第十一章その3 古巣との決着
生駒山スクールとの試合が再開される。
相手は相変わらず素早く予測のつかないパス回しで、守る金沢陣営を翻弄する。だがたしかに浜崎の言う通り、スクラムハーフはさっきからプレーにほとんど参加しておらず、代わりに芝の上をあっちにこっちに忙しなく走り回って他の選手に指示を送っている。
そして近くにいた相手バックスにボールが回ったところで、俺は勝機とばかりに全力でぶつかりにいった。
ようやく相手がパスを送る前に有効なタックルを決めることができた。100キロ超の肉体から生まれるパワーになすすべなく相手が倒れたところで俺はボールを奪い、すぐにプレーを続けた。
だが前方からは既に大柄なフォワード2人が向かってきている。このままだと今度はこっちがタックルで止められてしまうだけだ。
そんなフォワードの背後では、小柄な相手スクラムハーフがパスに備えて別選手を両サイドに走らせているのか、不自然に腕を動かしていた。
よし、今こそチャンスだ! 俺は足元にボールを落とすと、こつんと前に蹴り転がしたのだった。
「キック!?」
こんなことしてくるとは露にも思っていなかったようだ。敵フォワードは突然のことに対応できず、楕円球は足元をぽんぽんと跳ねながら彼らの後方へと転がり抜けてしまう。
「へ?」
そしてまっすぐ転がってきたボールを受け止めたのは、敵の司令塔であるスクラムハーフだった。
こういう場面では後方の味方にパスをするのが常道だ。キックを使って守備の裏にボールを送るならともかく、相手選手の取りやすい位置にわざわざ蹴り転がすなんて普通なら考えられない。
当然、敵スクラムハーフは思いがけず自分に転がってきたボールに戸惑い、思考が追いつかず立ち止まってしまう。観客席からもどよめきが起こったあたり、こんなプレーは誰も予想もしていなかったようだ。
だがおかげで隙が生まれた。全速力で敵フォワードの間を抜けた俺は、ボールを持ったスクラムハーフめがけてタックルをぶちこんだのだ。
「ふげっ!?」
圧倒的体格差に吹き飛ばされるように倒れる小柄なスクラムハーフ。ちょっとかわいそうだが、試合なんで許してほしい。ボールも手からポロリとこぼれ落ち、そのまま芝の上をバウンドする。
「小森、よくやったぞ!」
これだけならノックオンの反則であるが、すぐに駆け上がってきた浜崎がボールを拾い上げて走り始めたので、金沢スクールはアドバンテージをもらって反則が保留されたまま試合は行われたのだった。
相手が反則を犯したものの、ボールを拾い上げるなどしてこのままプレーを続けた方が反則を犯された側が有利な場合、試合を中断しないでそのまま続行される。これはアドバンテージと呼ばれるルールで、次にボールが相手に渡った時や別の反則があった場合に試合が中断され、最初の反則があった位置まで戻って仕切り直しにされるのだ。
ゆえにラグビーでは反則があっても、笛が吹かれるまでプレーを止めないのが鉄則となっている。
勢いそのままにコートを走り抜ける浜崎。司令塔を失った相手チームは慌てて追いかけるが、予想外の展開に対応も遅れてしまう。
そして浜崎は余裕でゴールラインを越えると、きっちりグラウンディングしてトライを奪ったのだった。
「よっしゃ同点だ!」
難敵と思われていた相手から点を奪い、金沢のメンバーは一様に沸き立つ。
その後も俺たちは試合終盤にトライを奪い、逆転して勝利を収めたのだった。
「よっしゃあ!」
これでベスト8以上は確定だと、全国大会での記念すべき勝利にメンバーもガッツポーズで勝利を喜ぶ。
しかし去年も出場経験のある俺、西川君、浜崎の3人は喜びはしたもののすぐに次の試合を見据え、真剣な顔に戻っていたのだった。
さて、いよいよか。
午後からの小倉南との一戦。そこで勝たねばカップ戦には進出できない。
昼食を済ませた後、俺たちはスタジアムの控室で試合前のミーティングを行っていた。
「小倉南はスクラムハーフの和久田に要注意だ。身体がでかいのに動きは素早いし、パスも正確だ。もちろん当たりも強い、フォワードでもひとりだけじゃ止められないだろう」
コーチの言葉にじっと耳を傾ける金沢スクールの選手たち。
小倉南は昨年2位の超強豪だ、本当なら1日目では当たりたくなかった相手。名実ともに、俺たちの上を行く強敵との戦いを控え、控室の空気もピンと張りつめる。
ミーティングが終了し、俺たちはぞろぞろとコートに移動する。
「串田君、どう?」
俺は自分の前を歩く5年生プロップにそっと声をかける。
「は、はい、試合頑張ります!」
串田君は一瞬はっと間を置きつつも、ぎゅっと握り拳をつくって意気込む。だが彼の笑顔はひきつっており、無理矢理作っているのがバレバレだった。
まさか自分が前にいたチームと一次リーグで戦うことになるとは、串田君にとってなんとも酷なことか。
今のチームで優勝したい。しかし、かつての友人や先輩のいるチームにも勝ってもらいたい。優しい彼のことだ、このジレンマに苛まれているところだろう。
そしていよいよ試合が始まった。
スタンドで見るよりもずっと大きく感じる小倉南の選手たち。その威圧感はこれまで戦ってきた相手をはるかに凌駕していた。
相手のキックで始まった前半、飛来したボールを受け止めたのはフッカーのチアゴだった。
チアゴは体格は俺たちほどでないが、12歳にして既に筋肉の浮き上がった体つきを誇っている。彼のパワフルなダッシュを先頭に他の選手も続き、金沢は一気に陣形を前に進めた。
それを迎え撃つのはバックスも含めて大柄な選手をそろえた福岡代表小倉南スクールの守備ライン。その行軍はまるで野牛の群れのようだった。
真っ向からぶつかられると不利なのはこちらだ。チアゴは素早く右側を走っていた俺にパスを送る。
ボールをキャッチした直後、俺の身体に相手選手がタックルを食らわせる。ぐらりと身体が揺れたものの、全体重を足にかけて踏ん張った俺は倒される前にもう一歩進む。
「小森、こっちだ!」
すぐ後ろで小柄な安藤が手を上げ、パスを回すよう要求している。俺は指示に従い、我らのスクラムハーフにパスを送った。
ボールを受け止めた安藤を見て、敵選手はだっと駆け寄った。見るからに小柄な安藤は、屈強な相手にとって格好の餌食にしかならない。それをわかっているのか安藤もこのような場面では決まって持ち前の弾丸パスで他の選手に突破を任せることがいつものことだった。
だがこの時は違った。何を思ったのか安藤は全力疾走のまま、真正面から巨大な相手選手に突っ込んでいったのだった。
「危ない!」
芝の上の選手たちは一斉に叫び、ベンチのメンバーも立ち上がった。
このまま突っ込んでも止められるだけだぞ。それだけではない、ここまで体格差のある相手だと重篤な怪我をする恐れもある。
敵フォワードの丸太のような腕が安藤に襲い掛かる。これではネズミが一匹で数頭のゾウを相手にしているようなものだ。
だがその時、安藤はただでさえ小さな身をさらに低く屈めた。その低さは大柄な相手の腰どころか、脛ほどにまでがくんと落ち込む。
巨体から伸びた腕は安藤の頭をかする。さらに安藤はステップを踏み、まるで忍者が飛び石を踏むがごとく大柄な相手のタックルをかわしてしまったのだった。
小さな選手が巨大な選手を抜き去る。そんな奇跡的なビッグプレーに観客席からは大喝采が起こり、金沢ベンチの選手たちもほっと息を吐くや否や拍手で仲間のプレーを讃えた。
「いいぞ安藤!」
「くそ、あいつを追え!」
大柄な選手たちが安藤を追いかける。しかし小柄ながら受験期間も含め何年も走り込んできた安藤に、小倉南の選手は体重が枷になっているのか差を縮めることができない。
ついに安藤はコートの端まで走り切り、値千金のトライを奪ったのだった。
「すげええええ!」
「金沢、このまま優勝だ!」
本日一番、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
「やったな安藤」
駆け寄った俺たちは小柄なスクラムハーフの頭をヘッドギア越しにわしわしと撫でまわした。まさかこいつ、ステップがこんなにうまかったなんて気付かなかったよ!
大柄な選手にとってタックルは強力な武器だが、相手が小さすぎると体勢が崩れてうまく決まらない。無理矢理にタックルを入れると、相手の肩より高い位置に腕を回したとしてハイタックルの反則をも取られかねない。危険なプレーについては審判も厳しく、イエローカードでのシンビンやレッドカードでの退場もあり得るのだ。
「うまく相手の意表を突いただけだよ。次からはもうこの手は使えない」
だが安藤はあくまでも冷静だった。その言葉に浮かれ気味だった選手たちもたちまち気を引き締める。
「問題は相手がボールを持った時だ。小倉南は攻めるより守る方が大変だよ」




