ヤルポンガゥに任せてしまうのは国としての尊厳に関わる。

 国としての対面を整えていないような国に、魔王は手を差し出さないだろう。少なくとも逆の立場なら、シャルロットはそう考えた。

 魔王もまた急ぐつもりはなく。ブランシュエクレールを取り巻く状況を理解しているからこそ、話だけは持ってきたのである。

「それとこの話の問題点とか、ちゃんと殿下に教えといてね」

「言われなくとも」






 魔王たちが去るとシャルロットたちは息を吐いた。特にガエル・ブークリエ元伯爵は、げっそりとして顔を作って机に顎を乗せている。

 視線がシャルロットと交わると、上体を起こそうとして上手く動かなかった。

「無礼をお許し下さい。が、今しばらく――」

「ああ、いいから気にしないで。私もそうしたいくらいよ」

 シャルロットは立ち上がり、高官数人に指示を出す。そして後ろでガエルと同じく呆けているシャルリーヌに向き合う。

「どう?」

「共存共栄……その……間違っているかもしれませんが……とても興味を持ちました」

 シャルリーヌの本心を言えば飛びつきたいくらいの提案だ。しかし、先の内乱の原因を作ってしまった手前、彼女は積極的になれないでいる。

「その……何かを望むのが、あまり」

「この話はシャルリーヌ、貴方に預けるわ」

「え?」

 シャルロットは頭をかいてから、視線をそっぽ向かせた。

「責任は私が持つから、貴方なりに考えて決めなさい」

 その言葉にガエルたちは否定の色を顔に出した。それはシャルリーヌも鋭敏に感じ取る。

 シャルロットも理解している。シャルリーヌが自身の方針に自信が持てないこと、ガエルたちが危惧していることも、無理からぬ話だ。しかし、それではこの先困るのだ。彼女は国を引っ張っていく立場にならなくてはならない。そしてそれを支えるのは自分ではなくガエルたちである。

 だから、シャルロットは自分が責任を持つ形でいくつか、必ず成功できる案件をシャルリーヌに投げるようにしていた。それの一環として海上都市も任せることにしたのだ。

 どんな形であれ、この話に乗れば成功するだろう。魔王は成功させるとシャルロットは考えている。しかしそれはン・ヤルポンガゥにとってだ。もしそうなった場合、その部分の責任を彼女が負えば済む話だ。

 対するシャルリーヌは、今まで受けてきた話の中で一番大きな話に足がすくんでいる。国を傾けかねない話に、頭の中は大混乱を起こしている。

 だから少しでも話しを聞こうと口を開く。

「その……今すぐ受けなかった理由は?」

「現在の状況で、資材とお金が工面できると思えない」

「ドラゴンのお金は?」

 ドラゴンを倒し、その亡骸を売り払った金は小国すら買えるほどだ。そしてそれはまだ本格的には手を付けていない。

 それを使えばすぐにでも着工できるのではないかと、シャルリーヌは考えた。

「殿下、人員があまり割けませぬ」

 ガエルの指摘に、シャルリーヌは顔をしかめる。そのことを考慮していなかったのだ。

「お金は戦争で、いざという時にないと困るでしょう?」

 この先の戦争のことを考慮すれば、そんなにお金を使い込むようなことは出来ない。

 シャルリーヌも理解し頷く。

「そうですね……。ン・ヤルポンガゥに出させるというのは?」

「私達の国に作るのに、どうして向こうに任せきりにさせるのかしら?」

 それに、もしそれをさせる場合、ブランシュエクレールにそれだけの価値があることを示さなければならない。現状、マナの平均濃度が低いことだけが、ン・ヤルポンガゥにとっての利点だ。

「あ――そうですね。それだと――私達の国の中にン・ヤルポンガゥを引き入れるようにもなりますね」

 同盟国のグレートランドから見ても、それは面白く無いだろう。外交で戦争を回避しようとしている国でもある。それ故にブランシュエクレールにン・ヤルポンガゥが願い出た形にしなくてはならない。

「それだけじゃないわね。私達の国の中にあるのに、私達の発言権が及ばない場所が出来てしまうことが問題なの」

「そうすれば両国で作ったモノにはなりませんね」

「何より属国の証となってしまうわ」

 ガエルたちは話の推移を見守り、シャルリーヌに任せても大丈夫かもしれないと思い始めていた。

「つまり……友好の証とできれば」

「後は魔界由来のモノを市場に引き出せなければ無意味ね」

 現状、ブランシュエクレールがン・ヤルポンガゥから魔界由来のモノを市場に引き出せる魅力的なモノがない。


 そう、この時の彼女たちはそう考えていた。


「ソラさんならどうしたでしょうか?」

 ため息混じりにシャルリーヌは言う。彼女は窓から覗く青空を見上げ、ほんのりと頬を染めた。

 それに気づいたのはシャルロットただひとりで、彼女は面白くなさそうに顔をしかめた。その後にふと想像してしまう。自分の妹の隣にソラがいる姿を。

 シャルロットは頭を振る。






 バーナードたちの地質調査、及び最新の地図製図している中、とんでもないモノを発見してしまう。

 話は遡る。

 陽光は青々とした森を照らす。

 原生林は昼でも陽の光は差し込むのはまばらであり、彼らは時折覗く空から時間帯と向きを算出し、地図を書き込んだりしていた。

「しかし、きついですな」

「ああ、きつい」

 ウェルダーの言葉にバーナードは頷く。彼らは獣脂まみれで、擬態として体には木々や枝や草葉をたくさん纏っていた。

 これはカラミティモンスターをやり過ごすための擬態だ。

 ただひとりを除いて、全員が同じような格好をしている。その例外は気配を断ち、今も目の前のカラミティモンスターをやり過ごしていた。

 青い頭髪を右で結わえた少女、アオイだ。

 カラミティモンスターは、最近パッセ領で発見の報告が相次いでいる鎧熊。鎧を纏ったような外観に、際立つのは腕の魔結晶。二本が前腕と上腕に向かって突き出ている。

 カラミティモンスターがいなくなったのを確認して、全員が動き出す。茂みが女性を取り囲むように集まってきた。

「これで何頭目ですか?」

 アオイは指を折り曲げながら数える素振りを見せる。しかし彼女の問いを返す者はいない。全員がアオイを食い入るように見て鼻息荒くしていた。

「きついな」

「ええ、本当に。この幼い顔立ちから想像できない体躯。この一見結びつかない魅力が相乗効果となって、僕らを惑わしますね」

 バーナードは至って冷静にアオイを評する。アオイはそれで男たちがいかなる視線を自分に向けているのかを察した。一飛で飛び退き囲いから脱する。

 彼らは視線だけで追いかけた。

「無意識な行為が性的に見えます!」

「お尻とかふっくらしているっすよね」

「副団長! 我慢できません!」

「あのあどけない顔にあの胸!」

 全員は頷きながらアオイを眺めていた。対する彼女は自分の両肩を抱くように身を守ろうとする。

「きついってそういう意味ですか?」

 バーナードはああそうだと頷くと続けた。

「君はもう少し自分の容姿に関して意識をするべきだ。僕達男子は強烈な拷問を受けている」

「してないですし!」

 バーナードはわかっていると言いながら、全員で顔を寄せて小声で相談し始める。

 ちなみにウェルダーも含め、彼らはオスヴァルトから選ばれた女性に対して紳士的かつ、カラミティモンスターをやり過ごせる面々だ。

 それでもこの数日で彼らの理性は、はちきれそうになっていた。

 バーナードは咳払いをして口を開く。

「仕方がない。アオイ。君は付近を調査してくれ」

「単独で、ですか?」

 バーナードたち揃って頷く。

「みなさんは?」

 アオイの問いに答えたのはウェルダーだ。

「ちょっと種まきをしてくる」

 バーナードは至極冷静に言う。

「た、種?」

「そうでもしなければ、俺たちの気が狂ってしまう」

「男の尻も性的に見えるくらいに、俺たちは惑わされているのだ」

 冷静にさせて欲しいと男たちの申し出に、アオイは怖気を抱きながら頷く。

「男って本当に馬鹿ですね」

「そうだ。だからこそ、少々時間をくれ」

「かっこつけないでください」

「僕は真面目に言っているだけだ」

「なおさら質が悪いですよ」

 アオイは長居すればするほど身の危険が高まると判断した。そそくさとその場を後にする。




 アオイの目的は遺跡の捜索だ。発見して地図に記してもらう。その際、少しだけの調査を許されていた。が、今のところできていない。

 あわよくば見つけて、少し調査したいと考えていた。

 彼女は森を抜けたところで巨大な遺跡を発見する。城壁のようなモノが巨大な壁となっていた。

 アオイは顔を輝かせる。先ほどのバーナードたちとのやり取りは頭のどこかへ消えていく。

 ものすごい速さで壁に駆け寄る。そして彼女は気づいた。

 すぐに飛び退き、気配を殺す。魔法で自身の姿を視覚的に消す。これで完全に彼女は視覚的にも気配的にも消えたこととなる。

 そして壁にそって地面をまじまじと見た。

 ――人の歩いた痕跡。しかも日常的に使われている?

 地面が踏み固められた部分だけ草が生えていないのだ。それは日常的に使われていないと起きない。

 アオイは草の生えてない道を音もなく静かに進み行く。しばらくして彼女の視界に変化が訪れる。壁に穴――門があったのだ。

 彼女は用心深く観察していると、門には男が二人いた。

 ――何を隠しているのかしら?

 アオイは石ころを掴んで、わざと大きな音を立てる。男たちが寄ってきたのを見計らって彼女は門をくぐり抜ける。

 ――まさか……こんな大きな……。

 門を抜けた先にあったのは、町と呼んでも差し支えないほど大きな隠し集落だった。

 アオイは頭の中で地図を広げる。バーナードが現在更新している地図。そして現在地。

 ――とんでもないモノを見つけちゃったかも。

 アオイは裏帳簿に記載されてない。ジャクソンしか知り得ない隠し集落を発見してしまったのだった。






~続く~


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