エピローグ③
瞬く間に時間は過ぎ。
気付けば、初夏。
風鈴の音に包まれる、初夏。
私は自室の机に向かい、瓶の中の黄金を眺めていた。
ワカバの病を治すために、手に入れた黄金。
でも、ワカバには必要のないものだったから、まだ、少しも減っていない。
ワカバの病は、ワカバの嘘だった。学問所に行きたくなくて、部屋でずっと絡繰をいじっていたくて、塾鑑の私に怒られるのが嫌で、嘘を付いていたのだと言う。
それを知ったときは本当に信じられないくらい頭に血が昇って、ヒステリックになって、ハンマで殺してやろうかって思ったれど。
もし、ワカバが嘘をつかなかったら。
私はシンデラに行くことはなかっただろうし。
それに、マロリィにも会えなかったと思う。
だからハンマで叩かないであげた。
私は溜息を付く。
私は日本に帰ってからずっと、気が抜けている。
ぼんやりしている。
誰かに指摘されなくたって、自覚している。
こんなんじゃいけないって思っている。
真剣に、魔法の研究に励まねばって思っている。
でも。
駄目なの。
私を動かすスイッチが、どうしたって反応しないのだ。
ずっと、シンデラであった様々なシーンのことを考えている。
ずっとマロリィのことを考えている。
胸が痛いよ。
夢だったのかな?
そう思ってしまうほど、その記憶は煌めいていて、日に日に遠くに行ってしまう。
会いたいよ。
会いたいよ。
マロリィに、会いたい。
まだかな?
マロリィは最後、私に言ったのだ。
「絶対に、会いに行くからね」
私はその声を、信じてる。
後ろの襖が開くのが分かった。
ルッカは振り返る。
父のテッシュウだった。テッシュウはいつも通り難しい顔をして、腕を組んでいる。
「父上、どうなさいました?」
「異国の人間がいる、」テッシュウは自分のうねる銀色の髪を掻きながら言う。「君は異国のことばを操れたはずだ」
「異国? 本当ですか?」私はまさかと思って、立ち上がる。「どこですか?」
「外で騒ぎになっているよ」
私は急いで部屋から出て、廊下を音を立てて走った。草鞋も履かずに外へ飛び出した。
門を出て、左。
人だかりが出来ている。
町人たちが取り囲んでいる。
だからその人が見えない。
「ごめんなさい、」私は町人たちを掻き分けて進んだ。「ごめんなさい!」
身を低くして、やっと、前に出ることが出来た。
見つけた。
ピンクの髪。
綺麗な瞳。
丸い瞳。
可愛い娘。
可愛い娘は町人たちに囲まれ、困っている。
「マロリィ!」
「ルッカ!」マロリィが私を見つけて、私に手を伸ばす。「助けて!」
私はマロリィの手を掴んだ。
「マロリィ、」引き寄せて、そしてギュッと抱き締めた。「手を貸すよ」
私は声を大きくして、魔法を編んだ。
私の銀色に、町人たちは驚き、私たちから離れた。
私の手には、銀色のハンマ。
魔法を編んだのはとても久しぶりだった。
脳ミソのあるセクションが回転を始める。
身体が熱い。
スイッチが入ったみたい。
私を動かすスイッチ。
私のスイッチを叩くことの出来る唯一の魔女。
それは。
マロリィだった。
「ルッカ、」マロリィはとびきりの笑顔で聞く。「元気してた?」




