第一章⑩
マイコは昼過ぎに目を覚ました。馬の蹄が地面を叩く音が聞こえる。陽が部屋に射している。ベッドの中で微睡みながら体の調子を確認する。良くはない。悪い。自分の髪を触って見てみる。黒いまま。紅くない。髪を洗って、眠っても治らなかった。むしろ黒は髪に馴染んでしまったようだ。放流すべきものを堰き止められてしまったような、不自由さを感じる。不愉快だ。枕に口を当てて叫んだ。「アヤコのバカぁ!」
マイコは叫んでスッキリした。そういえばマイコのベッドの脇にいるはずのケンタロウの姿がない。しかしマイコに何も告げず、どこかに行っているのはいつものことだった。気にしないことにする。マイコは黒い髪を纏めてバルコニィに出た。
空はとてつもない快晴。
風が緩やかに吹いている。
なんというか。
ピクニック日和です。
日本では桜が咲いていますか?
なんて。
マイコとケンタロウが泊まるのは二階建てのホテルの一室。交差点の対角線上にはクァンドがある。クァンドの二階の部屋には若い魔女たちが住んでいるらしい。その中に緑の魔女がいるのだろう、屋上は緑で溢れている。その香りは、マイコが風を感じているところまで届いている。
全く違う。
全然、違っている。
匂い。
色。
形。
自分でさえ。
何もかもが、天守鶴島から見下ろしたときとは違っていて。
果たして。
自分が分からなくなる。
あるいは、そう。
生まれ変わるのだろうか?
紅が一度閉じ込められて、また。
新しく。
ファンダメンタル・ピュア・クラウン。
それを手に入れて、そう。
革新が起こるだろう。
本当に?
ええ、まだ予測だから。
でも、想像したことが叶わないことなんて今までなかった。
だから。
この世界でも。
「ああ、マイコ様、」部屋の扉が開く音とともにケンタロウの声。「おはようございます」
「うん、おはよう」マイコは振り返らずに声を出す。
「あの、」ケンタロウはマイコの横に立つ。「気分は?」
「さなぎ」




