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第二章⑤

ソフィアはマリエの提案に頷いた。彼女に所属する、ことを了承したのだ。

「私に所属することというのは、」マリエはとても短く説明した。「それはただ、私と一緒に同じことを見て聞いて考えて、同じ気持ちになることです、取り留めのないことでも、飽きるまで、何度も繰り返し色を付けて、同じ気持ちになることです、私に所属するのであれば、私しか見ることの出来ないもの、聞けないもの、考えられないことに、触れるようになれます」

 明らかに説明不足。あるいは過剰。単純に意味不明。

告白の一種だろうか?

分からない。

なぜ了承したのだろう、とソフィアは近い過去の自分の判断を分析した。まだソフィアはマリエのことをよく知らないのだ。よく知らない魔女に所属する、ということはとても賢明な判断とは言えないと思う。

黒い頭巾を被ったゴールド・ブロンドのマリエはどうやらソフィアの歌を聞きたいようだ。手の甲にキスするくらい、ソフィアのことを気に入っているようだ。しかし、その理由はまだ分からない。謎めいている。ソフィアは全然彼女のことが分からない。

 それなのになぜ。

 ソフィアは頷いたのだろう。

 無響室を出たかったからというのも理由。でも、他にある。

 はっきりとした輪郭は見えないけれど先に明るいものを見たような気がしたのだ。

 足を走らせ、近づきたいと思わせる、明るいもの。

 手を伸ばしたくなる、鮮烈なもの。

 瞬きを忘れるほど、派手な模様を。

 ……いや。

 ただの思い過ごしかもしれない。

 無響室という非日常空間のせいかもしれない。

 耳鳴りのせいで、脳ミソの回転が緩慢になっていると感じるけれど。

 マリエが感じさせてくれたのだ。

 だから。

マリエに所属したことの成果を、ソフィアは愉快に考えている。

 さて、ソフィアはマリエと共に白塗りの小さな建物から外へ出た。広がる緑。門と反対側の緑にも小さな道があり、外で足元を見て待っていたドナルドを先頭に進んだ。マリエはソフィアの腕に自分の腕を絡めて、重さを感じさせてくる。マリエのこの接近にどんな意図があるのか、ソフィアには謎だが、まあ、可愛らしいから、別に深くは考えない。

「ねぇ、マリエ、」ソフィアは緑を見上げながら言う。「この緑は何?」

「何?」マリエは丸い目でソフィアを見つめた。「何、とは?」

「緑がここにこんなにある理由というか」

「静かになりますから、この静けさが大事なのです」

「うん、静か、とっても、でも、耳を澄ませば虫の活動が煩わしい」

「ああ、それは少し、問題ですね、いっそのこと、巨大な無響室を設置して、違う世界を構築するのも、一つの方法かもしれませんね」

「うーん、マリエの言っているは分からないけれど、でも、ここはすでにもう、世界が違うよ、緑のせいかな、シンデラじゃないみたい」

「世界が違うのではなくて、現在は一応、違う領域、というのが適切だと思います」

「まさか、結界を?」

「はい、結界というよりは、」マリエはソフィアに微笑みかけ空を見る。「この領域は私のシエルミラで包んでいます、」シエルミラというのは光の魔女が編む、バリアのことだ。「誰も侵入できないし脱出することも出来ない、破壊できないように、シエルミラで包みました、シエルミラは隙間が出来てしまうとすぐに解けてしまうものですが、回転扉を設置して出入りが出来るようにしました、これが結構、難しかった」

「マリエはもしかして、凄い魔女?」

「いえ、気付いてみると、意外とシンプルでした、どうして瞬間的に辿り着くことが出来なかったんだって、怒られてしまいました、遅すぎるって」

「え、誰に、怒られるの?」

「サブリナ」

「サブリナ?」聞き返したところで、ソフィアは木の根に躓いた。「おおっと」

「大丈夫ですか?」ドナルドはソフィアを抱き止めた。

「ありがとう、ドレスを汚さずに済みました」

「よかった」ドナルドはすぐにソフィアから離れ、背を向けて歩き出した。

「……ねぇ、ドナルドさん?」ソフィアは先を行く、ドナルドの背中に声を投げる。「私の歌は、実際のところ、どうだったんです?」

「素敵でしたよ、多分」ドナルドは前を向いたまま小さく言った。

そしてドナルドは足を止めた。おそらくココが目的の場所だ。緑が開け、白い石材で造られた楕円形の噴水が出現する。虹が出来ていて綺麗。中央の背の高い石柱、泉の囲いには植物が絡み、花が咲き、シンデラ的じゃない幻想的な景色が見える。ソフィアは少しロマンチックな気分になる。

「マリエ、彼女です」ドナルドは手の平を広げ、噴水の手前にマリエとソフィアの視線を誘導した。

 脚の細い丸く白いテーブルを挟んで椅子が二つあり、その片方に一人の少女が腰かけていた。少女はカップを持ち、噴水をじっと眺めていたが、三人の気配に気付き、振り向いた。髪の色は黒く、腰まであるロング・ヘア。中世の魔女のような黒尽くめの衣装。顔つきは東洋人特有のベイビィ・フェイス。目元には影があり、疲労している様子だった。彼女はじっと、三人の方を見て、苦笑して、目元を抑えた。「……ああ、もう、とっても絶望的な気分だったのに、目の前に現れたのは女の子二人、可愛い魔女二人だ、ああ、なんで? 困るなぁ、せっかく、とことんヒステリックになろうと思ったのに、なれなくなっちゃった」

 誰だろう?

ソフィアはマリエに視線をやる。

 マリエはドナルドの前に進み出て、スカートを摘まんでポーズを取った。「マリエです」

「あ、こちらこそ、」彼女は立ち上がって深く頭を下げて、顔を上げ、前髪を直した。「シデン、伊香保シデンです」

「ドナルドとソフィアです、」マリエは二人をシデンに紹介して、シデンの座っていた対面の椅子に座った。「どうぞ、座って下さい」

「ああ、はい」シデンは椅子に姿勢正しく座った。

ドナルドがマリエの後ろに立つので、ソフィアもマリエの後ろに移動した。まるでマリエのボディガードの気分。所属するというのは、こういうことだろうか? 隣のドナルドの、とにかくこの場に無関心な表情をソフィアは盗み見て、コピーした。ドナルドはソフィアの視線を受け、口元だけで笑った。その意味は果たしてなんだろう。とにかく、ソフィアも微笑み返した。

「とても突然のことだったと思います、」先に口を開いたのはマリエだった。「突然のことであらゆることが不鮮明かもしれません、しかし、私たちはあなたの登場をずっと待っていました、これからのことをきっと、滑らかに速やかに、行われていくことでしょう、あなたがいるからです、会えてよかった、というのは私の素直な感想ではありませんが、しかし、一つの仕事が終わり結ばれる方向に進むことはとても愉快なことだと思います、とにかく、」マリエは子供の声質だが、とても大人っぽいしゃべり方をしている。ソフィアと会話するときは、マリエはイノセント、という一面が前に出て来るのに、今は違う。マリエは右手をシデンに差し出す。「あなたに会えてよかった」

「可愛らしい手ですね、」シデンはマリエの握手に応じながら質問する。「……あの、一つ確認させて下さい」

「ええ、なんでしょう?」

「ルッカには、私と一緒にいた鋼の魔女には、本当に何も、していませんよね、無事なんですよね?」

「はい、」マリエは即答する。「もちろんです、安心してください」

「本当に、本当ですか?」

「嘘はつきません、嘘を付いても意味がありません、私たちはあなたを必要としていますが、あなたと一緒にいた鋼の魔女を必要としていませんし、彼女に危害を加える理由がありませんから」

「信じますよ、私、」シデンは睨むようにじっとマリエを見た。「信じますからね」

「はい、真実ですから、」マリエは歯切れよく言う。「何度信じても、何度疑っても、真実ですから」

「……いつ出発ですか?」シデンは八重歯を見せ、微笑んでいた。



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