第十一章その2 大会のダークホース
開会式も終了し、いよいよ戦いの幕が切って落とされる。
順次開催される第一回戦。大観衆を前にした一発勝負に、選手たちはこれまでの苦労と努力のすべてをひとつひとつのプレーにぶち込んでいく。
そんな激闘の繰り広げられる中、俺たちより先に試合を行った小倉南は対戦相手の三重代表鳥羽スクールに1点も与えず圧勝してしまった。
「やっぱりか……」
観客席で試合を見ていたキャプテンの浜崎が頭を抱える。
九州の誇る大型スクラムハーフ和久田君は5月の練習試合の時よりも身体を大きくしており、さらに動きのキレも増していた。
スクラムから放り出されるパスは目にも止まらぬスピードで、コントロールも正確なので次のプレーへの展開が早いのなんの。
また選手全員を大柄な子で固めているおかげでぶつかり合いになるとすこぶる強く、相手のラインを無理矢理にこじ開けてしまう。純粋な力の差に、守備に回された相手バックス陣は何のプレーもさせてもらえないほどだった。
「あれ、勝てるかな?」
メンバーのひとりがぼそっと弱音を吐く。そりゃここまで圧倒的なプレーを見せつけられたら吐きたくもなるわ。
「勝てる勝てないじゃない、勝つんだよ」
今しがた弱音を漏らしたメンバーの背中を西川君がバシンと叩く。強敵相手でもまるで怯えないどころか、普段以上にパフォーマンスを発揮する彼の言葉はメンバーに不思議な安心感を与える。
「あれこれ考えていても仕方ない、次の相手よりまずは目の前の一勝だよ。さあウォーミングアップだ、みんな行くぞ」
浜崎はすっくと立ちあがると、そのまま練習用のサブトラックに向かう。俺たちも次々と席を離れ、キャプテンに続いた。
金沢の第一回戦の対戦相手は奈良代表生駒山スクールだ。
この生駒山スクール、関西のチームで強豪であることに違いはないのだが……全国大会初出場なのでチームに関する情報はほぼ無い。と言うのも、いくらコーチが調べても正直なぜ勝ち上がってきたのかよくわからなかったらしいのだ。
取り立てて強い選手がいるわけではなければ、一貫したプレースタイルも見られない。試合ごとにフォワードで押し込んだりバックスで逃げ切ったりと、その時その時に応じて勝ち方も大きく変わっている。
強いて言うなら特徴が無いのが特徴という、本当によくわからないチームなのだ。
「なんでもできる万能チームなのかな?」
以上の話を試合前のミーティングで聞かされ、俺は首を傾げる。それに反応したのはずっと親指の爪を噛んで考え込んでいた浜崎だった。
「どんな状況にでも対応できるって言っても、戦力だけで見れば平凡なんだろ? それじゃ必ず何か秘策があるはずだ、勝てるだけの何かが」
あれこれと思索を巡らしながらも俺たちはゲートをくぐり、コートの上へと進み出た。スタンドからの大歓声と拍手を受けて、皆が皆しゃんと背筋を伸ばす。
そして試合が始まった。
西川君が高く蹴り上げたボールをキャッチしたのは、腕に黄色の帯を巻いた相手キャプテンのフッカーだった。彼はボールを小脇に抱えると、キャプテン自らダッシュで俺たちの守備ラインに突っ込んでくる。
フォワードも大柄な子が多いものの、俺や天王寺の石井君と比べると小粒な印象だ。まあこのふたりと比べられるのは酷なことかもしれないけれども。
彼を止めるべく、チアゴがタックルを仕掛ける。だがぶつかる直前、相手は一瞬ちらっと後ろを振り返ると、すぐにボールをぽいっと放り投げてしまったのだった。
そこで左斜め後ろから走り込んできたバックスが宙に浮き上がるボールをキャッチし、走力を落とさないまま右サイドへと回り込む。
金沢の左ウイングが止めに走る。だがまたしても相手はタックルの直前でボールを大きくコートの真ん中に放り出し、それを捕球した相手選手がすかさず逆サイドへとパスを回して反対方向から突破を図ってきたのだった。
なんという変幻自在のパス回し。右かと思ったら左に、突っ込んでくるかと思ったら真後ろにと、俺たちは大きく振り回される。
そして無駄に走らされた俺たちの守備はラインも乱れ、ついに大きな隙間が開いてしまった。
相手はそこにすかさずキックでボールを転がし、俺たちの背後まで陣地を進める。それめがけて走り抜けたバックスがボールを拾いあげると、あとは一気に逃げ切るだけだ。振り向いた時にはすでに走っても追いつけないほどの差が開いていた。
「させるかぁ!」
ゴールを守っていた西川君が走り込んできた相手にタックルをぶちかます。
だが相手はぐらりと傾いたもののすぐには倒れず、腰にしがみつく西川君を振り回しながらそのままゴールラインを越えて地面にボールを叩きつけてしまったのだった。
判定はトライ。こんな大事な試合で、先制点を奪われてしまった。
「まだ時間はある、いくらでも取り返せるよ」
落ち込む皆を俺は鼓舞するが、俺自身内心は相当焦っていた。なぜこんなにも素早く、確実に、そして予想もつかないパスが繰り返し可能なのか。こんな連動したようなプレー、事前に示し合わせたところでできるとはとても思えない。
だがみんなが守備位置に戻る途中、俺にそっと近付いて耳打ちしたのはスタンドオフにしてキャプテンの浜崎だった。
「小森、俺わかっちまったよ」
「え、何が?」
「あのスクラムハーフだよ」
浜崎は相手陣まで戻る相手スクラムハーフの選手にくいっと顎を向ける。小柄でひょろっとした体躯。ラグビーの強豪チームに属しているとはとても思えない体つきだった。
「さっきからあのスクラムハーフ、ひとりだけずっとボール触ってなかったんだ。で、見てたらプレーには関わらず後ろ手とか芝を蹴ったりとかで、他の選手にずっとサインを出し続けているんだよ。たぶんあっちに向かって走れ、とかキックしろとか場面ごとにコロコロ変えて。だからボールを追う俺たちからすると、なぜかつながるパスを出されてるように見えるんだよ」
俺は愕然とした。
てっきり司令塔はキャプテンだとばかり思っていたが、それはダミーだったのか。実際に試合をコントロールしているのはあのスクラムハーフだったと。
「浜崎、よくわかったな」
「俺も去年から同じようなことやってたから」
さすがはうちの頼れるキャプテン。浜崎はふふんと小さく鼻を鳴らすものの、すぐに真剣な面持ちに戻る。
「とりあえずこの試合、あのスクラムハーフをどうにかするしかない。でも難しいぞ、これ」
浜崎が何を言いたいのか察した俺は、うーんと唸って考え込む。
ラグビーではボールを持っていない選手のプレーを妨害することは反則に当たる。例えばタックルを仕掛けたり、走路を塞ぐなどがこれに当たる。おまけにオフサイドのルールでボールより前に立つ味方選手はプレーに関与してはならないとも定められている。
相手がずっとボールを持たない場合、俺たちはタックルひとつぶつけることもできないのだ。
「じゃあいっそのこと」
そしてふと浮かんだ妙案に口を開くと、浜崎は「え?」と期待をこめて顔を上げた。
「相手にボール持たせればいいんじゃないかな?」




