第三章③
「素敵な歌でしたよ、魔女様、」馭者が馬車の扉を開け、ソフィア・コポラに手を差し伸べて言う。「脳ミソがきゅうってなるほど、素敵でした、もう一度聞くことは可能ですか?」
「ありがと、」ソフィアは微笑み、スカートを押さえて地面に着地する。「店に来ればね」
駅前は混雑している。汽笛の音の響きに馬の鳴き声や車輪の音、人々の話し声が混ざり、耳のいいソフィアにはとっても煩わしく感じる。ソフィアの後に、伊香保シデン、マリエ、ドナルドが馬車から降りた。
「店というのは、クァンド、というパブのことですか? 正午、魔女様が立たれておられた」
「ええ、」ソフィアは頷く。「たまにだけど、歌うんだ」
「アリスです、」馭者は名乗り、ソフィアの手を触り、不敵に笑う。「魔女なのに、歌も上手いなんて、狡い」
「ソフィアよ、」ソフィアは無理に微笑んだ。「えっと、褒めてくれているんだよね?」
「ソフィア、行きますよ、」マリエがソフィアの手を取り、引っ張る。「アリス、もういいかしら?」
「はい、」アリスはマリエに頷き、少し寂しそうなソフィアに見せて手を離す。「お気をつけていってらっしゃいませ」
「あ、アリス、あの、伝言を頼まれてくれない?」
「伝言?」アリスは首を傾げ、元に戻す。「はい、構いませんが、どなたに?」
「クァンドのマスタに、ソフィアはボストンにピクニックに行ってきますって」
「分かりました、」アリスは頷いてソフィアを見上げる。「それだけ?」
「うん、それだけでいいわ、お願いね」
アリスに手を振り、ソフィアたちは駅の玄関口に向かった。ドナルドがチケットを駅員に見せ、改札を抜け、ズラリと蒸気機関車が並んだホームへ。マリエは早足になった。ソフィアの手を引いて、蒸気機関車に近づき、僅かに頬をピンク色にして言う。「ああ、やっぱり、いつ見ても、素敵です」
「へぇ、好きなんだ」
「いえ、好きというわけじゃなくて、」マリエはしばし悩み言う。「気に入っているんです」
「何が違うの?」ソフィアの横に立つシデンが可笑しそうに言う。
「ボストン行きの列車はこっちですよ、多分」ドナルドが指を指しながら言った。
ボストン行きの列車は蒸気をふかしながら九番ホームに停車していた。ドナルドはチケットを見ながら四人の先頭を歩く。チケットは一等車のものだった。個室が広く、布団が柔らかく、何より食事が豪華な一等車。ソフィアは一等車に乗ることなんて初めてだったから、まるでピクニック気分。ソフィアたちが乗る車両は四号車。この車両だけ天井が膨らんでいて、色に赤みがかっていた。ソフィアが先頭で乗り込んだ。
幅が広い通路を歩き、二号室に向かう。正面を向いて通路の左手側がベッドのある部屋で、右手側が座席のある部屋。扉をスライドさせる。ソフィアは少し驚く。先客がいたからだ。
「あら、遅かったじゃない、」女性、いや、髪は長く限りなく外見は女性だが、声が低く、ソフィアの一瞬の分析ではそれは男性のものだった。彼は振り返り、ソフィアの後ろに視線を向けて微笑む。「よかったわね、マリエ、彼女が出来て」
「えっと、」ソフィアは横を通過して部屋に入るマリエを目で追いながら言う。「……誰?」
「ミッキィです、」マリエは彼の正面に座り、ソフィアに紹介した。「ドラゴン使いのミッキィ、今世界的に流行している女装男子です」
「よろしくね、ソフィアちゃん、」ミッキィはソフィアに上手なウインクをして微笑む。「私、こう見えて男なんだ」
「……えっと、」ソフィアは無理に笑いながらソフィアの横に座る。彼の存在が少し不気味だった。「……よろしく、ミッキィ」
「あらら、怖がっているみたい、可愛いわね、」ミッキィは愉快そうだ。「ああ、その娘がダウジングの魔女」
シデンはソフィアに密着して、得体の知れないものを見る目でミッキィをじっと観察していた。
「あらあら、名前も教えてくれないの?」ミッキィは首を傾けて言う。
「……シデンです、」シデンの声は少し上ずっていた。「え、本当に、……男?」
「見る?」ミッキィはスカートの裾を摘まんだ。
シデンは慌てて首を横に振った。「いいです、いいです、そんなの見たくない」
「あら、失礼しちゃうわね」ミッキィはシデンの反応に愉快そうだった。
「ダニエルが大変だって聞いたよ」マリエが言う。
「ええ、そうなの、」ミッキィは手の平を合わせ、しょんぼりした。「マロリィのハンマでお腹の鱗を砕かれちゃって、大変なんだから」
「マリエ、」通路にいたドナルドが扉の隙間から髭面を覗かせる。「蒸気機関にトラブルがあったようで、多分、列車が遅れるらしいと、さっき駅員が伝えに来ました、結構手こずっているようですが、どうします?」
「え、本当?」マリエはドナルドに丸い目を向ける。
「ええ、ミッキィのダニエルを使いますか?」
「駄目よ、」ミッキィはドナルドに言う。「ダニエルはまだ飛べないから」
「ああ、そうだったな、」ドナルドは顎に手を当てる。「……マリエ、どうしましょう?」
「しょうがない、」マリエは立ち上がった。「私が直してくる」
「え?」ソフィアは驚く。「直せるの?」
「システムは把握しています、」マリエは得意そうに言った。「四人はトランプでもして待っていて下さい、すぐに直して戻ってきますから」




