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(ゴールド・ラッシュ・ライク・ア)ピクニック  作者: 枕木悠
エピローグ (ゴールド・ラッシュ・ライク・ア)ピクニック
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エピローグ②

ゴールド・シンフォニィで華麗に舞った翌日。

 私たちは蒸気船に乗ることを許された。その蒸気船の名前はマーブル号。マンブルズ家保有の巨大な蒸気船だ。

 その日の早朝、マンブルズ姉妹の次女、ミカエラがサクラメントからビゲロ邸にやってきた。ビゲロ邸の豪奢なベッドで眠っていた私をミカエラは起こした。彼女は私たちの紅華に興味を持っていた。アリスから話を聞いたらしい。彼女は紅華を渡すように要求した。私は、髪の色を取り戻した私は、彼女に要求した。「紅華の設計図なら渡してもいいわ、その代わり、日本に向かう船を用意して」

 ミカエラは少し考えて、頷いた。「デタラメなものだったら、取引は無効だよ、サブリナにその設計図を見せて、彼女に判断してもらう、石炭を燃やすのは、それから」

 サブリナは紅華の設計図を見て、即座に紅華のことを理解した。「ああ、なるほど、」彼女は頷きながら、しかし、あまり興味が無さそうだった。「意外と、シンプルな構造なのね、アイデアの勝利ね、シンデラの科学者はきっと思いつかないでしょう、東洋的な、思考、というのかな、とにかく、ええ、ミカエラ様、この設計図は本物ですよ」

「サブリナ、あなたは今日から、これを研究して」

「はい、ええ、もちろん、」サブリナはニッコリとミカエラに微笑んだが、彼女がその気でないのが私には分かった。サブリナの好奇心の先は、ソフィアなのだから。「日本製よりも、ずっと素晴らしいものに仕上げますわ」

 そして私とケンタロウ、リンプ、アンジュとネイチャ、ルッカとシデンの七人はマーブル号が停泊するノーフォーク港に馬車で向かった。馬車の馭者はアリスではなく、普通の青年だった。正午にビゲロ邸を出発し、夕方に港に着いた。

 海の上にそびえ立つ三つのマストを持つ黒い蒸気船の両側には巨大な車輪があり、船体のほぼ中心からは太い煙突が伸びている。

 船に乗り込み、デッキに立った。

 海が見える。

 海の匂い。

 石炭が燃やされ、煙突から黒い煙が空に昇る。

 汽笛が鳴り響き。

 車輪が回転を始める。

 前から後ろへ、水を掻く。

 港が遠くになる。

 さようなら。

 シンデラ。

 きっともう、来ることはないだろう。

 私はリンプとケンタロウを連れて、デッキから操舵室に向かった。

 まだ船長に挨拶していない。

 一緒に航海の無事を祈らなくては。

 操舵室の扉を開けた。

 部屋の中央の巨大な羅針盤の向こう。

 舵の前に立っていたのは。

 いや、もしかしたらって。

 考えなかったわけじゃない。

 私はとても可笑しかった。「アリス」

 呼ぶと、船長の白い衣装を身に纏ったアリスがこちらを振り返った。

「ああ、マイコ様、船の乗り心地はいかがですか?」

「あなたって、」私は笑いを抑えられなかった。「本当に、何者なの?」

「何者って、アリスですよ、今は船長、キャプテン・アリスです、ああ、それよりも、マイコ様、」アリスは胸の前で五指を組んだ。「航海の無事を祈りませんか?」

 そして様々な港を経由しながら、一ヶ月後、横浜に着いた。

 手紙を送っていたから、幕府の姫、アヤコとその他大勢の幕府の人間が、私たちを出迎えた。

 アヤコの蒼い色の髪は、少しだけ長く伸びていた。少しだけ大人に近づいていた。さらに鮮やかに輝いていた。

「よく戻ってきてくれました、」毅然とした表情を無理に作ってアヤコは言った。「ルッカも、無事で」

 アヤコの目には涙。

 唇は震えていて、今にも泣き出しそうだった。

 姫だから、後ろに幕府の人間が沢山いるから、涙を堪えている。

 そんなアヤコを。

 アンジュは、アヤコの前に跪き、抱き締めた。

「え?」アヤコは驚いた目をして、そして気付いた目をする。小さく言った。「……母上?」

 後ろに控える幕府の人間の何人かも気付いたようだ。

 表情の変化がよく分かる。

 アンジュの鮮やかな群青色に、見覚えがある人間がいるはずだ。

 しかし、誰も、声を出さない。

 アンジュに注目している。

 アンジュが何を言うのか、息を殺している。

 アンジュはアヤコの頭を撫で、口を開き、微笑んだ。「母上? あなた、何のことを言っているの?」

「髪の色が、」アヤコは涙を落とした。「同じです、」指で流れ続ける涙を擦る。「信じられないくらい、同じです、同じだから、同じだから」

「同じ?」アンジュはアヤコの髪を触る。「私には、そうは見えないけど、あなたの髪の色のほうがずっと綺麗よ、アヤコ」

 アヤコは、もう何も言わなかった。

 声を出すのを堪えていた。

 アンジュが離れても、手を伸ばさなかった。

「ごめんなさい、」アヤコは一度俯き、笑って、顔を持ち上げた。「私の、誤りのようです」

 その時。

「ルッカ!」声がした。

 幕府の人間の隙間から顔を見せたのは、徳富ワカバだった。素敵な笑顔でワカバはこちらに走ってきて、ルッカを抱き締めて、くるくる回った。「ルッカ! ルッカ! ルッカ!」

 ルッカは目を丸くしていた。

 どうして再会を素直に喜ばないのか、私は不思議だった。

「え、なんで、どうして?」ルッカは声を荒げる。「どうして元気なの!?」

「ぶぅ、」ワカバは頬を膨らまし言う。「私が元気だったら、いけないわけ?」

「え、だって、マイコ様が、」ルッカは私の方を見て言う。「……ああ、ああ、そうだ、元気だって言った」

「ええ、私はワカバが元気だって言ったわよ」

「ああ、ああ、そうだったんだ、」ルッカは息を吐く。「でも、病気は治っていないと思ってて、まだ寝たきりだと思ってて」

「病気はね、その、一応、うん、治ったんだ、」ワカバの歯切れが悪い。「とにかくもう、大丈夫なの、へへっ」

「ワカバ、」ルッカはじっとワカバを睨む。「何を隠してるの?」

「はてぇ、」ワカバはふざけるような顔をして首を傾げる。「なんのことかなぁ?」

「とぼけないでよ!?」

 ルッカの甲高い声が横浜の港に響いた。

 マイコは黙って、騒がしい二人のやり取りを見ていた。

 ワカバは不治の病なんかじゃなくて。

 ただ……。

「マイコ、コレが紅華?」アヤコは私が纏う着物の袖を触る。「とても、裾が短くて、素敵だわ、興奮する」

「違います、」私は首を横に振り、リンプの手を引っ張った。「この着物は彼女が、リンプがデザインしてくれたもので」

「は、はい、リンプと申します、」僅かに緊張の色を出しながら、リンプが進み出て、アヤコに頭を下げる。「姫様、お会いできてとても、光栄です」

「シンデラの人?」

「はい」

「素敵な形の着物だわ、幕府の魔女、全員に同じものを着させたいわ、作ってくれる?」

「えっと、はい、もちろん、」リンプは無理に笑顔を作って頷く。「姫様のご命令ならば」

「本当?」アヤコは高い声を出し、リンプに抱きついた。「嬉しい、嬉しいわ!」

「アヤコ様、」私は咳払いをして紅華の入ったトランクを持ち上げる。「紅華の話は?」

「江戸に帰ってからでもいいでしょ?」

 そして。

 江戸に住まう様々な魔女は紅華に袖を通した。

 しかし、紅華を上手く扱える魔女はいなかった。

 リンプにしか反応しないスイッチを外したのにもかかわらず。

 私以外に、現れなかったのだ。

 元々、幕府上層に、紅華を信じていたものは少なかった。

 幕府において、この計画は打ち切られた。

 つまり、紅華計画は、伊予宇和島だけのものに戻ったのだ。

 私たちは故郷に戻った。伊予宇和島には神尾家を始め、腕のいい絡繰技師がたくさんいる。ミゼットの話をしたら、その晩に同じようなものを作り上げることの出来る技術者が沢山いるのだ。私は彼らを集め、ケンタロウとリンプをリーダに、紅華を改良することを命じた。

 どんな魔女でも。

 どんな娘でも、扱えるように。

 例えばアリスのような剽軽な娘でも、魔女になれるように。

 アリスは船長のまま、シンデラに帰っていった。また会いに来ると言っていた。だから、アリスは私のもとに、また来るのだろう。

 その頃には、アリスが魔女になれる、華は産まれているのだろうか?

 春に、私はそう思い、願った。

 そして季節は、初夏。

 チャイナで再び、戦争が勃発した、との報を聞く。

 その頃には、様々な色の華が産まれていた。

 私はアリスが来るのを待っていた。

 鶴島と呼ばれる天守から、城下を見下ろしていた。

 熱を帯びた風が吹く。

 そして、遠くから、聞こえてくる。

 何かが破裂する音。

 それは。

 ミゼットの音だ。

 

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