第十七章その4 見た目と性格が正反対な人ってたまにいるよね
決勝進出最後の砦、ワイタケレインターナショナル校U-15チームとの試合が始まった。
満員の観客の応援を力に変えて、俺たちは練習を積んできたパスでボールをつなぐ。この素早く正確なパス回しは、長いこといっしょに練習してきた仲間同士でなければ成し得ない。
しかし相手は世界中から様々な人材を集めている賜物か、ポジションごとに適した各国の選手を適材適所にそろえている。
最高速の求められるウイングにはすらりと細身なアフリカ系選手、高速かつ正確なプレー求められるスクラムハーフには小柄な中華系選手と絵に描いたように理想的なプレイヤーが配置されている。
そんな中でも特に力を入れているのはフォワードだった。
左右のプロップにはポリネシア系の力士顔負けの体重自慢を並べ、ロックやフランカーは筋骨隆々の白人選手が務める。
この相手を委縮させてしまいそうな8人によるスクラムは文字通り鉄の壁だった。これまで好調だった俺たちのスクラムもまったく通用せず、押し込まれないように耐えるので精一杯だ。
そんな強敵相手にも俺たちは互角の勝負を展開し、ようやくハーフタイムを迎える。
「ふう、しんどい」
ロッカールームでドリンクを飲む俺たちは、既に疲労困憊だった。
なんとかリードしているものの、そのスコアは7-5。トライどころかペナルティゴール1本で逆転され得るわずかな差だ。こんなスコアで安心している者など、この場には誰もいなかった。
「にしてもあのフッカー、うまいね」
滴る汗を拭いながら和久田君がぼそりと漏らす。
「だね、押しても押してもピクリともしない」
俺とニカウが息を切らしながら顔を合わせる。
強力布陣の相手フォワードだが、その中でも最前列中央であるフッカーの手ごわさは群を抜いていた。
その選手はグリーンの瞳にブラウンの髪を短く切りそろえた東欧系で、フロントローでありながら体型は俺たちのように丸っこくはなく、逆三角形の上半身、そして長く太く逞しい手足の持ち主だ。見た目だけならばキムやクリストファーのようなフランカーかナンバーエイトかと勘違いしてしまいそうだ。
「あの子はアレクサンドル・ガブニア。ジョージアからの刺客って言われてるよぉ」
ラグビー通のニカウが待ってましたとばかりに説明する。
「ジョージア? 珍しいね」
一般的な日本人にはあまり馴染みがないかもしれないが、旧ソ連構成国であったジョージアという国は、ヨーロッパでもラグビーの強豪国として一風変わった存在感を放っている。
一番人気のスポーツと言えば大抵はサッカーに落ち着くのがヨーロッパ諸国の常だが、ことジョージアに関してはラグビー人気はサッカーに迫る勢いだ。シックスネイションズに次ぐヨーロッパ第2グループが争う欧州ネイションズカップでは20年近く王者に君臨しており、ティア1の強豪もいつか倒せるだろうと目されている。
また歴史的にフランスラグビー界とのつながりが強く、代表選手も多くはフランスのプロリーグに在籍しているためか、ジョージアの有望選手はフランスに留学することが多い。地球の裏側であるニュージーランドを選択した彼はかなりの少数派だろう。
スクラムにおいてガブニアは左右を大柄なプロップふたりでしっかりと固め、フッカーとしてボールのコントロールとスクラム全体の司令塔を任されている。足さばきは正確で、ボール投入に合わせてこちらがどれだけ押し込んでも決してボールを奪わせてもらえないのだ。
そして一番の武器はそこらのフランカー以上の鋭さを誇るタックル。体格は選手全体の中でも大きい方ではないが、俺もニカウもまるでミサイルのような一撃を喰らい、前半だけで何度も押し倒されてしまった。
「予選リーグの時からガブニアの強さは際立っていたよぉ。年代別地区代表にも、たぶん選ばれるんじゃないかなぁ」
「そっか、大会の後は地区代表もあるんだよな」
地区代表とはオークランド地区の選手から選抜される優秀なメンバーをそろえたチームのことだ。10月からはシーズンオフに突入するのがニュージーランドのラグビーだが、地区代表に選ばれた選手は別の地区に遠征したり、場合によっては海外のチームと戦うこともある。
当然、選ばれればラグビー少年にとってはこれ以上ない喜びではあるが、メンバーの発表は大会の終わった後だし、俺よりも体格の良いプロップなどここでは珍しくもなんともない。目指そうにもレベルが高すぎるので、いつか選ばれれば超ラッキー程度に思っておけばよいものだ。
と、今はそんな先のことを考えている場合ではなかった。まずは目の前の試合に勝ち切るのが、今日の俺たちのクリアすべき問題だ。
ひと時の休息と作戦会議が終了し、俺たちは再びコートに戻る。
後半が始まって間もなく、俺が楕円球を抱えて敵陣に突っ込んでいった時のことだった。守備ラインからアレクサンドルが飛び出し、真っ直ぐこちらに向かってきたのだ。あれはタックルを仕掛けるつもりだ。
並みの相手ならタックルを2発ほど耐えることも可能だが、彼の強烈なタックルを何度も受けるのはさすがにしんどい。そう判断した俺はボールを大きく振り、斜め後ろを走っていた味方選手にパスをした。パスはうまく通り、味方はボールをしっかりとキャッチする。
しかし勢いよく加速したガブニアの足は、すぐには止まらなかった。ボールを手放して無防備になった俺に、姿勢を低くしたガブニアのタックルがもろに入ってしまったのだ。
一瞬何が起こったのかわからず、ぐるんと視界が空を向く。そのまま俺は、ずしんと大きな音を立てて背中から地面に叩き付けられてしまったのだった。
「レイトタックル!」
すぐにレフェリーが試合を止める。ボールを持っていない選手へのタックルは非常に危険なため、反則として扱われているのだ。
「いってぇ……」
全身を巡る痛みに、俺は仰向けのまま顔をしかめる。この手の痛みなんてラグビーやってると日常茶飯事だけれども、痛いもんは痛いのだ。
「ご、ごめん。だ、大丈夫だった?」
そんな俺の傍らに立つアレクサンドルは、さっと顔を青ざめさせていた。屈強な腕をすくませておどおどとしている。見た目と性格はまるで反対らしい。
「ああ、プレーじゃよくあることだから気にしなくていいよ」
俺は彼の伸ばした手につかまって立ち上がる。わざとぶつかってきたわけでないし、そもそも試合ではよくある事故なのでこういう時はお互い様なのだ。
「う、うん、ありがとう」
とは言っても相手を怪我させてしまったのではないかと思うと、繊細な選手なら後に引きずってしまう。アレクサンドルの顔には心配の色が残っていた。
「太一、交代だー」
だがそこで、いつの間にやら近くに立っていたキャプテンのクリストファーが俺に告げる。
まさかの指示に俺は「え、でも……」と返すが、キャプテンは有無を言わさず首を横に振った。
「前半だけでもダメージでかかっただろー、もう今日は休めー」
言い返すことはできなかった。体格の良い相手選手からのタックルをずっと受けていたため、身体には相当ダメージが蓄積している。正直、今も全身あちこちがずきずきと痛むし、立っているのも辛いほどだ。
俺はベンチに戻り、控えの選手と交代する。直後のペナルティキックではフルバックにしてキッカーであるジェイソン・リーのゴールキックが決まり、チームは10-5まで点差を広げることができた。
そこからチームは必死の守備を展開し、このスコアを守ったまま試合を終えることができたのだった。
「よっしゃ、決勝進出だ!」
「やったぞー!」
ついに念願の舞台だ!
芝の上の選手たちが抱き合って歓喜を表し、ベンチからもメンバーが飛び出す。ずっとベンチに腰かけていた俺も、喜びの輪に混じろうと「いよっしゃああああ!」と叫びながら立ち上がる。
だが、まさにその時だった。
「う!」
くるぶしの下、足の関節に痛みが走り、俺はその場にうずくまってしまったのだ。歓声を上げていたにもかかわらず、異変に気付いたメンバーらはすぐに駆け寄り、心配して俺を取り囲んだ。
「太一、医務室寄っていくかー?」
同じ目の高さまで屈んだクリストファーが尋ねるので、俺は顔を歪めながら「は、はい」と返す。勝利の喜びに浸っているところに水を差してしまって、なんだか申し訳ない。
俺はニカウとキムに両肩を支えられながらゆっくりと歩き、スタジアム内の医務室へと向かった。
試合で選手が怪我をしたり、観客が熱中症で倒れてしまった時に備えて医務室にはドクターが待機している。
仲間の助けを借りながら俺たちは医務室にたどり着く。だが先客がいるようで、医務室からはドクターの話し声が聞こえる。
「ああ、ひどく擦りむいちゃってるねぇ。消毒してガーゼで覆っておくよ」
「いったぁ!」
扉の向こうから響く悲痛な少年の声に、俺たち3人は一様にぞぞっと寒気を覚え鳥肌を立たせた。なんでタックルの痛みには耐えられるのに、消毒液の痛みってのには恐怖を覚えるんだろうな。
しばらくして医務室の扉が開く。先客の処置が終了したようだ。
「あ!?」
だが直後医務室から出てきた人物に、俺たち3人は皆声をそろえて固まってしまった。相手も「あ、君は!」とまたしても顔からさあっと血の気を引かせてしまう。
なんと医務室から出てきたのは、膝に白い包帯を巻いたジョージアのアレクサンドル・ガブニアだったのだ。




