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第二章⑥

リンプの仕立屋の前には確かに馬車が停まっていた。リンプが扉をノックすると、手前に開き、魔女が顔を覗かせた。マケイラ・マンブルズだ。マーブル財団を束ねる四姉妹の長女である。実際に会って、その顔を確かめるのは初めてだった。一度、どこかで彼女の肖像画を見た覚えがあったが、実物のマケイラの髪の輝きは、圧倒的だった。

 マイコは口元を引き締めて彼女を見上げた。

 彼女と視線が合う。

 彼女はとてつもない意味を含んだような表情でマイコを観察してから。

 そして。

「わぁ、素敵!」マケイラは一瞬で表情を笑顔に変えて手の平を合わせて言った。「素敵、素敵過ぎるぅ、ああ、いいなぁ、可愛いなぁ、欲しいなぁ、めっちゃ欲しいぃ、欲しいよぉ、あの、ねぇ、ねぇ、いくらです? いくらだったら売ってくれますか?」

 マイコはなんていうか。

 膝元からバランスを崩された。とりあえず、首を横に振って言う。「すいません、結構気に入っているんで、お売りすることは、難しいですね」

「ああ、ああ、ごめんなさい、こちらの方こそ、」マケイラは恥ずかしそうに頬をピンク色にして前髪の乱れを直した。「ごめんなさい、私、素敵なお洋服を見ると、どうしても、どうしたって欲しくなっちゃうんです、我を忘れてしまうんです、私を困らせる私のキャラクタなんです、それが前に出てしまいました、失礼しました」

「気持ちは分かりますよ、誰でもそういう時ってありますもの」

マイコは首を傾けて、ニコッと微笑み彼女のことを観察した。リンプはマケイラのことをマダムと表現したが、彼女はまだ確か、二十代前半。つまり、マイコよりもずっと年下。表情にはまだ幼さが残っている。丸い輪郭に、丸い目。毛先も内側に丸まっている。まだ子供の容姿だ。彼女が着ているのは、おそらくリンプのデザインしたドレスだ。前衛的過ぎて、理解がどうしたって遅延してしまう実験作のドレス。クリーム色のドレス。特徴的なのはシュークリームのように膨らんだ肩。足首まであるスカートも膨らんでいる。あらゆる箇所に柔らかな膨らみが施され、まるで別の天体のデザイン。その衣装はマケイラの輝くピンクの髪の色に、なぜか相応しい。とても不思議な点だ。まさに、妙なのである。

「あの、これから、私の家にいらっしゃいません?」マケイラはマイコから視線をはずし、恥ずかしそうに言う。「あ、あの、リンプから聞いたのですけれど、お二人は日本人だって、私、とっても興味があるんです、東の方の国のお話、着物というものに興味があって」

「ええ、構いませんよ」マイコは頷いた。

「え、本当ですか?」マケイラは愉快そうに微笑み、高い位置から手をマイコに差し出した。「わぁ、嬉しい、さあ、お乗りになって」

 マイコとケンタロウは馬車に乗り込み、進行方向を背中に座った。対面にはマケイラが足を組み座ってる。

「それではまたのお越しをお待ちしています」リンプはマケイラにそう言って、頭を下げ、馬車の扉を向こう側から押した。

 馭者が振るう鞭の音。馬車はゆっくりと走り出した。

「広いですね、」ケンタロウが言った。「天井も高い」

「お二人は、ご夫婦ですか?」マケイラが聞く。

「そう見えますか?」マイコは微笑み、曖昧に答える。

「うーん、見えませんね」

「彼は私の奴隷です、ああ、私は伊達マイコと申します」

「奴隷ですか?」マケイラはケンタロウをじっと見る。「……へぇ、しかしとても奴隷らしくありませんね、生意気そうです、生意気な小僧、ああ、なんだか髪の毛の色が悪いですよ、ちゃんとご飯を食べさせています?」

 マケイラはバカにするように言って、クスクス笑う。マイコもそれに同調するように微笑んだ。

「……」ケンタロウは腕を組み、目を瞑り、微動もせずに黙っている。髪の毛の色が悪いという指摘は正しい。外に出ているときのケンタロウはカツラを被っているからだ。

「ああ、そうだ、」マイコは微笑みを崩さずに聞く。「そう言えば、あなたのお名前を、私たちはまだ、聞いていませんでした」

「ああ、そうでした、その素敵な蒼い色の着物に見惚れてしまって、申し遅れました、私はマケイラ、」彼女は一度目を伏せ、凛と発声した。「マケイラ・マンブルズと申します」

「え、マンブルズって、もしかして、」マイコは驚く振りをする。「間違っていたらすみません、その、もしかして、マーブル財団の、マケイラ様では?」

「ご存知でしたか?」マケイラは少し驚いたような表情を見せる。「私たちのマーブル財団は有名なのですか?」

「それはもちろんですよ、シンデラ西海岸の実質的な政治をなされているのは、政府でも、軍でも、保安官でもありません、金鉱山の採掘権を持つ、マーブル財団、財団を仕切る初代団長の娘、四姉妹、マケイラ、ミカエラ、マロリィ、エラリィ、四人の破裂する魔女の存在はとても有名です、日本にまでそれは届くほど」

「ふうん、そうなんですか、」マケイラは複雑な表情で頷き、窓の外を見る。「……有名なのですね、」そして急に高い声で笑う。「ただ好きな服を着ているだけで、日本にまで伝わるほど、有名人になってしまったのですね、幸せなことですね」

「服が好きなんですね、」マイコは言う。「そのドレス、よくお似合いです」

「そうでしょ、そうでしょ、」マケイラは無邪気に笑う。「ミカエラは似合わないって批判するですけど、でも、凄くいいでしょ? いいですよね? リンプのセンスは抜群です、彼女は魔法よりも難しいことを簡単にやってのける天才ですわ、彼女に会うのは今日でまだ二回目ですけれどでも、彼女が天才デザイナであることは真実、私、分かってしまいましたわ、本当に凄い、もっと早く出会いたかった、次に行くときには話そうと思っているんです」

「何をです?」

「私のものにならないかって、」マケイラは指を立てて言ってから、恥ずかしそうに頬をピンク色に染めた。「……私、恥ずかしながら、この歳になってもまだ、男の人を好きになれなくって、好きになるのは女の子ばかりで、私は彼女の才能を含めてリンプのことを気に入ってしまったようです、彼女は傍に置いておきたい一人になってしまった、ああ、魔女でない伊達さんには、分からない話かもしれませんけれど、魔女は開花するとなぜか、女の子のことを好きになるんです、年齢を重ねるうちにその傾向は薄れ、男の人を好きになることが出来るようになるのですが、でも、私にはまだそういう時期が来ないんです、来るとも思えない、その奴隷を見てもなんとも思いません、それよりも、ええ、……伊達さんのことが気になります、あの、隣に座りません?」

 マケイラは多少熱っぽい目をして、僅かに左に移動した。マケイラはどうやら、幕府の姫に匹敵するくらい、女好きのようだ。

「おそらくあなたの魔力がとても巨大だから、だと思いますよ、」マイコはマケイラの隣に移動した。「髪の色、とても輝いていますね、魔女の価値は髪の色で決まると聞いたことがあります、髪の毛には魔力の大きさが輝きとして現れると、魔女について細かいことは知りませんが、」マイコは自分の髪が黒に馴染んでしまったことを触って再度確認した。魔女ではない女を演じようと思った。「それを考えれば、あなたの髪が魅力的である限り、男性を好きになることはないでしょう」

「困ります、そんな、とっても、なんていうか、困らせることをおっしゃいますね、魔女の扱い方に慣れていらっしゃいますの?」マケイラはマイコの腕に自分の腕を絡めてきた。愉快そうに微笑んでいる。どうやら本当に彼女のお気に入りになったようだ。「本当に、困ってしまいます」

「ええ、深刻な悩み、だと思います、」マイコは答えながらどうしようかと思った。すでにマケイラはマイコの肩に頭を預けてきた。恥ずかしがり屋のくせに、積極的、という愛らしい性格。リンプはノンケだし、この大陸に仲のいい魔女などいないマイコにとって、マケイラは久しぶりだ。久しぶりの魔女だった。久しぶりに薫る、魔女の匂い。ちょっと、猥褻な気分になるのが正直なところ。「でも、悩みというものは急に弾けてなくなってしまうものもあります、マケイラ様の悩みもその類だと思いますよ、急に素敵な男性に恋をするかもしれません」

「そうでしょうか?」マケイラを目を瞑っている。

「未来のことは分かりませんけど、回転、というのはいつも、突然来るものですよ」

「回転?」

「ええ、」マイコは指先をクルクル回しながら言う。「回転です」

「よく分からないです、」マケイラは視線を落とし、マイコの太ももを手の平全体を使って触り始めた。「……足、綺麗ですね、裾がとっても短くて、よく見えますね、白くて、透き通っていて」

「あの、くすぐったい」

「ごめんなさい、」しかしマケイラはマイコの太ももを触る手を止めない。「ああ、伊達さん、私、やっぱり、着物を着てみたいです」

「あなたの家に着いたら、脱いで着せてあげましょうか?」

「本当ですか、嬉しいです」マケイラは言ってから、マイコの露出した鎖骨にキスをした。

「あっ、」と変な声が出てしまった。少し不意打ちを食らった感じだった。気持ちが少し冷静でなくなる。すでに先ほどから熱っぽい。マケイラと楽しいことをしてみたいと思ってしまう。いけない。いけない。いけない。「……ちょっと、あの、マケイラ様、あの、コレ以上は、その、コレ以上はちょっと」

「いけませんか?」マケイラは上目で見つめてくる。それがとても愛らしい。指先はマイコの胸元にあって、柔らかい部分に触れていた。「それとも、魔女とは嫌ですか?」

「嫌と言うことはないのですが、」マイコは視線を逸らした。「その」

「嫌でないのでしたら、」マケイラは足も絡めてくる。「いいじゃありませんか」

マイコは必死に自分の中で騒いでいるものを抑えつけながら首を振る。「い、いや、やっぱりいけませんよ、駄目ですよ」

「どうしてですか?」マケイラは顔をぐっと近づけてくる。「嫌じゃないのなら、あ、お金、ですか?」

マイコは首を横に振る。「場所が」

「ココは馬車の中ですよ、誰も見ていませんよ」

「ケンタロウが!」マイコは大きな声を出した。「ケンタロウがこっちを見ています」

「え?」マケイラはケンタロウの方に視線をやる。

 ケンタロウはしっかり二人のやり取りを観察していた。

 僅かに頬が紅い。

 ケンタロウは大きく咳払いをして。

 そして。

 澄ました顔を作る。「……着いたようですが」

 確かに馬車の揺れは止まっていた。

 扉がノックされて、奥へ開いた。

「続きはベッドの上で」マケイラはマイコの耳元で囁く。

 マイコはなぜか。

幕府の姫のことを思い出していた。



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