第八章その3 ミニ全国大会
もっともっと練習したかった4月は一瞬で過ぎ去り、あっという間にゴールデンウィークが訪れる。その日、いつもの練習場所の運動公園の駐車場には大勢を乗せたバスや自動車が集まり、普段見ることの無いほど人でごった返していた。
「まさかこんなチームが横浜に集まるなんて」
金沢を含めて4チーム、全国大会出場経験のある強豪が集まった。そしてせっかくこんなに集まったのだからと、今日明日の2日間かけて総当たりのリーグ戦が開かれることになったのだ。
全国の強豪を間近で見てみたいと思ったのか、保護者だけでなく近隣スクールの指導者や往年のラガーマンなど普段は見慣れないお客さんもたくさん来ている。他のスクールに所属する小学生も、全員おそろいのユニフォームを着てスクールを挙げて見学に訪れていた。
これもうほとんどミニ全国大会だよ。サッカーで言うコンフェデ杯みたいな。
「やあ、いつも頑張っているね」
そんな観客の中からひとり、白髪の混じったおじさんが飛び出してコーチに声をかける。
「あ、どうもお久しぶりです!」
コーチはおじさんにぺこぺこと頭を下げる。そして少し世間話すると、おじさんはまた人垣の中に消えていったのだった。
一連のやり取りを見ていたメンバーのひとりが、「誰ですか今のおっさん?」と頭に大きなはてなマークを浮かべて訊く。途端、コーチの目の色が変わった。
「こら! 関東ラグビー協会の会長だぞ!」
「偉いんですか、それ? 校長先生よりも?」
「滅茶苦茶偉いわアホ!」
子どもにとって身近な一番偉い人って校長先生だもんな。
しかし協会の会長まで来ているなんて、すごい注目度だ。全国の強豪を間近で見てみたいと、視察に訪れたのかもしれない。
「よう串田! まさかこんなとこで会えるなんてな!」
小倉南スクールのメンバーがかつての仲間に声をかける。この彼もまた、串田君のような丸々とした体型だった。
「藤岡、久しぶり!」
古巣のメンバーに挨拶を返す串田君。
「どうだ、こっちじゃお前の好きなとんこつラーメン売ってないだろ」
「うん、でも家系ラーメンも美味しいよ」
串田君は無邪気に答える。
まだまだだな。横浜には家系より歴史の古い、サンマーメンてのもあるんだよ。今度ハルキの中華料理屋、教えてあげようかな。
そして試合時間が迫る。直前のミーティングで、コーチはメンバーに「今日は練習試合だからな、勝敗なんて気にせずドンといけ!」と告げた。
とはいえ勝負事なら勝つに越したことは無い。特にレギュラー入りを目指すメンバーにとってここは重要なアピールチャンスなので、気合いの入りようも一味違った。
そしていよいよコートの上に選手が散らばる。スタメンには6年生中心ながら、5年生も名を連ねている。その中にはニューフェイスの串田君も含まれていた。
一試合目は東京の本郷スクール。俺たちと同じ関東代表として全国大会に出場し、総合12位に入った東京の強豪だ。
「よし行くぞ!」
試合開始早々、激しいタックルの応酬が繰り広げられる。7人制から上がってきたばかりの5年生たちは、これまでと次元の違う衝撃に驚いていることだろう。
そんな時、俺のタックルを受けた相手選手がぽろりとボールを落としてしまった。ノックオンの反則、俺たちボールでスクラムのチャンスだ。
「チアゴ、スクラムだぞ!」
「おう!」
卒業した鬼頭君に代わって、フッカーのスタメンに選ばれたのは浅黒い肌にぱっちりとした眼のラテン系の少年、チアゴ・モリモトだった。
彼は金沢スクールに昨年から在籍する日系ブラジル人の小学6年生だ。両親は近くの工場で働いているらしい。
今後、俺は試合においてこのチアゴと肩を組むことになる。
俺、チアゴ、そして串田君のフォワード3人でスクラムを形成する。相手フォワード3人とも組み合ったところで、楕円球が足元に投入された。
チアゴは足にボールをひっかけると、それを後ろに送る。スクラムの外に出されたそれを拾い上げたのは138㎝の6年生スクラムハーフ、安藤君だった。
「安藤、こっちだ!」
スタンドオフのキャプテン浜崎が声をかける。聞くなり安藤君は素早くパスを送った。
軌道の低い、ライフル弾のようにまっすぐなパス。小柄な彼だからこそ可能な、拾い上げからのタイムロスの少ない素早い送球だった。
「速っ!」
流れのある試合の中で見ると彼のパスは他を抜いている。普段の練習では気付かない意外な一面だ。
「よし、後は任せろ!」
浜崎がボールを蹴り転がすと同時に、バックスからウイングがだっと駆け出す。
ウイングは芝を転がるボールを拾い上げてさらに前へと突撃するものの、当然ながら敵選手のタックルが襲いかかる。
そこでウイングはすかさず斜め後ろにパスを放った。受け取ったのは5年生プロップの串田君だった。
「おらぁ!」
串田君は自分よりも身体の大きな敵フォワードのタックルを受ける。だがしかし、彼は倒されなかった。
「小森さん!」
敵フォワードひとりを釘付けにした串田君から、俺にボールがぽいっと放られた。俺はそれを深くキャッチし、全力で走り出す。
ひとりでも相手の重量級選手がいるのといないのとでは大きく違う。何せ俺は並みの選手のタックルなら、文字通り弾き返してしまうのだから。
いよいよゴールライン前。最後のフルバックがタックルを加える直前、俺は並走していたウイングにボールを回した。
ウイングはボールをしっかりと受け止めた。これはもう決まったも同然、最後は流すように走ったウイングは、余裕でボールを地面に置いた。
「金沢、トライ!」
自分たちから見てもお手本のような作戦のハマり様に、コートの外から見ていた観客も拍手を贈る。ただの練習試合なのに、まるで公式戦のような盛り上がりだった。
「良い滑り出しだな、串田いいぞ!」
身体を張った新入りの串田君に、キャプテンの浜崎がねぎらいの声をかける。
鬼頭君たちが抜けたものの、下から上がってきた子や控えからスタメンになった子がきちんと機能してトライを決める。俺は安心した。
「よし、もういっちょトライ決めるぞ!」




