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ミケの日常

クァンドのピアノの下。そこがミケの寝床。東洋の色彩感じる絨毯を重ねて体にフィットするようにして、その上で猫みたいに丸くなって眠るのがミケの習性。一方ソフィアの寝床は壁際のソファ。大きくないからソフィアの足はソファからいつもはみ出る。まだ昼過ぎ。いつもだったら彼女もミケと同様眠っている時間なのだが、今日はパーティに出かけて行った。昨晩、彼女に渡されたシンプルな招待状。それに従ってソフィアはクァンドの店先に立ち、さて、どうなったのだろう?

  ミケはソフィアにドレスを貸してあげた。ファーファルタウの職人が仕立てた、素敵で豪奢なドレス。ソフィアには良く似合う。

「ふぁあぁ」ミケは布団の中で欠伸をして枕を抱き締めた。

 まだ活動するには早い時間。ミケは夜行性。クァンドのマスタと見習いコックのアレクサンダが出勤するのは午後四時過ぎ。それまでにミケは髪に櫛を入れ、簡単な掃除を終わらせていればいい。まだ夢の中でいい。気持ちいい時間は続く。締め切った店の中は程よく暗い。扉の隙間から注ぐ僅かな光が微睡むのに丁度いい。遠くに聞こえる、店の外の出来事のノイズも丁度いい。ミケは姿勢を正し、再び夢の中に入ろうとした。いい夢を見るって保証はないんだけれど、なぜか人は眠る。凄く不思議、なんて思った。

 そのとき。

「ミケ、ソフィア、いるんでしょ? 開けてぇ」

 入り口の扉を叩く音と一緒に声が聞こえた。ミケは目を開けた。この声はクァンドの上、二階の部屋に住む魔女、マロリィの声だった。「二人とも、いるんでしょ?」

 ミケは無視して目を閉じた。熟睡している振りをしようと思った。ご近所付き合いは確かに大切。でも、今は眠る方が大事。だから寝る。優先順位の問題。マロリィのことが嫌いっていう訳じゃないけれど、マロリィに会いたくないっていう訳ではないけれど、今は眠りたい。優先順位の問題。もちろん、マロリィに申し訳ないっていう気持ちはある。もちろん、開店前に店の扉を叩くな、という腹立たしい気持ちもある。そんな気持ちを消去して眠りたいという気持ちが一番大きい。ただそれだけの問題なのである。うーん、眠いよぉ。

 マロリィは扉を叩きながら、ミケの名前を何度か呼んだ。

 しかし、ミケの微睡は徐々に深くなり。

 夢の中へ。

 すーっと。

 指先、つま先から入って行く。

 体はふんわりと、魔女のように浮かぶ。

 魔女じゃないから分からないけど。

  それに近いような感覚に、満たされる。

「ミケ!」

  マロリィの声が耳元で聞こえた。

  ミケははっと目を開ける。

  マロリィの丸い顔、丸い目、毛先の丸まったピンクの髪はミケの近くにある。彼女のあらゆる部分の輪郭は丸みを帯びている。角がない。彼女はとてもキュートで、チャーミングで、キディだ。しかし、とミケは思う。彼女の丸い部分、そこに含まれるのは愛らしさだけじゃない。とても威圧的で、とても破壊的な衝動。ピンクの髪の色を持つ魔女に期待される要素を可愛い顔をした彼女は、確かに持っている。さて、そんなマロリィは、とてつもなくニコニコしていた。

  ミケはすっごく不機嫌な顔を作成。マロリィを睨んで鼻声で言う。「……なんだよ」

「お客だよ」

「は?」

「お腹が減ったから、何か作って」

「私はコックじゃないんだよ、ピアニストのミケだよ、それにまだ開店してない、」ミケは枕を抱き締めながら上半身を持ち上げる。「……っていうか、どうやって入ってきたの?」

「鍵が開いてたよ」

「え? ああ、ああ、そっか、」ソフィアが出かけた後、ミケは鍵を閉めるのを忘れていたようだ。「……でも、勝手に入ってくるんじゃないよ、保安官を呼ぶよ」

「ソフィアは?」マロリィはクァンドの店内を見回しながら聞く。「買い出し?」

「パーティだってよ」ミケは指で髪を梳いた。

「パーティ?」マロリィは首を傾げる。「何の?」

「細かいことは知らないなぁ」

「え、ちょっと、気になるなぁ、気になる、」マロリィはミケの前に膝を抱えて座った。「詳しく話してよ、ソフィアがパーティに行くなんて、今夜はきっと、ハリケーン」

「……アンタさ、そうやって、何人も、魔女のことを気にしてさ、なんていうか、疲れない?」

「質問の意図が謎なんだけど、」マロリィは左右に体を揺らしながらニヤニヤしている。「あ、私が気にするのは魔女だけじゃないよ、普通の女の子も、そこに含まれます、もちろん、ミケのことも、気になるわ、ずっと会いたいな」

「はい、はい、ありがとね、」ミケは手の平を左右に動かしながら、店の扉の近くにポツンと立つ、スタイルのいい、銀色の髪の魔女を見つける。「……その娘は?」

「ルッカ」マロリィはニコニコと答える。

 ミケはマロリィが彼女のことを説明してくれると思ったが、どうやら名前以外のことを教えてくれる気はないようだ。もしかしたらマロリィもルッカの細かいことを知らないのかもしれない。

「ねぇ、ルッカ、」ミケは声を大きくしてルッカに向かって言う。「何が食べたい?」

「あ、私、ナポリタン」マロリィが答える。

「ナポリタンはメニューにないよ、」ミケはマロリィを睨んだ。マロリィはいつもミケにナポリタンを注文するのだ。「ルッカは?」

 ルッカは僅かに微笑んで言う。「私も、ナポリタンが、食べたいなぁ」

 ミケは二秒悩んで、枕を置いて立ち上がる。「……しょうがないねぇ」

 そんなミケの日常。


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