第三章⑥
ソフィア、シデン、ミッキィ、ドナルドの四人はマリエに言われたようにトランプをすることにした。座席の下に収納されていた折り畳み式の丸いテーブルを個室の中央に置き、その上にワインレッドのクロスを引き、準備を整える。トランプはミッキィが持っていた。ミッキィはトランプを慣れた手つきでシャッフルしながら三人を見回して聞く。「さて、何のゲームをしようか?」
「俺は何でもいいが、」ドナルドは髭を触りながら、今日最も愉快そうな顔をして言う。「賭け金は?」
「君たちはいくら持ってる?」ミッキィはソフィアとシデンを見て聞く。
「賭けなんて嫌だ、」ソフィアの財布はとても軽く、厚みもない。「賭けるならやらない、シデンはどうする?」
「やるなら手持ちのお金、全部賭けませんか?」シデンの声は弾んでいた。「勝負は一度だけ、どうです?」
ミッキィとドナルドは顔を見合わせ、そして正面を向いて頷いた。
「いいだろう、」ドナルドはマリエがいないせいか、歯切れよく発声する。「面白い」
「うん、面白いわ、強気ね、」ミッキィは小さく笑って、カードの束の中から一枚のクィーンを抜いた。「ババ抜きはご存知?」
「もちろん、」シデンは頷いた。「私の国でもとても流行っています、賭け事をするのにトランプはとても便利なんです、様々なゲームで遊べるし、サイコロに比べると、イカサマがしやすい」
ソフィアはじっと隣のシデンを見た。ニコニコしている。まだ小さいのに、純粋に賭け事を楽しむ気のようだ。日本人とは、そういう人種なんだなとソフィアは浅く理解してシデンに向かって言った。「イカサマは駄目だよ」
シデンはニコニコしてソフィアと視線を交わしている。明らかにイカサマを企む目。しかし、どんなイカサマを仕掛けようとしているのか、ソフィアには全く読めない。だから、前を向いて横目でシデンを睨んだ。
「よし、」ドナルドは金貨の入った袋をテーブルの上に置く。「始めよう、ああ、もちろん、イカサマはなしだよ、いいね?」
シデンは首を大きく縦に振り、ドナルドに習って掛け金を置いた。ミッキィも掛け金を置いた。
「ソフィアは?」シデンはソフィアの方を見て言う。
「賭けるものが、」ソフィアは首を竦めた。「何もない、だから、私は見ているだけにするわ、本当よ、お財布の中には一ドル銀貨しかないもの」
「体で支払う、」シデンは提案した。「そういうのはどうでしょうか?」
「はあ?」ソフィアはふざけたことを言うシデンを睨んだ。「シデンってば、何言ってんの? 子供のくせに、意味分かってる?」
「……いいだろう、」ドナルドはソフィアをの方をチラッと見て、咳払いを一度して、ゆっくりと頷いた。「ソフィア嬢、あなたは体を賭けて下さい」
「そうね、体を賭けなさい、」ミッキィはククッと小さく笑う。「悪い話じゃないでしょ? 担保も何もなしに、もし最後まであなた、クィーンを触って要られたら、このテーブルの上の金貨は全部、君のものなんだから、お金がない、君のものなんだから」
「でも最後まで触っていられなかったら、私は、その、」ソフィアは顔が熱くなるのを感じていた。「……その、この中の誰かに、その、あの、……しなきゃいけないわけでしょ?」
「何をするんですか?」シデンが丸い目をしてソフィアの顔を覗きこんでくる。
「な、何をって、その」ソフィアは狼狽えている。猥褻な話をするのは苦手なのだ。根は真面目で、潔癖だと、ソフィアは自負している。一応、育ちは修道院なのだ。育ちがいいのだ。
「あら、嫌ね、」ミッキィは手首を前に倒した。「猥褻なことを考えていたの?」
「べ、別に、そんな、」ソフィアはミッキィを睨み、口を尖らせて聞く。「……その、違うんですか?」
「さあ、」ミッキィは目を伏せ、首を横に降った。その仕草は、正面から見ていて、とても優雅で、綺麗。そしてミッキィはカードのシャッフルを始める。「さて、それじゃあ、始めましょうか? マリエが戻ってくる前にゲームを終わらせましょう、あの娘が戻ってきたら、ゲームがとてもつまらなくなってしまうからね」
ミッキィはそれぞれにカードを配り始めた。あっという間にカードが行き渡る。
「あ、ちょっと、まだ、」ソフィアはカードを確かめながら言う。「……やるって言ってないし」
「しっかり目は、」ミッキィは愉快そうに言う。「カードを見ているじゃない」
ペアのカードを捨て、手札を広げ、ソフィアは一息ついて、三人を見回して聞いた。「それで、誰から?」
ババ抜きが始まった。ソフィアが一番に右隣のシデンの手札を引く。そして手札をミッキィに引かせる。それを繰り返す。時にソフィアの悲鳴を挟みながら、ゲームは淀みなく進行していく。最初にドナルドが離脱、次にミッキィ、ソフィアとシデンの一騎打ちになった。シデンの手札二枚を睨みながらソフィアはシデンの心臓の音を聞いた。シデンの心臓の変化はとても微細だった。ギャンブルに慣れた心臓。この娘は何者なのだろう、そう感じるのに十分な時間だった。ソフィアには正解が分からなかった。イカサマを仕掛けているかもしれない。単純な二択ではないかもしれない。そう思うと、選べない。汗が出て、自分の心臓の煩さは、呼吸が乱れるほどだった。ソフィアは右の手札を選んだ。クィーンだった。思わず声が出た。その時、むっとしたシデンの顔が凄く可愛かった。すぐさまシ札を広げる。シデンは心臓の音を変えないまま、すぐにカードを引いた。
最後までクィーンを触っていたのはソフィアだった。
「よっしゃあ!」ソフィアはハートのクィーンを掲げ、雄叫びを上げ、その場で飛び跳ねた。「きゃはははははは、やったぁ!」
シデンは手札を捨て、大人びた表情をしてソフィアの前に金貨の入った袋を押した。
そのタイミングで扉が開き、マリエが顔を覗かせる。マリエの顔は真っ黒だった。ドナルドはハンカチをマリエに差し出す。マリエはソフィアの隣に座り、顔を拭きながらシデンに向かって言う。「日本人とは何者なんですか?」




