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第五章⑦

「マロリィと話している場合じゃないんだってば!」

 ソフィアという風の魔女は、マロリィに怒鳴って、ルッカが扉に開けた穴を通って外に出た。

「ちょっと、ちょっと、ねぇ、ソフィア!?」

 マロリィはソフィアの後を追う。ルッカとガブリエラも続いた。

 ガブリエラはまだ目覚めたばかりだ。ネクタイは左に向いている。「ね、ねぇ、ルッカ、一体、何があったの?」

「ネイチャがシデンと一緒に、」ルッカは寝室の窓から見えたネイチャの笑顔を思い出しながら答える。彼女の笑顔の理由は、何だったのだろう?「その、逃げた、のかな?」

「逃げた? え、シデンが見つかったの?」

「うん、もしかしたら、ネイチャはシデンを救い出してくれたのかもしれない、ええ、きっと、そうだと思う、」ルッカは頷きながら言う。「でも、ネイチャ、どこに行く気だろう?」

 ソフィアを先頭に、四人は石畳の上を走り、門まで辿り着いた。門は開いていて、フィルがこっちを見ている。

 ソフィアが彼に詰め寄りがなる。「ネイチャはどこに!?」

「ネイチャ?」フィルは首を捻ってガブリエラの方を見た。

 三人はソフィアに追いついた。

「緑の髪の魔女、」ガブリエラがフィルに言う。「私たちと一緒にいた、緑の魔女のことよ」

「ああ、彼女なら、」フィルは指差す。南西の方角。「向こうに」

 そちらに視線をやった瞬間。

「こらぁ!」罵声が響いた。「泥棒猫ぉ!」

 叫んだのは箒売りの老婆。

 荷車には沢山の箒が積まれている。

 その影から。

 箒に跨ったネイチャが飛び立った。

 後ろにはシデン。

「シデン!」ルッカは叫んだ。

 あっという間に二人の影が小さくなる。

 ソフィアはその方向にすでに走っていた。

 箒売りの老婆の荷車から一本の箒を手にし。

 前傾に助走。

 そして低い位置で箒に飛び乗り。

 急上昇。

 まさに風に乗り。

 空気を貫くスピードで、飛ぶ。

「こらぁ!」老婆は拳を振り上げ怒鳴る。「泥棒猫ぉ!」

 ルッカたちも箒売りの老婆の方に走った。

「おばあさん!」マロリィは老婆に金貨を渡す。「五本分!」

「はえ?」老婆はポカンとした表情で手の平の分厚い金貨を見つめている。

 マロリィ、ガブリエラ、ルッカは箒に跨り飛んだ。

 ネイチャとシデンが飛んでいった方向へ飛ぶ。

 ソフィアはおそらく風の魔法、スーパ・ソニックを編み、すでに遠い。

 その先に飛ぶネイチャの姿は見えない。

 ラッシュを吸ったのだろう。

 普通の緑の魔女では出せない速度をネイチャは出している。

 三人も限界に近いスピードを出しているのだが、全く追いつける気配はない。

「チャイナ・タウンね」ガブリエラが言う。

 ルッカにはどこか懐かしい東洋の街並みが広がっていた。しかし、色遣い、そして濃さは日本的ではなくて、中国的だ。幅が広いとは言えないメインストリートの両脇には屋台が並び、その上では色のついた旗が揺れている。人通りが多く、とても賑やか。

 三人はチャイナ・タウンの上空を飛ぶ。

 街並みが前から後ろへ通り過ぎる。

 街の中心部に差し掛かったくらい。

 急にソフィアが近づいて見えたと思ったら。

 ソフィアは速度を落とし、止まった。

 そしてその場でクルクルと回転しながらチャイナ・タウンを見下ろす。

 三人はソフィアを取り囲むようにして止まる。

「ソフィア、」マロリィが聞く。「ネイチャは!?」

「……見失った、」ソフィアは回転を止めて、息を大きく吐いた。「この街のどこかに隠れたみたい、まさかこの私から、逃げるなんて」

「どうして二人を追っていたんですか?」ルッカは聞いた。

「それは、理由は、色々、あるんだけど、」ソフィアは箒から両手を離し、首を竦め、ルッカをじっと見つめた。「……君は?」

「えっと、シデンと一緒にこの大陸に来た、ルッカです、日本人です」

「ルッカに会いたくない?」

「え?」

「ネイチャはそうシデンに囁いたよ、」ソフィアは言って自分の耳に手をやる。「私、風の魔女だから、聞こえたの、ネイチャはシデンにそう囁いて、シデンと一緒に逃げた、そう、あなたがルッカなのね」

「でも、逃げたって、どこに?」ガブリエラが言う。「まあ、確かに、姿を隠すのだったら、中国人のネイチャにとって、チャイナ・タウンはとてもいい場所だと思うけど」

「ねぇ、ソフィアはどうしてビゲロ邸にいたの?」マロリィがソフィアに接近して聞く。箒の先が当たって小さな音を立てた。「ねぇ、どうして?」

「それはマロリィたちだって、」ソフィアはマロリィと目を合わせないように箒の向きを変えた。「訳が分かんないよ」

「私たちはシデンを探しに来たのよ、」マロリィはソフィアの正面に移動する。「私の大事なルッカの大事なシデンが財団に捕まって、ボストンに向かったっていうから、会いに来たのよ、ルッカが会いたいって言うからね、訳が分からないことじゃなくて、当然のことだよ」

「ねぇ、エラリィがマロリィのことをお姉ちゃんて呼んでいたんだけど、」ソフィアはマロリィの顔をじっと見た。「本当のお姉ちゃんなの?」

「あれ?」マロリィは首を傾ける。「ソフィアには言ってなかったっけ?」

「本当なんだ」

「私はマロリィ・マンブルズ、マンブルズ家の三女、」マロリィは胸に手をやり言う。「って、言ってなかったっけ?」

「何も知らなかったわ、」ソフィアは首を横に振って、目を伏せた。ルッカが見た口元は笑っていた。「……そういえば、飛ぶアンタたちを見るの、初めてだ」

「そうね、」マロリィも微笑む。「私も空を飛ぶソフィアを見るの初めて」

「……私はね、」ソフィアは微笑んだまま答える。「サブリナに気に入ってもらったの」

「サブリナに?」マロリィが聞き返す。「なんで?」

「歌を歌ったらね、なんだか、気に入ってくれたみたいで、」ソフィアは目線を空の高い位置に向けた。「君のことを解き明かしたいんだけど、いいかなって」

「サブリナが?」

「うん」ソフィアは小さく頷く。

「何、それで、ソフィアも好きになっちゃったの?」

 ソフィアはマロリィの質問に答えなかった。

 遠くを見ている。

 雲の少ない青空にイメージを投影して。

 それを見ているみたい。

 ソフィアはイメージを消去するように目を閉じて。

 マロリィの方を見て言う。「マロリィ、今、ミケが大変なんだ」

「ミケが大変?」マロリィは早口で聞く。

「火傷よ」

「火傷?」

「うん、右手にね、大きな火傷、ピアノを弾けなくなるくらい、ううん、もう何も出来ないくらいの火傷なの、その火傷は、私のせい、私のせいで、火傷が、でも、サブリナは治すことが出来るって言ってくれた、ファンダメンタル・ピュア・ゴールドの力で治すことが出来るって言ったわ、サブリナが、だから、私はサブリナと一緒にいる理由なの」

「ファンダメンタル・ピュア・ゴールドで火傷が治る?」ガブリエラが聞く。「そんなことってあるわけ?」

「サブリナはそう言ったわ」ソフィアはガブリエラを見据えて言う。

「サブリナがそう言ったからって、」ガブリエラは声を荒げる。「全部本当だとは限らないわ、ええ、サブリナは平気で嘘を付くんだ、平気で酷いことをするんだから、ソフィア、あなたもきっと騙されてるんじゃないの!?」

 音が響いた。

 ソフィアがガブリエラの頬を叩いたのだ。

「何すんのよ!?」

 ガブリエラのヒステリックと一緒に。

 また音が響いた。

 マロリィがソフィアの頬を叩いたのだ。

 ソフィアは黙って頬に手をやる。

 マロリィの表情はルッカには見えなかったけれど。

 マロリィがとても怒っているのが分かった。「……ソフィア、あなた、自分が何をしたか、分かってる?」

 ソフィアは黙ったまま。

 マロリィを見つめる。

 しばらくして。

 目を伏せ。

 大きく息を吐いた。「……ごめん、ガブリエラ、私きっと、サブリナのことが好きみたい、だから、ヒステリックになった」

「……いいよ、別に、私もサブリナのことになると、ヒステリックになるんだ、」ガブリエラは言って、微笑んだ。「それより、驚いたな」

「マロリィ?」

 マロリィはルッカの後ろに隠れていた。

 そして、小さな声で、ルッカにしか聞こえない声で言う。「……怒ってる?」

「怒ってないよ、」ソフィアには声が聞き取れたらしい。「怒っていないから、隠れなくたっていいよ」

「そう、」マロリィはルッカの影から出てきて剽軽な声を出す。「だったらもっと早く言ってくれればいいのに、ねぇ、ルッカ」

「うん、」ルッカは頷きながら、しかし、でもずっと別のことを考えていた。「それより」

「それより?」

「それより、うん、まだ私の話は終わってなかった、ルッカにお願いがある、」ソフィアはルッカの手を取った。「シデンと離れ離れにさせてしまったことは謝るよ、サブリナに代わって謝る、そしてお願い、シデンに見つけてもらいたいの、ファンダメンタル・ピュア・ゴールドを、それはボストンのどこかにあるらしくて、細かいことは私は知らないんだけど、でもシデンがダウジングしてくれたら、きっと見つけられると思う、サブリナは仕事が終わったら、ゴールドを見つけることが仕事よ、それが終わればシデンにルッカと会わせてあげるって言った、サブリナはファンダメンタル・ピュア・ゴールドには興味がなさそうだったから、本当だと思う、だからシデンが戻ってきたら頼んで欲しいの、ダウジングをしてくれるように、お願い、ルッカ、ミケの右手を治すためなの」

「はい」ルッカは頷いた。

 ルッカの心臓が高鳴っていた。

 ファンダメンタル・ピュア・ゴールド。

 もしかしたら、それが。

 ルッカがずっと探していたものかもしれない。

 ワカバ。

 やっと。

 君を治せる力が。

 見つかるかもしれないよ。

「はい、」ルッカはもう一度、今度は大きく頷き、ソフィアの手を握り返した。「はい、シデンだったら、絶対に見つけてくれます、見つけてくれるはずです!」

「どうしたの? 心臓の音が、凄く、煩い、」ソフィアは微笑んだ。「ありがとう、ルッカ」

 その時。

「甲原ルッカ!」

 下の方から名前を呼ばれた。


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