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壊の唄  作者: 猫島けい
第三章
27/28

『観察』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

「申し上げます! 神官二名が悪魔の襲撃を受けた模様、神の雫が使用できないと報告あり!」

「ええい、またか!」

 矢継ぎ早に訪れる報告に、上位神官は頭を掻き毟っている。その瞬間、肘がインク瓶にぶつかり、がちゃんと落ちた。黒い染みが絨毯にじわりと沁み込んでいく。

「まだ朝だぞ?! おのれ忌々しい悪魔め、これで何件目だ!」

「よ、四件目になります……!」

 神官たちは、次々に神の雫の不調を訴え――あるいは。

「恐れながら申し上げます! 神官数名が意識を失ったとのこと!」

「そちらもか……! 医者の見立ては?!」

「せ、先日倒れた神官たちと同様、精神の衰弱が見受けられると……!」

「違うそうじゃない! いつだ! 人数は?! 原因はなんだ?!」

「け、今朝の祈りの最中に、人数はまだ不明でして、」

「何故記録をしていない――ッ!」

「恐れながら――」

「今度はなんだッ!! こんな頻度で何故起こる! 異常にも程があるだろうッ!」

 上位神官は飴色に磨かれた机を、だぁん! と強く叩く。その衝撃で積み上がった報告書や陳述書が崩れていく。

「今日の供物は?!」「代わりの神の雫はまだ届かないのか!」「まだ準備が終わっていないだと?!」「上は何をしているんだ?!」「神官の家族から苦情が――!」「おい、聖騎士を呼べ!」「医者はまだか!」

 どこもかしこも怒号が飛び交い、荒々しい靴音がひっきりなしに廊下を行き来していた。


 その喧噪の中、一切動じない影が一つ立っている。

 薄茶色の瞳は、徐々に崩れていく秩序と――この先、切り捨てられるであろう順番を、ただ静かに見定めていた。

 やがてそれも飽きたのか。観察者――エイリは、静かな靴音を廊下に響かせながら自身の執務室へと向かう。駆けていく聖騎士や、神官たちのような焦りは一切なく。ただただ柔和な笑みを湛えていた。

 

(どうやら彼は、随分と派手に動き回っているようだ)

 『悪魔』についての指示は、当然のように自分のところにも降りてきている。枢機神官たちは"綻び"の拡大を防ぐため、早々に悪魔を見つけ出して討伐して欲しいそうだが――。

 こつ、こつ――こつん。

 靴音が止まる。エイリは腰に下げているレイピアの柄を、ゆるりと撫でた。

(――それでは、僕の目的が果たせない)

 白手に包まれた指先で薄金の柄の縁をつう、となぞる。まるで髪の毛を梳き撫でるような手つきで、男は細剣に触れていく。今、彼女はどんな顔をして自分の傍にいるのだろうか。エイリは、目を眇めて笑った。

 

 ◆

 

 執務室にエイリが戻ると、先客が一人居ることに気付く。

 自身と同じ白と薄金の鎧を身に纏い、本人の気質をそのまま示したかのような長槍を背負っている男だ。

「あれ? シキくんじゃないか。珍しいね」

「エイリ先輩、ご無沙汰しています」

「君が近衛聖騎士に選ばれて以来かな。元気そうで何よりだよ」

 真っ直ぐすぎる緑の瞳が、憧憬の色を隠すことなくエイリを見つめている。

「はい、師匠から南の管轄を引き継いでしばらく慌ただしかったですし。本当はもっと早く来たかったんですが」

「はは、それはそれとして今もどこも慌ただしいけどね」

 少し席を離れただけだと言うのに、エイリの机には多くの書類が積み上がっている。おかしいなぁ、出る前に粗方片付けたはずなのにと思っても、仕事は片付けなければならない。


「それで、今日はどうしたんだい。ただ世間話をしにきた訳ではないんだろう?」

「さすが、エイリ先輩はなんでもお見通しですね」

「持ち上げすぎだよ」

 そもそも近衛聖騎士は配下に聖騎士団を従える身だ。易々と同じ立場だからと言って顔を見せ、話に興じるような立場でもない。そんな相手が、わざわざ自分の執務室に足を運んだともあれば、"それなり"の用事があると考えるのは当然だろう。

 

 自身の執務机に近づき、適当に一枚の書類を手に取る。先ほど片付けたものとほぼ同じ、街中に溢れ始めた『告発』の処理依頼だ。自分の仕事は"綻び"の影響を特に受けやすい。住民たちが「あいつが怪しい」と疑心暗鬼になるくらいはいつもの事だ。最も面倒なのは異端者が群れを成し始めるあたりだろうか。それはそれで纏まった直後に一網打尽にしてしまえば良いだけではあるのだが。

「その……エイリ先輩の仕事を増やしてしまう可能性があるんですけど、お耳に入れて欲しい事がありまして」

「へえ? わざわざ君がそんな情報を持ってくるなんてね」

「そう、ですね……結構迷いはしたんですが……」

 若い近衛聖騎士――シキは僅かに躊躇うように抱えていた書類の束を抱え直す。何度か書類の表面を指でなぞってから、意を決したようにエイリへと差し出した。

 

 受け取った書類を軽くぺらぺらと捲り、目を通す。

 一通り目を通し終えると、薄茶色の瞳が僅かに細められた。

「――ああ、なるほどね。確かにこの情報なら僕向きの話ではある」

「馬鹿真面目なソウエイは論外ですし、タツキは……、……適性はあるかもしれませんが、ちょっと……」

「はは、言いたいことは分かるよ。タツキくんは中々癖もあるしね」

「アレを癖があるの一言で済ませていいとは思えません」

 シキは呆れたように首を横に振る。その様子に思わず肩を揺らすと、羞恥を滲ませるようにそっぽを向いてしまった。

「まあ、そもそもソウエイは専用の剣を再度作ってもらっている最中だしね。タツキくんは……今何しているんだろう。多分"いつも通り"に動いてはいそうだけれど」

「……それで、エイリ先輩はどう動きますか?」

 シキの緑色の瞳は、エイリが受け取った書類に一度向けられる。それから、意思を確かめるように薄茶色の瞳を真っ直ぐと見据えた。


 若いなぁ、と――羨ましむ事もなく、エイリは口元に笑みを湛えたまま再び書類に視線を落とす。

(異端者たちによる大規模な襲撃の可能性、ね)

 勿論、仕事ならば余すことなく粛清をするほか無いだろう。ただ、郊外に拠点を置いていることが酷く面倒だ。書類を持つ指が、とん、とん、と紙の表面を叩く。目の前の若い聖騎士は「直ぐに仕事を遂行する」と信じて疑わないのだろう。そのスタンスこそが、彼が自分に向ける憧憬という感情の源泉なのだろうから。

 

「――暫く、様子見かな」

「えっ……?」

 自分に向けられていた瞳が大きく見開かれる。

「な、何故ですか?! エイリ先輩ほどの実力者ならば事態が起きる前に解決できる筈では……?!」

「過大評価だよ、それは」

「いいえ、そんな事はありません!」

 尚も言い募る若い聖騎士に、エイリは僅かに苦みを含んだ笑みを返した。

「そんな事はあるんだよ、シキくん。僕は万能じゃない。そもそも、一個人で動くにも限度はあるからね」

 互いの立場ならば当然の事だ、分かるだろう? と言外に含ませながら瞳を細めると、シキの頬に朱が走った。羞恥が滲む表情でエイリから視線を逸らしながら、シキは呻くように口を開く。

「……だとしても、そうであっても、我々はルシエル様の御威光のためにも――無辜の民たちを、卑劣な異端者の手から守る事こそが務めなのではないでしょうか」

「はは、別に何もしないとは言っていないよ。言っただろう、様子を見るって」

 惑いを宿した緑色が、エイリをゆっくりと見上げる。その視線に応じるように、エイリは纏められた書類の表面を軽く叩いた。


「この規模であれば、細々と潰していくのは効率的ではない」

「…………」

「だから――今は未だ、その時じゃない。それだけの話だよ」

「分かり、ました。……動く時は、俺も参加させてください」

「はは、それはどうかな。君にも君に課せられた役割があるだろう?」

「……そ、うですね」

  

 苦々しい表情を前にしても、エイリの笑みは崩れることは無い。場違いなほど穏やかで、柔らかな笑顔だ。

「……突然の訪問にも関わらず、応じてくれてありがとうございました。俺はここで失礼します」

「うん、またね」

 結局欲しかった答えが得られなかったであろう若い聖騎士は、エイリの執務室を辞していく。見送る背は真っ直ぐだが、わずかに萎れているように見えた。


「……血気盛んな若者って、扱いが難しいね」

 エイリは手にしていた書類の束を、無造作に机へと放り投げる。

 そもそも、この情報は既に自分の部下が掴んでいたものとほぼ同じだ。わざわざ南を担当する彼が持ってくるようなものでもない。


 エイリが腰に提げたままだったレイピアをゆっくりと引き抜いていけば、窓から差す光を受けて細い剣が美しく光る。

「一日でも早く――君に会いたいなぁ」

 誓いを立てるように、エイリはその刀身へと口付けた。




〈続く〉

体調を崩したり周辺がバタバタしており更新滞っておりました……。

また無理しないペースで楽しく更新していきます。

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