第五章③
ルッカはマロリィ・マンブルズ、ガブリエラ・スタージス・ビゲロ、ネイチャ、それからエラリィ・マンブルズと同じベッドで眠っていた。寝室はビゲロ邸の二階。広い部屋に、天蓋のついた巨大なベッドが一つ。天蓋から落ちる透き通るカーテンの色は薄いピンク。天蓋を見上げると、夜空を模した薄紫を背景に星の配置が細かく描かれていた。
ルッカが目を覚ました時、すでにエラリィはベッドの中にいなかった。昨晩、ルッカはエラリィを抱いて眠った。マロリィの機嫌はずっと悪かったけれど、エラリィが泣きそうになるから仕方なかったのだ。でも少し、いい思いをした夜だった。
寝室の壁際に背の高い振り子時計があり、時刻を確認するとすでに正午を過ぎていた。少しワインを飲み過ぎたせいかもしれない。酔いは残っていないけれど、こんな時間まで目を覚まさなかったことはルッカの人生で稀だ。
まだマロリィとガブリエラは眠っていた。二人ともスヤスヤと寝息を立てている。ルッカは部屋の扉の方を一瞥。誰も見ていないから、マロリィの愛らしい寝顔とガブリエラのお上品な寝顔にキスをした。唇にキスをした。ルッカは自分の口元に手をやって、しばらくぼうっとした。もう一回ずつ、比較的長いキスをした。ネイチャはベッドの中にいなかった。すでに起きて寝室を出て行ったのだろうか。彼女にも、キスしたかった。この行為はルッカが気持ちよくなるためでもあるけど、それ以外の意味もあるから。
ルッカはベッドから出た。ベッドを迂回し、窓に近づく。カーテンを開けた。天高い位置から注ぐ太陽の明かりに体が照らされる。銀色の髪がそれを反射して、煌めく。
窓からはビゲロ邸の緑が見渡せる。奥の方に小さくルッカたちが入ってきた門が見える。そこらから玄関まで、間に楕円形の噴水を挟み、白い石畳が続く。その左右は煌めくほどの緑を放つ芝に囲まれていて、先に進むと手入れの行き届いた木々が並んでいる。噴水はどういう構造なのか、時折、その姿を変化させる。その変化がとても楽しくて、ルッカはしばらくぼうっと、その滲む輝きを見ていた。
飛沫が高く舞い上がる。
虹が見えてきた。
様々な明るい色を含んだ斑模様のアーチ。
それにしばらく見とれていた。
だから。
反応が遅れた。
彼女が噴水の横を通り過ぎた時に、やっと。
私は虹の向こうに伊香保シデンがいることに気付く。紫の髪のシデンがいる。
一人じゃない。
なぜか隣にネイチャがいる。緑の髪のネイチャがいる。なぜか衣装はメイド服。ネイチャはシデンの手を握り、門まで走っている。
ルッカは叫んだ。「シデン!」
シデンは後ろを振り返り、探している。ルッカの姿を探している。ルッカとシデンの視線が絡んだ。
見つめ合った。
シデンと。
「ルッカ様ぁ!」
シデンがルッカを呼ぶ声と一緒に、ネイチャがこちらに振り返り、ニコッと微笑んだ。
「ネイチャ?」
どういうことだろう?
ネイチャがシデンを救いだしてくれたのだろうか?
いや。
それ以外に考えられないけれど。
ネイチャは門の方を向いた。シデンの手を引っ張り、石畳の上を走る。
どうして門に向かって走っているのだろう。
まるで誰かから逃げているよう。
とにかく。
ルッカは箒を探した。
しかし、寝室のどこにも箒がない。
仕方がないからシャベルを編んだ。
少しお尻が痛いけれど。
今はそんなこと言っている場合じゃない。
シデンの近くに行きたい。
ルッカはシャベルの柄に跨り。
窓の枠に足を掛けた。
そして、姿勢を前のめりにして飛ぼうとした。
でも。
「ルッカ!?」
マロリィの大きな声。
ルッカのバランスは崩れた。
マロリィがシャベルを掴んで引っ張ったからだ。
ルッカは部屋に敷かれた絨毯の上に倒れる。
ルッカと絨毯の間にはマロリィがいる。
「マロリィ、」ルッカは上からマロリィを睨みつけた。「何するの!?」
「ルッカこそ、」マロリィは可愛い目で睨み返してくる。「何考えてるのよ!?」
「シデンがいるの!」
「え?」マロリィは目を丸くした。「シデン? 本当!?」
「いるの、見つけたの、そこにいるの、シデンが、だから!」ルッカは窓の方を指差し、シャベルを掴んで再び跨った。「会いに行かなくちゃ!」
「いや、待ちなさいって、」マロリィはルッカを後ろから抱き締める。「ルッカ、待ってよ!」
「放して、」ルッカはマロリィの腕を振りほどこうとする。「どうして邪魔をするの、マロリィ!?」
「邪魔してるわけじゃないよ!」
「じゃあ、私を強く抱き締めるのはやめて! いくら私のことを気に入っているからって」
「だから、」マロリィは語気強く言う。「その格好で飛ぶ気なの!?」
「……え?」ルッカは言われ、自分の格好を見た。
ルッカは薄くて透ける生地のネグリジェしか身に着けていなかった。サイズが少し小さめだから、胸元は広く開いているし、お尻だって半分くらいしか隠れていなかった。
「ルッカ、お願いだから、その、」マロリィはルッカのずれた肩紐を直した。「着替えてよ、あんまりその、ルッカの体を誰かに見られるっていうのは、気分がいいことじゃないんだ」
ルッカは頷き、微笑んだ。「私も、そう思うかも」
その時だった。
バキュン。
一発の銃声がビゲロ邸に響いた。




