第二章 成就
――暖かい。
起きて最初に感じたのは、それだった。
頭の後ろを包む柔らかな感触と、髪を撫でる指先の優しい動き。
眠りから浮かび上がったばかりの意識では、それが何なのかまでは分からない。
ただ、それがひどく心地よくて――このままもう一度眠ってしまいたいと思った。
「ん……」
「あっ!」
すぐ近くから、可愛らしい声が聞こえた。
「あ、やっと起きましたね~三鶴さん! おはようございます♡」
意識が急速に覚醒するのを感じて、目を開く。
――視界いっぱいに、青い髪が広がっていた。
長いツインテールが三鶴の肩にまで垂れ、透き通るような青い瞳が真上からこちらを覗き込んでいる。
それは、何度も見た顔だった。
……毎日のように見てきたはずの顔。
けれど、画面越しに見るよりずっと細かく動く表情も、瞬きをするたびにわずかに揺れる睫毛も、少しだけ心配そうに下がった眉も――三鶴の知るものとは、少し違っていた。
「……あれ」
「んー? どうしたんですか~?」
「ここ、は……?」
「あはは、もー。ここは三鶴さんのお部屋ですよ? 別に三鶴さん側が異世界召喚されたわけじゃないんですから!」
茶化すように言いながらも、少女は楽しそうに笑っている。
そこでようやく……心が落ち着いてきたのか、三鶴は自分が膝枕をされていることに気がついた。
「…………」
「三鶴さんー?」
「……えっと、ディーネ……だよね?」
「はいっ! 三鶴さんのディーネですよー♡」
寝惚けたまま、普段アニメを見ている時と同じように呼び捨てにしてしまった。
すると、一度ぱちくりと瞬きをしたあと、ディーネの瞳が一気に輝きはじめた。
「……って、あれ? あれあれ~!? 三鶴さん今、私のことディーネって呼びました!?」
「え……?」
「呼びましたよね!? 絶対に呼びました、この耳が覚えてますからっ!!」
大げさな身振り手振りで、自分の耳を指さしてアピールする少女。
「……あ」
そんな少女を視界に映しながら、気を失う直前の記憶が少しずつ蘇ってくる。
光り出した装置。
目の前に現れた、ずっと会いたかった少女。
夢なら覚めないでくれと願いながら、そのまま意識を失った。
そして今、その少女の膝の上に自分の頭がある。
「ディーネ……さん? なんで――」
「む。呼び方、戻さなくてもいいんですよ?」
「いや、さっきのは違うんだ。あれはまだ寝惚けてて……」
「いやいや、そんなので誤魔化されませんよ……! 三鶴さん、前から私のこと呼ぶ時はいつも呼び捨てにしてましたもんねっ!?」
ディーネは三鶴の髪を撫でながら、何故か真剣な顔で身を乗り出してくる。
「出会ったばかりで呼び捨てなんて……これはもう、あれですかね?」
「あ、あれって……?」
「付き合っちゃいます?」
「ぶっ!! は、話が早すぎない……っ?」
「あっ、それじゃあ先に結婚しますか!?」
「なんで!? 更に飛躍してるよ!?」
「いやいや、そんなことありませんよっ! 私たちは好き合ってるわけですし!」
「好き合っ……!?」
「はっ!! なんなら私、もう三鶴さんとの新婚旅行の情景まで見えましたよ!」
「新婚旅行!?」
「はいっ! 綺麗な海を背景に、お互いの腰へ手を回してラブラブなツーショットを撮ってます! あ、子供は十八人いますね!」
「多くない!? しかも新婚旅行前に子供出来てるの!?」
「ふふっ、家族は多い方が楽しいですよ?」
「ええぇ……もう、なにがなんだか……」
反射で漫才みたいなやりとりをしながらも、三鶴は自分がディーネと普通に会話をしていることに気がついた。
台本にある言葉ではない。
何度も再生される、決まった声でもない。
三鶴が言ったことを聞いて、考えて、ディーネ自身の言葉を返してくれている。
それが、たまらなく嬉しかった。
「……三鶴さん?」
黙り込んだ三鶴を見て、ディーネが不思議そうに首を傾げる。
「どうしました? 何か気になる事でも?」
「いや……」
三鶴はゆっくりと上半身を起こした。
名残惜しさはあったが、いつまでも膝枕をされたままでは、心臓が耐えられそうにない。
座りなおして、改めて向かい合う。
ディーネは三鶴のすぐ目の前に座り、優しい瞳でこちらを見つめていた。
――青い髪。青い瞳。見慣れた衣装。少し幼さを残しながらも、驚くほど整った顔立ち。
……どこから見ても、三鶴の知っているディーネだった。
それでも、まだ信じ切ることができない。
信じるには、三鶴が焦がれた年月は長すぎたから。
三鶴は立ち上がると、座っているディーネの周囲をゆっくりと歩き始めた。
「……三鶴さん?」
正面から、横から、後ろから――角度を変えて、何度もディーネを見る。
「な、なんですか……? そんなにじろじろ見られると、さすがの私もちょっと恥ずかしいと言いますか……」
ディーネが俯くと、その頬はわずかに赤くなっている。
――そんな表情も、三鶴の知る彼女にはなかった。
「ご、ごめん。ただ……まだ信じられなくて」
「……ふむ。私がここにいることが、ですか?」
「……うん」
三鶴は手を伸ばそうとして、止めた。
触れてみたい。さっきの言葉の意味を聞きたい。
ここに在ることを、確かめたい。
けれど、触れた瞬間に消えてしまうのではないかという恐怖が――どうしても拭えない。
そんな三鶴の様子を見ながら、ディーネがわずかに身じろぎをした。
……その瞬間。
「っ……!?」
ディーネが、三鶴の手を掴んでいた。
触れられた掌から、感触と温度が流れ込んでくる。
細く、柔らかい手。
掌から伝わる確かな温度。
それは、幻でも、映像でもなくて。
そこにディーネがいることを、確かめさせるには十分だった。
「あ……」
掌に触れた温度が、重なった指の一本一本を通して伝わってくる。
作り物でも、冷たい画面越しでもない。
三鶴が僅かに指を動かせば、ディーネの手もそれに応じて動く。柔らかな皮膚の感触も、確かな体温も、すぐ目の前に彼女がいることを嫌というほど教えてくれた。
――それなのに、安心するより先に胸の奥が強く縮んだ。
この温度を知ってしまった今、これをもう一度失ったらどうなるのだろう。
何かの拍子にディーネの身体が光へ溶けて、再びあの小さな装置の中へ戻ってしまう。
いくら話しかけても決められた言葉しか返らない、昨日までと同じ朝が、何事もなかったように始まる。
そんな嫌な妄想ばかりが頭を過り、三鶴は無意識に彼女の手を強く握り込んでいた。
「三鶴さん?」
「……あ、ごめん」
痛ませてしまったかもしれない。
そう気づいて力を緩めようとしたものの、指は思うように離れてくれなかった。今ここで手放せば、本当に消えてしまうような気がしたから。
ディーネは何も言わず、握られた自分の手へ視線を落とす。
そして、微かに震える三鶴の指先を見たあと、今度はその顔をじっと覗き込んだ。
「……なるほどー」
ディーネは掴まれた手と三鶴の顔を交互に見て、やがて、全てを理解したように優しく微笑む。
「三鶴さんってば、可愛いんですから」
「え……?」
「そんな顔をされたら、ますます好きになっちゃいますよ。もう~~」
「あ、え……?」
ディーネは微笑んだまま、三鶴の手を両手で包み込んだ。
逃げない、というように。離れない、というように。
「……大丈夫ですよ、三鶴さん」
それは先ほどまでの明るい調子とは違う、優しい声だった。
「私は、三鶴さんの前からいなくなったりしませんから」
……それは、今三鶴が一番求めていた言葉なのかもしれない。
不意に涙が零れそうになって――それを彼女には悟られないよう、口を開いた。
「……本当に?」
「はい。もう、ずっと一緒ですから!」
その言葉を聞いた瞬間、三鶴の胸の奥に張りつめていたものがわずかに緩んだ。
「……そっか」
「今まで、寂しい思いをさせてごめんなさい」
「ディーネが謝ることじゃないよ。こうして逢えるなんて、思ってなかったけど」
ディーネは俺の言葉を聞いて少し考えるようにしたあと、俯き気味に口を開いた。
「……でも、三鶴さんがずっと苦しんでいたことは知っていますから」
三鶴は顔を上げる。ここで初めて、疑問に思っていることを口にした。
「ディーネは、俺のことを知ってるの……?」
「はい」
ディーネは、少しだけ寂しそうに笑う。
「私は、ずっと三鶴さんのことを見ていたんです」
「ずっと……?」
「いつからかは、よく分かりません。気がついた時には、何もない場所に一人きりでいました」
ディーネは、三鶴の手を握ったまま、自分の記憶を確かめるように続ける。
「周りには何もなくて、誰の声も聞こえなくて。ずっと、ずっと一人でした。それまでの記憶も、全部偽物だったんじゃないかって思えるくらいに、長い時をそこで過ごした気がします」
それは明るい彼女の口から語られるには、あまりにも寂しい話だった。
「でも、そんな場所からでも、三鶴さんのことだけは見えたんです」
「……俺のことを?」
「……はい。毎日私を見て、毎日私に話しかけてくれましたよね。朝も、夜も……どんな時でも。私は答えられなくて、触れることもできないのに、何度でも」
……もちろん覚えている。
装置の中のディーネへ、三鶴は毎日のように話しかけていた。
触れられないこと、返事がないことなど分かっていた。
……それでも、彼女がそこにいるような気がして。
「毎日挨拶してくれて、一緒にご飯を食べてくれて、それに、私が出ている話を何度も見てくれたり。落ち込んだ時も、嬉しいことがあった時も、全部私に聞かせてくれました」
そう話したあと、ディーネは恥ずかしそうに付け足す。
「まあ、嬉しいことは全部私のことでしたけどね? えへへ……」
「本当に、全部聞こえてたの?」
「はい、ちゃんと聞こえてました。それに、見てました」
ディーネは嬉しそうに目を細める。
「だから、私は三鶴さんが思っているより、ずっと三鶴さんのことを知っています」
「……そっか」
「それに私だって、ずっと寂しかったんですからね」
少し拗ねたような声で言いながら、ディーネは握る手に力を込めた。
「ずっと三鶴さんのことを見ているだけだったんです。声を掛けたくても掛けられないし、触れたくても触れられないし……」
「……ごめん」
思わず謝ると、ディーネはすぐに首を横へ振った。
「三鶴さんがいてくれたから、私は一人じゃなかったんです」
三鶴は返す言葉を失った。
朝、装置の中の彼女へ掛けていた挨拶も。
何かあった日に、答えが返らないと分かりながら聞かせていた話も。
眠る前に何気なく零していた言葉も。
どれも、ただの独り言だと思っていた。
だって、届くはずがない。
自分だけが彼女を見つめ、自分だけが恋をしているのだと、ずっとそう思っていた。
けれど、ディーネはその全てを聞いてくれていた。
――画面も、次元も越えて。
自分の声は、ずっとディーネに届いていたのだ。
「――あれ?」
ふいに、ディーネの視線が三鶴の肩越しへ移った。
何かを見つけたらしく、青い瞳がゆっくりと部屋の中を巡っていく。
机の上に並んだフィギュア、壁に掛けられたタペストリー、棚を埋める円盤や書籍。
その隙間に飾られた小さなアクリルスタンドまで、どこを見ても同じ青い髪の少女がいる。
「おお……っ」
感嘆の声とともに、ディーネの顔が目に見えて輝いた。
三鶴の手からするりと抜け出すと、初めて訪れた場所を探検する子供のように、棚の前へ駆け寄っていく。長いツインテールが動きに合わせて大きく揺れ、その後ろ姿までもが、三鶴の見慣れた彼女そのものだった。
「わぁ……ほんとーに、どこを見ても私だらけですね~!!」
「……引いたかな?」
尋ねた声は、自分で思っていたよりも弱かった。
ディーネを好きなことに、恥じる気持ちはない。誰に何を言われようと、この部屋にあるものを手放そうとも思わない。
それでも、本人に見られるのは別だった。
これまで一人で集めてきたものの全てが、彼女へ向けてきた感情の大きさをそのまま晒している。いくら好意を知られているとはいえ、これではさすがに重すぎると思われてもおかしくはない。
「? どうしてですか~?」
ディーネは棚からフィギュアを一つ手に取ると、そんな三鶴の懸念など思いも寄らない様子で振り返った。
掌に乗る小さな自分と見比べるように顔の横へ並べ、楽しそうに目を細めている。その表情には、困惑も嫌悪も、いっさい見当たらなかった。
「こんなに私のことを好きでいてくれたんだなーって思ったら、嬉しくて仕方ありませんよっ! むしろ感激しかありません!!」
「そ、そっか……」
張りつめていた息が、ようやく胸の奥から抜けていった。
引かれなかった安堵が第一にあって、だけどディーネ本人が自分のグッズを手にして喜んでいる光景は、嬉しさとは別の意味で落ち着かなかった。
小さなフィギュアの隣に、本物のディーネがいる。
その事実を意識するだけで、頬の内側まで熱くなっていく。
「これも、私ですよね?」
「うん」
「これも?」
「うん」
ディーネは一つ確認するたび、宝探しでもしているように次の品へ目を移していく。
やがてベッドの脇に置かれた大きな抱き枕を見つけると、目を丸くしながら両手で抱え上げた。
「この大きい抱き枕も?」
「……それは、あまり見ないでもらえると助かるかも」
「ふふ……毎晩私と一緒に寝てたんですか?」
「言葉に出さないでくれ……」
顔を背けた三鶴の横で、ディーネは抱き枕に描かれた自分をまじまじと眺めて……そしてぎゅっと抱きしめた。
まさか、長い間本人の代わりに抱いていたものを、その本人に抱えられる日が来るとは思わなかった。
「えへへー。三鶴さんって、本当に私のことが大好きなんですねっ♡」
からかうような声音だったが、その顔には隠しようのない喜びが浮かんでいた。
……ここで否定すれば、多少は恥ずかしさを誤魔化せるのかもしれない。
だけど、それだけはしたくなかった。
この部屋にある全てよりも、もっと直接的な言葉で伝えなくてはならない。昨日までは決して本人へ届けられなかった想いを、今なら自分の声で伝えられるのだから。
「……うん」
照れ隠しもせずに認めると、抱き枕を抱えていたディーネの動きが止まった。
ぱっと振り向いて、青い瞳をこちらに向けてくる。
「え?」
「大好き、だよ」
――――。
意識して口に出したというより、胸の内に溜まっていたものが、そのまま零れ落ちたような言葉だった。
さっきまでは、目の前に現れたディーネを見て驚き、夢でないことを確かめるだけで精一杯だった。
ずっと会いたかったことも。
今日までどれだけ彼女に救われてきたのかも。
こうして自分のもとへ来てくれたことが、どれほど嬉しいのかも。
何一つ、まだ伝えられていない。
「俺のところに来てくれて、ありがとう」
「…………」
「さっきまでは突然すぎて何が何だか分からなかったし、すぐ気絶したからちゃんと言えなかったけど」
抱き枕を持ったまま立ち尽くすディーネと、正面から目を合わせる。
画面の向こうにいた頃、三鶴がどれだけ言葉を重ねても、彼女の青い瞳が自分だけを見つめ返してくれることはなかった。けど、今は違う。
戸惑いながらも、ディーネは三鶴の次の言葉を待ってくれている。
「俺は、ディーネのことが大好きだよ」
「……あ」
「世界で一番愛してる。これまでも、今だって。きっと、一生変わらない」
言い終えた途端、ディーネの頬へ一気に赤みが差した。
抱き枕を抱く腕に力が入り、視線が落ち着きなく三鶴と床の間を行き来する。耳まで染まっていく様子を隠しきれなくなったのか、慌てて抱き枕を元の場所へ戻すと、今度は両手で顔を覆ってしまった。
「……ぅ」
「……ディーネ?」
「ぅぅ……そんな、好きとか、愛してるとか……面と向かって……」
「ど、どうしたの?」
突然様子が変わったことを心配し、三鶴が一歩近づく。
すると、ディーネは両手で顔を隠したまま、同じだけ後ろへ下がった。
「ひぅっ!? ちょ、ちょっと、今は近づかないでくださいっ!」
「ええ?」
「だ、駄目なんです! いや、別にだめってわけじゃないんですけど、いまは心の準備がっ!!」
指の隙間から一瞬だけ覗いた顔は、先ほどよりもさらに赤くなっていた。
「……もしかして、照れてる?」
「うっ……!」
図星だったらしく、細い肩が分かりやすく跳ねる。
「しょ、しょうがないじゃないですかぁっ! 私、面と向かってそんなことを言われたの、初めてなんですから……!」
「でも、さっきはディーネの方が……」
「私のはいいんです、言う側なので!!」
「ええ~……」
「……それに。三鶴さんに言われたから、余計に駄目なんです……」
消え入りそうな声とともに、指の隙間から青い瞳だけが覗く。
三鶴はこれまで、ディーネのことなら何でも知っているつもりでいた。
物語の中でどんな言葉を口にし、どんな時に笑うのか。誰に優しく、何を大切にしていたのか。登場する場面は数え切れないほど見返してきた。
だが、そこにいるディーネは、三鶴の知らない表情を次々と見せている。
元の作品では、彼女はいつも明るく周囲を支えていた。主人公を励まし、メインヒロインとの仲を取り持ち、自分の感情を表へ出すことはほとんどなかった。
作品の中では描かれなかった羞恥も、戸惑いも、三鶴の言葉に向けられた喜びも。
今は、その全てを自分だけが目にしている。
画面の中で決められた役割を演じるキャラクターではない。
一人の少女としてのディーネが、目の前で自分に恋をしている。
そう理解すると、胸の奥から嬉しさが込み上げると同時に、別の疑問が顔を出した。
「……ディーネ」
「は、はい……?」
「俺が言うのも変かもしれないけど……本当に、俺のことが好きなの?」
「え??」
ディーネは驚いたように両手を下ろした。
「いや、好きって言っても、色々あるだろ。友達としてとか、家族みたいにとか……」
「ん~? 私の三鶴さんへの好きは、恋愛感情の好きですよ?」
「…………」
ディーネの言葉が、すぐには頭へ入ってこなかった。
聞こえなかったわけではない。言葉の意味も分かっている。
ただ、それが長年恋い焦がれてきた本人の口から、自分へ向けて告げられたという事実だけが、現実感を伴ってくれなかった。
だって、画面の中にいたディーネへ、三鶴は一方的に恋をしてきた。
返事がなくても構わないと、そう自分へ言い聞かせていた時期もある。いつか彼女から同じ想いを返してもらう未来など、夢の中でさえまともに想像できなかった。
それが今、僅かに手を伸ばせば届く距離で、真っ直ぐに自分を好きだと言っている。
「……あ、ああ。なるほどね」
「何がです? ちゃんと分かってくれたんですか?」
「そういう好きか。友達として好きとか、そういう……」
「あーっ、三鶴さんのばか! だから恋愛感情ですってば!!」
「いや、でも……」
「あー分かりましたちゃんと言えばいいんですね! 大好きです!!」
「…………」
「愛してます!!」
「ディ、ディーネ?」
「~~っ! いますぐ結婚したいくらいですっ!」
「ちょっと待って」
「アイ、ラブ、ゆーっ!!」
「~っ、もう分かったからやめて! 俺が悪かったから!」
次々と浴びせられる言葉に耐えきれず、三鶴は熱くなった顔を背けた。
頬だけでなく、耳の奥まで熱を持っている。これ以上真正面から聞き続けていたら、今度こそまともに立っていられる自信がない。
「……あれあれー?」
その反応を見た途端、先ほどまで顔を覆っていたディーネの声に余裕が戻る。
「三鶴さん、顔が真っ赤ですよ?」
「だ、誰のせいだと……」
「さては照れてますね? もう、可愛いなぁ……♡」
身を屈めるようにして三鶴の顔を覗き込むディーネは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
「ディーネだって、さっき照れてただろ……!」
「ふふっ、それとこれとは別です!」
「別なのか……?」
「はい! そんな可愛い三鶴さんにはー……こうですっ!」
「え?」
ディーネの姿が、不意に視界いっぱいへ近づいた。
青い髪が頬の横を掠め、甘い香りが鼻先を通り過ぎる。
そして――。
ちゅっ。
三鶴の頬へ、小さく柔らかなものが触れた。
「…………っ!?」
ディーネが離れたあとも、その場所だけが妙にはっきりと熱を残していた。
――今、何をされたのか。
理解できなかった……わけではない。
むしろ、触れた瞬間には分かっていた。
だが、分かったからこそ、脳がその先を考えることを放棄した。
ずっと画面越しに見つめてきた少女が、自分の目の前にいる。
その少女が自分を愛していると言い――今度は頬へ口づけた。
どちらか一つだけでもキャパオーバーだと言うのに、今のはもう、反則だ。
「えへへ。夢じゃないですよ?」
「…………ディーネ」
「はい、なんでしょう!」
「俺、また気絶するかもしれない……」
「えっ!?」
言葉にした直後、足元が頼りなく揺れた。
急激に遠ざかっていく視界の中で、先ほどまで得意げに笑っていたディーネの顔が慌てたものへ変わる。
「あ、あれ!? 三鶴さん!? ちょっと、待ってください! まだお話の途中ですよー!?」
膝から力が抜ける寸前、ディーネの細い腕が三鶴の身体を支えた。
「三鶴さん! 三鶴さーん!」
――ああ、やっぱり可愛いなぁ、なんて思いながら。
耳元で名前を呼ぶ声が、意識とともに遠のいていく。
それでも、最後まで頬に残っていた感触だけは消えなかった。




