第十章その5 フォワードの結束
昼食を済ませ、いよいよ午後の試合が始まった。
「お願いします!」
ずらっと並ぶ立川の選手はフォワードを除いて細身であるが、いずれも筋肉の浮き出た逞しい体つきをしている。
開始早々、西川君の蹴り出したボールを受け取った相手ウイングが金沢の守備にだっと切り込む。その脇には他のバックス3人も並走していた。
そしてこちらがタックルを仕掛ける直前、上がってきた別選手に素早くパスを回した。俺たちはタックル直前まで誰にパスを回すのかわからないので対応が遅れ、つい突破を許してしまう。
ゴールライン直前で西川君が体を張って止めてくれたものの、相手はいっしょに走り込んできた相手バックスにすぐにボールを回しさらに前進を図る。だがすんでのところで追いついた浜崎の渾身のタックルでノックオンを誘い、俺たちはなんとか失点を防ぐことができた。
両軍ともにスクラムを組むために芝の上を移動する。
「安藤、すぐに俺にボールを渡せ」
その最中、西川君は小柄な安藤に歩み寄ってひそひそと話しかける。安藤は「わかった」と顔色一つ変えずに頷いた。
そして俺たちボールでのスクラムから試合が再開される。直後、スクラムハーフ安藤の弾丸パスでボールを受け取った西川君はすぐさま敵陣近くのタッチライン外まで大きくボールを蹴り出し、なんとか自陣を回復させた。
これでボールの出た位置での相手ボールのラインアウトになったものの、とりあえずすぐに点を奪われる心配は無くなった。ラグビーではボールを持つよりも失点の危険を予防する方が、大切な場面は多い。
立川のバックスは全員がスピードとランに優れた強敵だ。それはフォワードにも浸透しているのか、大きな体なのにまるでバックスのように機敏に走り回る。
これはラグビーにおいて脅威にほかならない。ニュージーランド代表が通称オールブラックスと呼ばれているのも、20世紀初頭にニュージーランド代表がイギリス遠征に赴いた際に現地の代表選手を圧倒し、その強さを表現するため新聞が「まるで全員がバックスのようだ」という意味を込めて「All backs」と書くべきところ、「All blacks」と誤植されてしまったからという説がある。
実際のオールブラックスでも、恵まれた体格の持ち主がクレバーかつ正確にパスを回して敵を圧倒するスタイルが伝統的に継承されている。それはまるで試合の流れに応じて、常に新たな戦術を生み出しているようだ。
しかしそれで怖気づくのが金沢スクールではない。小倉南の和久田君や伏見桃山の秦君のような強敵を相手にして、俺たちもずっと鍛えてきたんだ。こういう時にどうするかはしっかり全員で共有している。
相手フォワードがラインアウトで放り込まれたボールをキャッチしたまさにその直後、俺たちフォワードはそのボールを奪うべくタックルをしかける。補球に手間取りパスを出すのが遅れた相手に、俺、チアゴ、串田君が次々と身体をぶつけた。
「耐えろ、負けるな!」
「くそ、またこれか!」
倒れる仲間を支えんと相手フォワードもそこに加わって押し合いの形となり、ここに立ったままの密集、モールが形成される。まさに去年の決勝戦の再来かという展開だ。
「センターも加われ! スクラムハーフは一番後ろ、ウイングは脇で控えてろ!」
敵バックスも急いで駆けつけ、密集に加わる。だが金沢からも援軍が駆けつけすぐにモールは両者の力が均衡して互いに一歩も動かせない状態に突入した。
だが、これでいい。モールは常に一方が押して動いていなければならず、力が拮抗して立ち止まった場合は早く次のプレーに移らねばならないのだ。それができない場合、ボールを持っている側、つまりここでは立川スクールが反則を取られる。
ボールをつかんだ相手フォワードは俺たちの圧迫に身体と身体でボールが挟まれてそれ以上動かせないようだ。そのまま審判からモールアンプレアブルの反則を言い渡され、金沢の面々は「いえい!」と声を上げて喜んだ。
これで俺たちのスクラムで再開だ。やはり線の細い立川に対して、力比べになると金沢が有利。俺たちは相手の得意なプレーを防ぎ、自分たちの長所をうまく発揮できる状況を作ることに成功した。
「チアゴ、串田君、覚悟はいいか!?」
俺はフォワードの仲間を集めて作戦の確認を行う。聞いてふたりとも「いいぞ」、「はい!」と力強く了解する。
スクラムで奪ったボールをバックスから回された俺は、脇にチアゴと串田君を並走させてそのまま敵陣に突入するという作戦に打って出た。
相手が素早さ重視のバックスなら、こちらはフォワード3人組によるゴリ押しだ。例えタックルされても跳ね返し、倒されればすぐにボールを回して隙を与えず敵陣に突っ込む。そして倒れた者はすぐ立ち上がり、再び攻撃に加わるのだ。
これぞデブの波状攻撃、上手く決まればノンストップで常に重量級選手による力づくのアタックを仕掛けることができる。
相撲のぶつかり稽古を繰り返すような身体を張っためちゃくちゃしんどい作戦ではあるが、俺、チアゴ、串田君と大柄な選手がかわるがわる突っ込み続けることで少しずつボールを前へと運んでいく。
「くそ、止めろ!」
「だめだ、こいつらすぐ立ち上がってくる!」
そして俺たちはぼろぼろになりながらも、最後はゴールラインを割ったところでチアゴがボールを地面に叩き付け、トライを奪ったのだった。
「いいぞ小森!」
フォワードの寿命を削るようなプレーに金沢のメンバーも観客も大歓声を贈った。
トライを決めた瞬間、あまりに体力を使い過ぎた俺たちはへろへろと芝の上に崩れる。
幸いにもそこで前半終了の笛が響く。良かった、束の間でも休める。
その後俺たちはこのリードを守り抜き、全国への切符を手にしたのだった。
「やったぞお前ら!」
試合終了と同時に抱き合って喜ぶ金沢の選手たち。強豪ぞろいのグループを突破して2年連続の全国出場を決めたのだ、喜ぶななんて言われても無理だ。
感極まって泣き出すチアゴ。そんな先輩の背中を串田君がぽんぽんと叩く。
相手チームも落胆はしたものの、すぐにキャプテン同士で握手を交わして健闘を称え合う。やはり強豪立川は敗れてもなお強豪ということか。
そんな時、俺はふと観客席に目を向けた。
さっきまでそこにいたのに。すでに南さんは姿を消していた。
「南さん!」
週が明けた月曜日、俺は登校するや否や南さんの座っている席に向かう。
「応援、来てくれてありがとう」
「うん、試合気になったから」
席に着いたままにこりと微笑み返す南さん。その顔からはやはり彼女は心の底から俺の全国進出を喜んでくれているのが見て取れた。
だがやっぱり、なにかが違う。俺も彼女もどこか一歩引いているような気がして、前と同じように話すことがなぜかできない。
何だろう、この違和感は?
受験を終えた南さんがわざわざ大会を見に来てくれたという絶好の機会があったにもかかわらず、どうしても身構えてしまう俺がいる。この正体のわからないもやもやに、俺は自分自身に対して腹が立ってくる気さえした。
「小森、ちょっと」
だがそこに声をかける女子がいた。
伊藤さんだ。うちのクラスで最も発言力のある、いわゆる女帝。彼女に目をつけられたらこのクラスでは生きていけないほどの存在。
いつもなら常に同性の友達が傍にいるはずなのに、なぜか今日の彼女はひとりだった。
「ちょっとこっち来て」
伊藤さんの頼み事、それすなわち命令だよ。これはもう従うしかない。




