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第四章①

列車がボストンに着く頃、すでにシンデラは翌日の夜の七時を迎えていた。伊達マイコは髪の毛の色が悪いことについて悩んでいた。同じ列車の中に、自分の髪の色を奪ったトラップを作った科学者が乗っている。ミストラル・リンプはマリエを見て、「大変なことになった」と言って、説明を始めた。「彼女の名前はサブリナ、マリエという名前ではありません、彼女はサブリナ、ハーバード大学を主席で卒業した天才のサブリナです、今はマーブル財団に雇われ、サクラメントのラボで様々なことを研究しているんです、そしてきっと、ええ、その研究の成果の一つが、マイコ様の髪の色を悪くした、インクではないかと」

「本当?」

「ええ、」リンプは頷く。「でも、一体、ボストンに、何をしに行くのでしょうか?」

「どうして彼女のことを知っているの?」

「私は次席で卒業したんです、ハーバードを」

「驚いたわ」マイコはリンプに光る瞳を見せる。

「大したことありません、」リンプは本当に、そう思っているようだ。「私がいた頃のハーバードは、サブリナ以外、魔女らしい魔女はいませんでした」

「サブリナはリンプのことを知っているの?」

「いいえ、」リンプは少し寂しそうに首を横に振る。「そんな素振りはなかったでしょう? きっとサブリナは私のことなんて覚えていないと思います、一度握手を交わしたことはあります、笑みを交わして握手をして私は彼女の素敵な研究の成果を讃えた、でも、彼女は研究のことにしか興味がなくて、私ごときのレベルの魔女を相手にしてくれることはあり得ない話です、髪の色を見たでしょう? 凄く煌めいていて、そして、頭巾の隙間から見えた髪の色はさらに、輝いていました、あの頃よりもずっと」

 マイコはボストンへ向かう列車の中で考えた。行動を起こすべきか、起こさないべきか。列車のどこかにいるサブリナを探し出し、再び顔を会わせ、髪の色を取り戻すために、荒っぽいことをするべきか。しかし、こちらは一度、いや、二度、三度、マーブル財団の採掘場を襲撃した身。だから、髪の色が悪い理由を答えてしまえば、小さな戦争が列車の中で起こってもおかしくはない。いや、間違いなく起こるだろう。そして、起こった戦争に勝てる確率は微妙だ。それはサブリナの髪の煌めきを見れば分かる。純粋な輝き。素敵なゴールド・ブロンド。普通の光の魔女じゃない。しかもマイコも知らない魔法を編む。特別な魔女なのだ。一方こちらは指先に炎も編むことが出来ない、髪の色が悪い魔女。

 だから、マイコは純粋にボストンへの旅を楽しむことにした。そう決めると、まるでピクニックに向かうみたいに愉快な気持ちなれた。笑顔になれた。どんな状況でも笑えることが、自分のキャラクタだと、マイコは再確認したのだった。

 さて、ボストンに着き、マイコ、神尾ケンタロウ、リンプの三人は急いで車外に出た。これは打ち合わせをしていたことだった。マイコはボストン・ステーションの建築の中を早足で歩きながら回転して、見回して、把握して、自分たちが乗ってきた列車の全貌が見える位置にある太い柱に向かった。その影に隠れ、リンプを一番下に三人、顔だけ柱から出す。

 サブリナはマイコたちを同じ一等車の扉から出てきた。マイコはとても可笑しかった。回る頭で考えれば分かることだ。マーブル財団に雇われている高給取りの彼女が、一等車以外から降りてくるはずはないだろう。

 サブリナの周りには四人いた。その中にクァンドのウェイトレスのソフィア・コポラの姿があった。ソフィアを見つけて、マイコは少し驚いた。クァンドのマスタはソフィアはパーティに出かけたと言っていたが、一体どういう経緯でソフィアがサブリナと一緒にいるのか。

「どうしてソフィアが?」リンプが小さく声を出した。リンプの仕立屋はクァンドの隣だ。リンプもソフィアとは面識があるのだろう。

 他の三人のうち、一人は傭兵風の髭面の男。一人は、一瞬女性かと思ったが露出の多い衣装を身に纏った女装男子。その二人をマイコはどこかで見たことがあるような気がした。すぐに思い出す。そうだ。クァンドのカウンタに確か、座っていた。いつだったか、一昨日だ。一昨日の夜。インクの罠にやられたとき、その夜のクァンドのカウンタ席に二人はいた。そして、その二人の間に黒頭巾を被ったサブリナの姿もあった。今、思い出した。そのとき確か、ソフィアが歌を歌ったのだった。ティーンエイジャの震えるほどの不安と破裂するほどの期待を歌ったラブソング。ソフィアがあの場所で歌を歌ったことが、彼女たちが一緒に行動していることと何か、関係があるのだろうか。何もないわけがないと思うが。

 そして、もう一人。

 鮮やかな紫色の髪をした魔女がいた。まだ小さい魔女だ。顔立ちは東洋人だ。

 彼女はふと、こちらに視線を向けた。

 マイコは素早く反応して、身を隠した。

 そのときだった。

 駅を警備する保安官が太い柱に身を隠すマイコたちに向かって近づいてきた。

 マイコはリンプの手を引き柱から離れ、保安官とは反対方向に早足で歩いた。ケンタロウも気付き、マイコに続く。リンプは保安官に気付いていないようだ。「マイコ様?」

「リンプ、保安官よ、」マイコたちは改札を抜け、人の多い駅のコンコースを目指した。サブリナたちが向かう方向ではない。「まずいな、どうしよう、ボストンに着いたばっかりだし、穏やかに済ませたいんだけどな、とにかく、ケンタロウ」

 並んで歩いていたケンタロウは一度マイコの方に体を傾けて言った。「分かりました、囮になりましょう」

「違う、ケンタロウはサブリナを尾行して」

「……はい、分かりました、」ケンタロウは少し遅れて頷いた。「ちゃんと夜空を見上げていてくださいね」

 半円のコンコースの入り口。ケンタロウはマイコから離れ。右に進む。マイコとリンプは真っ直ぐ進み、通路が交差することによって生じる不規則でこれ以上無い人混みに紛れた。

 マイコは後ろを振り返った。保安官はケンタロウの消えた方向を一度見た。ケンタロウは上手く逃げたようだ。保安官の顔はこちらを向く。保安官は駅を歩く人々の進路を横柄に妨害しながら、早足にマイコたちに迫ってくる。

 マイコは通路脇から上の階に伸びる階段を登った。ボストン・ステーションの建築はとても複雑だ。階段の数が多く通路が入り組んでいる。逃げ隠れするのに適した構造だが、初めてだと少し道の選択に躊躇いが出てしまう。駅構内を把握している保安官の方がこの場合有利だろう。

「ま、マイコ様、」息を切らせながら、リンプが聞く。「どうして逃げるんですか? 私たち、ここで悪いことはしてないでしょう?」

「政府の認可がもう一週間前に切れてしまっていてね、」マイコはニッコリとリンプに微笑み、告白した。「一週間前から不法滞在中なの、私たち、許可証を見せてって言われたら終わりなの、トランク重いでしょ、持とうか?」

 リンプは茶色のトランクを持っていた。その中に紅華がある。「いいえ、大丈夫です、全然、」リンプは首を横に振る。「それより、マイコ様、あの、私にとっても、いい考えがあるんですけど」

「考え?」

「ええ、きっと、」リンプの瞳は煌めいている。「上手くいきます」

「話して」

「えっと、その必要はありません、」リンプはマイコの顔から視線を逸らした。「むしろ話してしまったら、台無しというか」

「え?」

「マイコ様、」リンプはチラッと後ろを確認し、マイコの手を強く引いた。「こっちです」

「え、そっちは」

 リンプは左の通路に向かった。その狭い通路の先には資材倉庫の扉があり、きちんと施錠されていて、つまり、行き止まりだった。通路の途中に壁に面した四角い柱があり、そこに隠れられそうだが、二人同時には隠れられない。

 マイコはそう思ったが、リンプはマイコをそこまで引っ張る。そしてリンプは体を寄せ、マイコを壁を背中に立たせた。これでマイコは隠れることが出来たが、しかし、リンプの半身は柱から出ている状態だ。リンプの考えている一連のことがマイコにはさっぱり分からない。「ちょっと、リンプ?」

「マイコ様、好きです」

 リンプはマイコにキスをした。

 リンプは全身をマイコに預けてくる。

 リンプの情熱的なキスに、脳ミソが溶けた。

 リンプの向こう側に保安官が姿を見せた。

 マイコは慌てる。

 危機を感じて、リンプとのキスを中断しようとした。

 でも、リンプはマイコが肩を押しても離れてくれない。

 情熱的なキスを続ける。

「……おぅ、」保安官は帽子のつばで目元を隠し、その口元は笑っていた。「はは、どうぞ、お構いなく続けて下さい、なんだ、場所を探していたんですね、はは、いえ、それでは、失礼」

 保安官は逃げるようにマイコの前から消えた。

 リンプは保安官に言われたように、まだキスを続ける。短いキスを何度もしてくる。音が出るキスを繰り返す。「ね、マイコ様、上手くいったでしょ?」

「そうね、でも、」マイコは無理に笑う。「なんだか、とっても疲れたわ」


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