第一話 辺境領と第三王女
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「心臓です、セオドールさま! トドメを!!」
「ああ!!」
魔王のむき出しになった心臓を指さした魔法使いのエルバスにそう言われ、俺は聖剣を強く握りしめた。
「ぶっ飛ばしてやるよぉ!!!!」
その言葉とともに振りかぶられた聖剣は見事、心臓を貫き魔王は討伐された。
「勇者、セオドール=ヴァンバスティン! ここに、魔王を討伐しましたァァッ!!!!」
ただならない声量は、近くの辺境にすむ民にも聞こえるほどの大きさだった。
勇者パーティーのみんなは抱き合う。
騎士団員たちからは歓声。
膝をつく者、泣き崩れる者、天に祈る者。
長きにわたり続いた魔王戦争は――ここに終結したのだった。
◇◇◇
――それから三ヶ月後のこと。
俺は、魔王城から一番近い、辺境領バルトの屋敷にある政務机で、書類を片付けていた。
目の前には書類の山。そして倒れ込んだエルバス。
「よくもまあ、そんな真剣に書類に目を通せますな。
文字見てるだけで吐きそうなんですけど」
「言ってないで、手を動かせ」
エルバスを立たせて、無理やり席に連れさせる。
「やっぱ嫌だーー!!!」
「逃げても減らないぞ」
「俺たち、元・勇者っすよォォ!?」
涙目で叫ぶテンション不明なエルバスだったが、その気持ちは正直わかってしまう。
ここ最近、俺たちは延々と書類を片付け続けていた。
税収集計書。
徴税猶予申請。
流民受け入れ報告。
食料配給管理台帳。
戦災復旧計画書。
平民育ちの俺らには、頭の痛くなるものばかりだ。
まあ救いと言えば、この屋敷にやたら本の詰まった書斎があることだ。
税関連の書類が来れば税法書を漁り、農地管理の話が来れば農政本を読む。
ただ、ようやく税の仕組みを理解できたところで、書類が書けるわけじゃないし。
むしろ戦後処理だの復興支援だのと、王都から次々に新しい書類が送りつけられてくるのだから、終わりがまるで見えない。
要するに――魔王を倒した勇者一行、書類仕事に敗北した、というわけである。
「っていうか、なんで勇者がこんなことしてるんすかね……」
「俺に言うな。命じられた以上、やるしかない」
「王様って怖いっすねぇ……」
エルバスのその疑問で俺も、なんでこうなったのかを思い返す。
◇
時は、魔王討伐から三日後のこと。
王都での勇者たち御一行の凱旋はとてつもなかった。
――ありがとう、勇者様!!
――まさかこんな日が来るとは!
――ヒュー! お前は英雄だ!!
そんな声が入り混じる中、俺たちは馬車の中から、ことを見届けていた。
「なんだよ、みんな勇者様って。
俺様の治癒魔法がいなかったら、今頃、勇者様死んでるっつうの」
「まあまあ、エルバス。
俺たちだけはちゃんとお前の活躍を見ていたから心配するな」
エルバスの俺に対する失礼さを含んだ愚痴にそう返すが、へいへい、と全く響いていないようだ。
「それはそうと、もうすぐ王宮だ。
お前ら、しっかりな」
そういい、俺たちは王宮に入った。
「勇者セオドール=ヴァンバスティンよ。そなたの功績、まことに見事である」
目の前には、国王さまが、いかにも豪華な玉座に座り、満足げに何度も頷く。
「褒美をくれてやろう」
それを聞き、エルバスは横で小さくガッツポーズをした。まったく欲にまみれた男だこと。
といっても、俺も少しは褒美の期待はしてた。なんたってあの魔王を倒したのだ。
金でも地位でも、それに見合うものが与えられるのが、ある種の筋というものだろう。
「まずは金貨と爵位。そして――」
――バルト辺境領を与える。
国王からそれを聞き、俺たちから笑顔が消えた。
金貨や爵位、ただの平民だった俺たちからしたらとても嬉しいご褒美だ。
だが、バルト辺境領は、話が違う。
バルト領は魔王城のすぐ近くに位置する。そのため長年、魔物の脅威に晒され続け、人口はここ数年で半分以下にまで落ち込んだ土地だ。
まだ魔物がうじゃうじゃ湧き、住民は逃げ、経営もままならない。
しかも、俺たちが魔王城へ突撃したせいで、行き場を失った魔物どもがバルトへとなだれ込み――前領主は、魔物に食べられた、とか。
つまるところ国王陛下は、こうおっしゃっているわけだ。
――お前らがやらかしたんだから、お前らがなんとかしろ、と。
……いらねえよ、と言いたかった。喉まで出かかった。
だが、どれだけ俺たちが強くて、偉くて、英雄さまさまでも、国王の命令には刃向かえない。バカなりに、そんなことはわかっている。
それにあの土地が荒れたのは、半分は俺らのせいでもある。
天罰と言われれば、そんな気もしてくる。
だから、いま俺たちはこの有り様なのだ。
「でも、あれだけはご褒美でしたね!」
エルバスが書類の軽く目を通しながら、いう。
「なんだ、あれって?」
「何って、セオドールさまの婚約者になる、イーリス第三王女ですよ!
めちゃくちゃ美人だったじゃないですか!」
……ああ、そういえば、そんな話もあった。
とても遠目からだったが、綺麗なのがわかるほどの令嬢だった。
「もう忘れたんですか〜!?」と、エルバスが悔し涙まじりに怒鳴る。
と、その瞬間――屋敷の外から、車輪の音が聞こえた。
エルバスと玄関の方へ向かうと、ちょうど優美な馬車が到着したところだった。
中から一人の令嬢が出てきた。
扉が開いた瞬間、辺りは静まり返る。
綺麗に手入れされた銀色の長髪。細い顎、通った鼻筋、ぷっくりな唇。
ただ、そのすべてが美しく整っているのに、感情が一切ないような淡い瞳。
隣のエルバスが、口を半開きにしたまま固まっている。
気持ちはわかるが、さすがに失礼なので、肘でどついて閉じさせた。
「シア・ヴォン・イーリスと申します。本日はこのようなご縁をいただき、光栄に存じます」
一礼は完璧だった。洗練されていて、美しく、隙がない。
だが、同時に、どこか作り物めいていた。
――これが噂に聞く、国王に捨てられた無能な氷の第三王女か。
哀れだ、とも、美人で運がいい、とも思えなかった。
ただ、こんな子との生活がまるで想像できなかった。
ましてや、婚約者になるなどわけがわからん。
厄介払いとして譲られた辺境バルドと、無能と噂の氷の第三王女。
まったく思いやられる。
だが、状況が状況だ。
俺はバルド辺境領を治める身であることには変わりない。これでも人の命を預かっている。
そんな弱音は吐いていられん。
「俺は、元勇者で、今はこのバルト領の辺境伯をしてるセオドール=ヴァンバスティンだ。
これからどうぞよろしく頼む」
手を差し出すとシアは、こくりと頷き、手を取る。
その握り返されたひんやりとした手は、まるで人間のものではなかった。
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