第十七章その5 ようこそニュージーランドへ!
「や、やっぱり、ぼ、僕のタックル?」
一緒に医務室についてきてくれたアレクサンドルは、今にも泣き出しそうな顔で心配そうに俺を覗き込んでいた。
「いちいち気にしなくていいよ、こういうのお互い様なんだから」
ベッドに座った俺は苦笑しながら靴を脱ぎ、足を禿げ頭のドクターに突き出す。
ドクターは俺の足をゆっくりと触診しながら、うーんと真剣な眼差しを足首に向ける。
「うーん軽く捻ってるね。でも安心しな、3日もすれば自然と治るよ」
そう言ってドクターはテーピングと包帯で俺の足首を処置し、痛み止めの飲み薬を処方してくれた。怪我自体は大したことないものの、歩きづらいのと俺の体重が重すぎることを考慮して、松葉杖も貸してもらえることになった。
「よかったぁ」
とりあえず来週の決勝戦までにはなんとかなりそうなので一安心だ。
しかし一番ほっとしているのは、うちのチームメイトでもないアレクサンドルだった。試合中の不慮の事故とはいえ、自分のプレーで相手が次の試合に出場できなくなってしまったなら彼の場合罪悪感で押しつぶされてしまうところだっただろう。
仲間たちのいる控え室に戻る間、俺たちはいっしょに話しながら歩いた。
「君たち、今までで一番スクラムのきつい相手だったよ。ホント驚いた」
アレクサンドルが俺と歩調を合わせて話しかける。大事な試合に負けたばかりだというのに敵の怪我を心配して、おまけに讃えられるところに彼の性格が窺える。
「こっちもだよ。君みたいに強いフッカー、見たこと無いよ」
フッカーという単語を口にして、俺はふと大阪天王寺の石井君のにやけ顔が思い出した。
将来の日本代表である石井君もアレクサンドルと同じフッカーではあるが、そのプレースタイルは大きく異なる。石井君が大きな体とパワーが自慢の3人目のプロップだとしたら、アレクサンドルはスクラムはさることながらそれ以外の時にもコートを俊敏に駆け回り相手を仕留める3人目のフランカーと呼べる。
「ありがとう。僕、故郷のジョージアではそこまで身体大きい方じゃなかったから、自分より大きい相手にも負けないタックルをって練習してきたんだ。で、近所の大学生にレスリングの選手がいて、その人から効果的なタックルを教えてもらってたら、いつの間にかフッカーなのにタックルができるようになってしまってて」
「へえレスリング仕込みのタックルか。そりゃ強いわけだ」
俺もプロップではあるがキックにも力を入れている。方向性は違うけれども、ポジションにとらわれない特技という点では似たものを感じるな。
ジョージア人は大柄な人が多く、筋肉量も多いので非常に力強い。そのためジョージア代表のスクラムのパワーは世界トップクラスと言われている。またその体格はラグビー以外でも存分に活かされており、ジョージア出身の選手はバスケットボールにレスリング、柔道、さらには大相撲などで広く活躍している。
「にしてもすげえな、地球の裏側までラグビー留学なんて。俺、海越えるだけでもひーこら言ってんのに」
キムも俺の歩く速度に合わせながら、アレクサンドルに話しかける。
思えばここに来ないと、俺は一生このメンバーどころかジョージア人と会話することも無かったかもしれないんだよな。留学先でもここまでいろんな国の人たちと出会うとは思ってもいなかったよ。
「うん、たまに寂しくて帰りたくもなるけど、強くなるためにここに来たんだって思うと自然とやる気出てくるっていうか、まだ頑張らなきゃって」
「そうだね、家族や友達に強くなった姿見せないとね」
歩きづらさに四苦八苦しながらも俺はアレクサンドルに笑いかける。
「そうだよぉ、何せこの太一は明日、日本からフィアンセが遊びにやって来るんだってさぁ」
「こら、そういうこと言わない!」
余計なことを口走ったニカウの頭を俺ははたこうと手を上げた。だがその時に松葉杖に変な力が加わったようで、バランスを崩した俺の身体は横にぐらりと傾く。
すかさず脇にいた3人が慌てて手を伸ばして支えてくれたおかげで間一髪転倒を免れ、俺たち4人はほっと息を吐いたのだった。
翌朝、俺はオークランド国際空港の到着ロビーで巨大な液晶パネルの表示板をじっと眺めながら松葉杖を突いて立っていた。
そして成田空港からの便の表示が『ARRIVING』へと切り替わったのを見届けると、「よっしゃ」と小さくガッツポーズをとった。
「太一、今の内にゲートの前に立っておこう」
いっしょに来てくれたホストファーザーさんのオスカーさんといっしょに、俺はゲートの前まで移動する。ゲートにはすでに数名のツアーコンダクターが日本人の名前が書かれたパネルを手にして、じっと待機している。
15分ほど経過して、入国審査と税関検査を済ませた人たちがぞろぞろとゲートから現れる。ビジネス目的のサラリーマンや、大学生くらいのバックパッカー、定年後の時間を有意義に楽しむ老夫婦と様々な人々が通り過ぎていく。
そんな人の流れに混じって、見覚えのある少女が大きなキャリーバッグを転がしながらゲートをくぐったのを見て、俺は松葉杖に気をつけながら手を振った。
「太一!」
相手もこちらに気付いたようで、ひとりで不安げだった少女――南さん――の顔にぱあっと明るさが宿る。
南さんは淡いピンクのキャリーバッグをガラガラと鳴らしながら、早足でこちらに駆けつけた。
「久しぶり!」
そして俺の眼の前に立つと、切れ長の瞳を大きく開いてこちらに見せつけてきたのだった。
最後に会ったのはニュージーランドに行く直前だったから、もう半年以上経っているわけか。彼女は俺の最後に見た姿よりも、より一層大人っぽくなっていた。
小学校の頃から身長は高めだったが、中学に入ってからも彼女の背丈は伸び続け、今では160cmを超えてしまった。それでいてすらりと細めのモデル体型なのだから、彼女のことを知らない人が年齢を聞いたらびっくりするだろう。
「こちらがホストファーザーのオスカー・ウィリアムズさん」
「初めまして、南亜希奈です。よろしくお願いします」
南さんはオスカーさんにそっと手を伸ばす。しっかり勉強してきたのだろう、流暢な英語を使いこなしていた。
「初めまして亜希奈。ニュージーランドにようこそ!」
オスカーさんがにこっと微笑む。つられて南さんも同じ笑顔で返した。




