表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/276

第十一章その4 勝利へのパス

 試合再開と同時に相手の蹴り上げたボールを受け止めたのは、またしてもチアゴだった。


 再び金沢と小倉南の選手が横一列になってぶつかる直前、チアゴは素早く味方ウイングまでボールを回した。今度はバックスの素早さで突破を図るつもりだ。


 だが大外まで回り込んだウイングにそれ以上の素早さで対応したのは、相手スクラムハーフの和久田君だった。


 ステップを踏んで抜き去ろうとする金沢ウイング。和久田君はそれを見越してかまるで鏡のように同じ方向に素早く移動して、すかさずタックルをぶち込んできたのだ。


 和久田君の強烈な当たりにウイングは倒され、ボールも奪われてしまう。


 ボールを奪取した和久田君は大きな身体を機敏に揺らし、今度は俺たちの守備の突破にかかる。


「みんな、止めろ!」


 飛びついたバックスが止めに入るが、獅子奮迅の勢いで走る和久田君には敵わず逆に弾き飛ばされてしまった。別の選手がなんとかしがみつくも倒すことはできず、芝の上をずるずると引きずられてしまう。


 そんな無理矢理な体勢の和久田君から、スクラムハーフらしい鋭いパスが放り投げられる!


 受け取ったのはこれまた大柄な小倉南のフォワードだった。体重も軽く見つもって80キロはあるだろう。


 こんな相手じゃ並みのバックスは敵わないと俺が止めに入るが、相手は俺が接近したところでパスでボールを回してしまった。


 キャッチした別のフォワード。こちらも立派な体格を誇る巨体の選手だった。


 彼はおそらく小倉南で一番のパワーの持ち主なのだろう、とび掛かる金沢の選手を除雪車のごとく押しのける強引なプレーでまっすぐ前に進む。


「させるか!」


 そこに側面からタックルを加えたのは、かつて小倉南に在籍していた串田君だった。見た目の体格以上に強烈な串田君のタックルに、敵フォワードも「うおっ!?」と足を止めてしまう。


「串田、邪魔するな!」


 巨体のフォワードはしがみついた串田君を引き剥がそうとするが、それでも彼は腰に回した腕を離さなかった。


 5年生プロップの献身的なプレーに、最後尾から駆け上がってきた西川君もボールを保持するフォワードに向けてタックルをぶち込む。


 ついに観念した相手は大きく傾いて倒れかけるが、駆けつけた他の大柄な小倉南の選手たちに支えられ、やがてモールが形成される。


「まずい!」


 俺たちは西川君の後方に回って密集に参加するが、巨体ばかりの小倉南が相手ではさすがに分が悪かった。ずるずると自分たちのゴールラインへと後退させられた俺たちはどうすることもできず、そのままトライを許してしまったのだ。


「ああ、取られちゃった……」


 ずっとしがみついていた疲れか、へとへとになった串田君は力なく芝の上に膝をつく。俺はそんな彼に駆け寄った。


「いいや、今のは仕方ない。にしても串田君、ナイスなタックルだったよ」


 ぜえぜえと息を切らす後輩に俺はそっと手を伸ばす。串田君はその手を掴んでゆっくりと身体を起こすが、その最中、彼はぼそっと呟いたのだった。


「僕、正直嫌だったんです。自分の知ってるチームと戦うことになるのが」


 俺は何も返さなかった。立ち上がった串田君は太く逞しい足をばしばしとはたき、気合いを入れ直す。


「ですが小森さんも浜崎さんも安藤さんも、皆さんの勝ちにこだわってプレーしているのを見ていると、どんどん楽しくなってきたんです。で、気付いたんです。ああ、ここはそういう場なんだって、敵と味方に分かれて全力をぶつけ合うのが正しいんだって」


「ああ、その意気だぞ」


 俺は自ら殻を打ち破った後輩の背中をポンと叩くと、ふたり並んで小走りで守備位置に戻る。


 さて、試合は同点のまま後半に突入したものの、巨体揃いの小倉南相手に俺たちは攻め手を欠いていた。こうも体が大きいと、1回のタックルですべて防がれてしまうので守備ラインを抜けるに抜けられないのだ。


 そしてまたもピンチが訪れる。大柄な和久田君がまっすぐに突っ込んでくるかと思ったら、ボールを手から落としてパントキックで俺たちの頭上を飛び越えさせてしまったのだった。


 くるりとUターンする金沢の守備ラインを、小倉南が猛追する。


 芝の上をバウンドするボールを最初に拾ったのは、フルバックとして守備ラインの後ろを守っていた西川君だった。彼はボールを持って前に進むが、正面にはすでに小倉南の選手2人が立ちはだかっている。


「西川、こっち!」


 そこに追いついたスクラムハーフの安藤が呼びかける。仲間の声を聞いて西川君は素早くパスを回すと、キャッチした安藤はまたも小さな身体を低く構えて相手の守備に突っ込んでいった。


 だがそう何度も同じ手にひっかかるものかと、相手もじっと腰を低く落とした。さっきのような身を低く屈めたステップの対抗策をすでに講じているようだ。


 それを見て安藤は素早く右にパス!


 ……と見せかけてボールを足元に落とし、ポンと左方向へと蹴り上げてしまったのだった。


「フェイントだと!?」


 安藤の技ありのプレーに相手は完全に不意を突かれ、一斉に目でボールを追う。


 選手の頭の上を飛来するボール。それがまっすぐ落ちていったのは、なんと俺の胸の手元だった。


 目の前にいるのはなんと和久田君。それだけではない、横からは別のフォワードも走ってきている。


 このまま正面から突っ込んでも、タックルで止められるのは確実。かといって俺は西川君や浜崎ほどキックコントロールに優れているわけではないので、ここをキックで打開するのは無理だ。だがしかし、このままパスを回すとせっかく崩した相手守備ラインを修復する時間を与えてしまう。


 えーい、どうにでもなれ!


 破れかぶれで俺はボールを持ったまま和久田君に突っ込んだ。


 当然、正面からぶつかってきた俺を和久田君はタックルで迎え撃つ。そこにさらに別のフォワードも加わり、俺の身体もぐらりとふらついた。


「おおい!」


 そんな時、俺の後ろから串田君が走り込んでくるのが見えた。だが、遠い。すでに身体が傾いて地面に倒れつつある今となっては、彼にボールを渡す前に和久田君に奪われてしまうだろう。


 しかし、勝つためにはこうするしかない。俺はまっすぐ走ってくる仲間に向かって、倒される最中にもかかわらず身体をねじってボールを放り投げたのだった。


 力無く空中に放り出される楕円球。それを串田君は全速力で走りながらキャッチした。


「オフロードパス!?」


 まさかのプレーに選手も観客も、審判までもが目を丸くした。


 タックルを受けた際、倒れるまでのわずかな時間で味方にパスをつなげる高難度のプレーだ。コントロールが定まらないのでノックオン等の反則を生みやすいというリスクもあるが、つながれば相手に隙を与えずに攻撃を続けられる。


 全速力の串田君は倒れる俺の脇を走り抜け、小倉南を置き去りにしてゴールラインに向かう。


 俺にタックルを食らわせた和久田君は慌てて立ち上がるものの、かつての後輩はすでにゴールライン手前まで逃げ切っていた。


 そしてトライ!


 なかなか得点機会に恵まれないプロップでありながら、全国の大舞台でトライを決めた5年生に大喝采が贈られる。


「よっしゃあ、いいぞ串田!」


「小森、オフロードパスなんてどこで覚えたんだよ?」


 駆け寄った仲間はプロップコンビの身体をあちこちはたいて称賛する。


 その後俺たちはこのリードを守り抜き、小倉南との激戦を勝利で終えたのだった。


「よっしゃああああ!」


「やったぞお前らぁああ!」


 観客の目も気にせず歓喜に浸る俺たち。


 これで去年以上の成績になることは確実になった。この絶頂の喜びの最中なら、今死んでしまってもいいとさえ思える。


「いいや、まだだ。明日はカップ戦だからまだ気を引き締めて行けよ!」


 キャプテン浜崎はそう言って皆を諫めるものの、やはり嬉しさには耐えられないのか顔はにへらと笑ったままだった。


「串田君、君のトライのおかげだよ!」


 この試合のMOMマン・オブ・ザ・マッチの背中を、俺はバシバシと叩く。


「やめてくださいよ、小森さんのパスがあったからです」


 そう言って串田君は謙遜するが、彼のようなフォワードがいれば来年の金沢も安泰だろう。


 ふと俺は相手ゴールラインの方へと目を向ける。


 カップ戦出場を逃して芝の上に突っ伏したり地面を叩いて悔しがる小倉南の選手たち。そんな中スクラムハーフの和久田君は、茫然自失して芝の上に立ち尽くしていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 勝者がいれば敗者もいて、たかが何分何時間かでそれが決まってします。 スポーツの世界はとても非情ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ