ファンシィ・キディ・ラビット・コレクターの溜息
チャイナ・タウン、三十二番街。
背の高い近代的な西洋建築と小さな寺院の間の細い路地を通り、突き当りを東へ進むと、左手に見えてくる。
混沌としたチャイナ・タウンにあって、奇妙な店構え。
右手にチョコレート色の扉。
その隣にショウ・ウィンドウ。
ショウ・ウィンドウに並ぶのは、大小様々、着ている服も様々なラビットのぬいぐるみ。
それから時計や枕カバー、タオルなど様々なグッズが並んでいる。
ラビットの正式名称はファンシィ・キディ・ラビット。
王都ファーファルタウの西、海を挟んだ先の、ベルキャスト、という土地で、三十年前に産まれたキャラクタだ。
幻想王国が作られるほどの人気は出なかったけれど、今でも愛され、世界中にファンがいる。
ここはファンシィ・キディ・ラビットのコレクターズ・ショップ。
シンデラにたった一つだけ、正式に作者のクレイルから認可を貰った、由緒正しきコレクターズ・ショップだ。
シンデラの熱狂的なコレクターはボストンのチャイナ・タウン、三十二番街にあるこの店を探し出し、とても沢山の金貨を持ってチョコレート色の扉を押した。
その気持はよく分かる。
このショップの店長の私も、物心ついた頃からラビットのファンシィでキディな魅力に惹かれ、コレクターになった一人だから。
今日もまた。
コレクターが扉を押した。
扉が開き、お客さんの姿を確認してから私は、溜息を付く。
何度目の溜息だろう。
しかし、もう慣れた。
すぐに顔を笑わせて、店の奥のカウンタから、お客さんに向かって、お辞儀をする。
「いらっしゃいませ」
お辞儀と同時に、頭に付けているラビットの耳を模した飾りが揺れる。
お客さんは背の高い女性。髪の色は白。氷の魔女だ。表情はクール。店の中に入り、棚に所狭しと並んだラビットのグッズを目の前にしても、表情一つ変えなかった。こういう人はコレクターに珍しい。もしかしたら、コレクターじゃないかもしれない。
とある何かを、ただそれだけを、探しているようだった。
彼女はラビットの小さなぬいぐるみを手に取り、それを棚に戻してから、私のところに来た。「あの、すいません」
「はい、何かお探しですか?」
「えっと、お皿を」
「お皿ですね、こちらです、」私はラビットの描かれたお皿のコーナーに案内する。「様々な絵柄がございますよ」
彼女は真剣に皿の絵柄を確認していた。どれも白地で、底にラビットが描かれたものだ。ポーズや色がそれぞれ微妙に異なっている。
彼女のお気に召すものは、どうやらないらしい。
「……これだけですか?」彼女は静かなトーンで聞く。
「はい、お皿は、ここにあるものだけで全部です」
「そうですか、あの、こんな風に、」彼女はポーズを取った。手を上に持ち上げて背伸びをして、片足で立つポーズ。そして唇は尖っている。「ラビットがこんな風にしているお皿は、ありませんか?」
チャーミングなポーズの彼女を見て、私は小さな声を出して笑ってしまった。
そして。
もしかしたらって、思った。
「あの、ちょっと、待って頂けますか?」
私はカウンタの奥にある倉庫に向かった。倉庫というよりは物置だ。ここのどこに何があるか、私はきちんと把握していたからすぐに目当ての皿を見つけることが出来た。私は彼女の元に戻り、その皿を見せた。「もしかして、コレでは?」
彼女はじっと。
皿の底に描かれたラビットを凝視する。
彼女は目を細め。
顔を寄せ。
私にとても近づいた。
私は少し、困ってしまった。
半歩、後退。「あの、ちょっと、あの、どうぞ、手に取って見ていただいて」
私は皿を彼女に渡そうとしたが、彼女は手をカウンタにつき、皿の凝視を続ける。しばらくして彼女の表情が僅かに変化した。「……コレです」
「やっぱり」私はほっと息を吐く。
しかしでも、コレは。
「いくらですか?」
「すいません、売り物じゃないんです」
「え?」
「これは作者のクレイルが、シンデラに訪れた際、各地の教会に寄付されたもので、売り物ではないんです、ここにこれがあるのはクレイルが直接、私にプレゼントしてくれたもので、ごめんなさい、コレだけは、お売りすることは出来ないんです」
「……そうですか、どうしよう、あの、それじゃあ、」彼女は額を押さえ困ったように眉を寄せたが、すぐに涼しい顔をして何かに小さく頷き、ショウ・ウインドウの方を指差し言った。「あそこにある一番巨大なぬいぐるみを下さい」
彼女は巨大なリボンをつけたラビットのぬいぐるみを抱えて店を去った。
さて。
再び店はとても静かになる。
一人ぼっち。
一人ぼっちの世界。
ずっと一人ぼっちだ。
今日もまた。
ぎゅっとラビットのぬいぐるみを抱いて。
その耳を弄んで。
そして。
一日が終わるのだろう。
時間は経過する。
針が回転して。
私がカレンダに印をつければ。
それで一日が終わるのだ。
あれからもう、十二年が経過した。
十五歳だった頃からずっとここにいる。
もう二十七歳。
ファンシィ・キディ・ラビットに囲まれてずっと、扉を見つめている。
誰かが来るのを待っている。
見つめていた。
見つめていると。
扉がゆっくりと開いた。
私は溜息を漏らす。
知らない人だ。
現れたのは、メイド服を纏った緑色の髪の魔女。
彼女はニッコリと私に微笑み。
そして手の平を広げた。
手の平にいくつか種があって。
魔女は髪の色を煌めかせた。
一瞬で。
花束が生まれた。
色彩溢れる、大きな花束だった。
その瞬間。
私の止まっていた針が。
動き出した。
「お待たせしました、」魔女は店の中に足を踏み入れ、そして跪き言う。「アンジュ様」
「……どなた?」私は聞く。
私は彼女の名前を聞いて、彼女に微笑み返した。「その笑顔、お母様に、そっくりだわ」




