第一章⑨
パーティは始まらないどころか、」ソフィアはテーブルを挟んで対面に座る黒い頭巾を被ったゴールド・ブロンドの髪の少女に言う。「パーティなんて嘘なんでしょ?」
「嘘じゃありません、」少女は眉を潜め、首を横に振る。「ほら、シャンパンも用意しています、これで立派なパーティが出来るじゃないですか」
「シャンパンしかないじゃない」
少女は口元を一瞬だけ「むっ」とさせ、無理やり微笑んだ。「とにかく、楽しんでください」
「え、ちょっと、待ってよ、」ソフィアは部屋を見回した。「こんな場所で楽しめって、冗談?」
「冗談なんて言っていません、純粋に楽しもうと提案しているんです、冗談なんて、ああ、さっきから思うことがあります、ソフィアは少し考え過ぎです」
「ココ、無響室でしょ?」
ソフィアは少女に建物の地下の無響室案内されていた。壁、天井が複雑な形状をしていて、音がほとんど響かないようになっている。響かないからいつもより大きく発声するか、接近しないと相手に声が伝わらない。ソフィアは風の魔女だから、普通の部屋と違うことはここに案内され、ソファに座る前に分かっていた。無響室の中にいるのは初めての経験だったが、こういう部屋があることは知っていた。
「よく御存じですね、」少女はボトルを手にして首を傾けている。「さぁ、グラスを、パーティを始めましょう」
「二人で?」
「二人で、です、」少女は頷いて背筋を伸ばした。「あ、申し遅れました、私はマリエ、十五歳です、この髪の色はつまり、光の魔女、ということになりますね」
「十五歳?」ソフィアは驚いた。「本当?」
「嘘じゃありません、」マリエは不機嫌そうに眉を潜める。「考え過ぎです、私が悪いことを企んでいるって、ソフィアのことを騙そうとしているって、考え過ぎなんです、考え過ぎはよくありません、魔女が最優先すべきなのは、」マリエは右のこめかみを触る。「直感、なのですよ」
「いや、違うって」
「だから、違いません、嘘は言わないのですよ」
「十一歳ぐらいだと思ったの、だから驚いたのよ」
「……あの、意味が分かりません、」マリエはかなり不機嫌な顔をする。「それは私の容姿がとてつもなく子供っぽい、ということを言いたいのですか?」
「うん、」ソフィアは頷く。「子供っぽい、というか、子供」
「怒りません、でも、」マリエはどうやら丸い目でソフィアを睨んでいるらしい。「ヒステリックになります」
「あ、気にしてるんだ、ベイビィ・フェイス、可愛くていいじゃん、モテるでしょ? 年上の魔女たちから」
「ソフィアは大人っぽいですね」マリエはボトルをテーブルの上に戻した。
「マリエは何を企んでいるの?」
「ああ、どうしたらソフィアはパーティを楽しんでくれるんだろう、」マリエはテーブルに頬杖付く。「さっきからそればかり考えています」
「あの人は、私に招待状をくれた、傭兵さんは来ないの?」
「傭兵ではありません、ドナルドは私のボディガードです」
「てっきり、その、ドナルドさんが私のことを気に入ってくれたと思ったんだけどな」
「それはありえません」
「なぜ?」
「彼は私のことを愛しているんです、ドナルドは三十四歳ですが、彼は十五歳の私のことを愛してるんです、子供っぽい私のことを愛しているんです、変態なんです、だから私を守ってくれます、命を懸けて」
「いい加減、私がここにいる理由を教えてくれない?」
「理由がそれほど重要ですか?」
ソフィアはじっとマリエのことを睨んで、息を吐く。少し様子を窺おうと思う。危険な匂いが目の前の彼女からしないことはないが、露骨じゃない。気のせいかもしれないし、危険の予感は後に正しかったのだと反省するかもしれない。シャンパンは絶対に飲む気はないが、とにかく、しばらくマリエとのおしゃべりを楽しもうと思った。「……どうして頭巾を被っているの?」
「私の髪の色が素敵過ぎるからです、皆、眩しそうに私のことを見るので、普段はこうやって黒い遮光性の高い頭巾を被っているんです、」マリエはブロンドの髪を触る。「どうですか、凄く煌めいているでしょう?」
「光と風のデュアル・イレギュラ?」その髪の煌めきは、風の無色がもたらすものだと、ソフィアは考えた。
「いいえ、」マリエは首を横に振る。「純粋なゴールドです、純粋な光の色なのです、これほど純粋な魔女はきっと、この大陸には私くらいしかいないと思うんです、」マリエはうっとりと手の平を合わせた。「ああ、なんだか盛り上がって来ましたね、まさにパーティみたいですね」
「いや、パーティみたいじゃないよ、」ソフィアは慌てて突っ込んだ。「ただしゃべってるだけだよ、これがパーティだったら、世界中、至る所で絶賛パーティ中だよっ」
「盛り上がってきたから歌が歌いたくなってきました?」
「ううん、全然、コレっぽちも思わない、」ソフィアは首を振って人差し指と親指で三センチを作った。三センチの隙間からマリエを見ていて、ふと、気付く。「……あ、なぁに、私の歌が聞きたかったの? そういうこと?」
「それはまだ分かりません」
「……意味不明だなぁ、」ソフィアは後頭部を触りながら微笑むマリエをじっと見る。「……私がここにいる理由はマリエが私の歌を聞きたいから、そうよね?」
「それはまだ分かりません」
「あ、照れてるんだ、きっと、そうね、なんだ、早く言ってくれればいいのに、回りくどいんだよぉ、招待状なんていらないし、多少、大目の現金を頂けたらどこへでも行って歌うのに、そうよね、昨日、マリエは私の歌を注文したんだから、つまり、そういうことなんだね、ああ、なんだ、少し疲れたじゃない」
「それはまだ分かりません」マリエは相変わらず微笑んでいる。
「でも、どうして無響室なの?」
「私はソフィアの細かいことを全部知りたいのです」
「え?」
マリエは立ち上がり、ソフィアの前に跪き、手を触った。そしてまるで騎士が姫にするみたいに手の甲にキスをした。
「……え、あ、え??」ソフィアはパニックになっていた。顔がとてつもなく、熱い。
「歌が歌いたくなってきました?」




