第八章その4 伝統の戦い方
その後、本郷スクールからトライを決められたもののすぐに奪い返し、俺たちは14-7でこの試合を勝利で終えた。
走り疲れた体を休めるためコートの外にへたり込む。入れ違いで、コートでは残る2チームによる試合の準備が進められていた。
「小倉南と門真とか、頂上決戦かよ」
浜崎が声を震わせながら、コートでパス練習を始めた両チームの選手を注視する。
全国大会では小倉南が2位で、門真が4位。両チームともカップ戦に出場した超強豪だ。全国決勝レベルの戦いがいつもの運動公園で行われると思うと、胸も熱くなる。
それにしても……。
「全員ごっついな」
俺は芝の上を走る小倉南の選手たちを眺めがら呟いた。
福岡代表小倉南スクールの選手は9人全員がフォワードのように大柄な選手だ。それこそウイングなどの素早さ重視のポジションまで、全員ががっしりした体型の肉体派集団だ。
あんな連中が束になってかかってきたら、重量自慢の俺でも突破はできないだろう。こちらの強みをすべて打ち消されてしまう。
「小倉南は昔からこうなんです」
そんな俺の本音を聞き取った5年生の串田君が解説を加える。
「とにかくでかさとパワーで押し倒すのが小倉南の伝統だって、九州じゃ有名です」
つまりこれが彼らのチームカラーなのだろう。フランスの変幻自在なパス回しによる『シャンパンラグビー』や、アイルランドの強烈なタックルを繰り返してひたすら前へと進む『魂のラグビー』のような、自分たちの戦い方を確立しているようだ。
対する門真は大柄な子に細身の子に、適材適所バランス良く配置している。基本に則ったオーソドックスな編成だ。
試合が始まると、そのレベルの高さに俺たちは終始呼吸を止めていた。
小倉南の最強フィジカル軍団による強烈なタックルは門真の攻撃をことごとく退けた。逆に自分たちがタックルを受けても、選手をひきずってかまわずに前進するという力技でトライを奪う。
対する門真はセオリーに従い、フォワードが敵を惹きつけて道を拓くと、素早いバックスが守りの薄くなったサイドに攻め込む。特にウイングのフットワークは見事なもので、一度ボールを持てば迫り来る巨漢をすいすいとかわし、たちまちゴールまで走り抜けてしまう。
互いに長所を活かした点の取り合いに、観客は片時も目を離せなかった。
だが最終的に、軍配は小倉南に上がった。
「何だよあのスクラムハーフ……強すぎだろ」
負けず嫌いの西川君でさえ、珍しく唖然としている。それもそのはず、小柄な選手が有利なスクラムハーフにおいて、小倉南の選手はプロップかと見紛う体型だったのだ。
「和久田君は5年の時からレギュラーだったからね。ただでさえ強かったのに6年生になってさらに手が付けられなくなったよ」
串田君が淡々と話す。その声からは一種諦めにも似た心境が感じ取れた。
ぱっと見ただけでも、うちの安藤と比べて20cm以上身長が高い。四肢も胴回りも太く逞しく、貫禄ある風貌だ。
そんなどう見ても重量級の彼だが、スクラムからボールを取り出す瞬間のパスは素早く、相手の準備が整う前にバックスにボールを回す。また体格が良いので自分がボールを拾い上げればそのまま敵陣に突っ込むこともでき、攻め手のバリエーションにも富む。
そして何より、まぁ足の速いこと。体型は太めにもかかわらず、バックスにも劣らぬスプリントを発揮し敵選手を置き去りにしてしまったのには口を開いて固まるしかない。
小倉南スクールの和久田君。場面に応じてフォワードとしてもバックスとしても役割をこなしてしまう万能プレイヤーだ。もしかしたら彼は、西川君に劣らぬ天才なのかもしれない。
午後、金沢スクールは門真と試合を行った。
両チームとも午前に一軍メンバーを出場させているので、午後の2戦目は互いに主力メンバーを外し5年生中心の構成での試合開始となる。こういう思い切ったチャレンジができるのも、練習試合の良いところだ。
スタメンに選ばれなかった俺と西川君は、ベンチでくつろぎながら高みの見物を決め込む。ただ去年大会出場の無かったフッカーのチアゴと、キャプテンのスタンドオフ浜崎は試合に参加していた。
串田君がタックルを受けつつもボールを押し込む。と思ったら守りを抜けられて点を奪われる。
試合は互いに実力拮抗。点を取ったり取られたりのシーソーゲームで、どちらに傾くかまるで予想がつかない。
そんな白熱した試合を手に汗握りながら俺は見守っていたが、隣の西川君は顔こそコートを向いているものの、視線ははるか遠く先を眺めていた。
「なあ小森」
そして不意に俺に尋ねてきたのだった。
「お前、あの和久田ってヤツどう思う?」
「うん、すごいスクラムハーフだと思う。将来きっとすごい選手になると思うよ」
俺たちは目を合わせずに言葉だけを交わした。
「そうか……」
西川君はそれだけ呟くと、握り拳にぎゅっと力を込めた。新たなライバルを見つけ、彼の心にはかつてない大きな炎が灯っていた。
だが俺にはひとつ、あの和久田君に関してひっかかるところがあった。
あれほどのラガーマンなら、将来日本代表に選ばれてもおかしくはない。にもかかわらず、和久田という名前には聞き覚えが無かったのだ。
俺も生前、ラグビーについては日常的にチェックしていたわけではない。ワールドカップなど大きな大会やテストマッチがあるとテレビで観戦していたくらいだが、それでもナショナルチームの選手になると名前くらいは聞いている。
果たして前の人生では、和久田君はどんな将来を歩んだのだろう?
俺が知らないだけでラグビーのプロ選手になったのか、はたまた別の道に進んだのか。今となっては調べることもできず、ただわずらわしさだけが残る。
結局、主力メンバーを減らした金沢と門真の試合は引き分けに終わった。練習試合とはいえ勝ちたかっただろう、両軍メンバーともに地団駄を踏んで悔しがる。
試合後、コーチはメンバー全員を集めてミーティングを開いた。
「明日は今のメンバーで一番強いのを揃える。お前ら、絶対に勝つぞ」
それはつまり俺と西川君が、小倉南の和久田君とコートの上で戦うということだ。
あの巨漢軍団とどう戦うのか。考えただけでも武者震いが起こり、同時にぞぞっと鳥肌が立った。




