第八章その2 期待の新戦力
「うお!」
コンタクトバッグごと吹っ飛ばされるのはキャプテンの浜崎だ。
彼を芝の上に転がしたのは、先日俺に話しかけてきたぽっちゃり系5年生の串田君だった。
「すごいな、5年生なのになんてパワーだ」
傍で見ていた西川君も驚きの声を上げる。浜崎は細身とはいえ全国大会経験者だ、そんな彼を木の葉のごとくぶっとばすなんて並大抵のことではない。
今日、初めて金沢の練習に参加した串田君は、ラグビーの経験者だった。
なんとこの前の全国大会で総合2位になった小倉南ラグビースクールに所属していたらしい。親の仕事の都合で福岡から引っ越してきたものの、ラグビーは続けたいからと俺に声をかけたそうだ。
希望するポジションはプロップ。俺と同じ、フォワードの切り込み隊長だ。
「6年生が抜けて不安だったけど、これなら安心だね」
浜崎は打ち付けられたお尻をさすりながら苦笑いを浮かべて立ち上がる。痛さと嬉しさが混在しているのだろう。
プロや社会人とは違い、上級生の引退とともに戦力がリセットされるのが子供たちのスポーツだ。これはスクールも部活も同じ、年代別の宿命と言ったところか。
当の串田君は周囲からの大絶賛に、顔を赤らめて頭を掻く。
「僕、ラグビーが好きで好きで、引越しが決まった時には大泣きしたんです。でもこっちにも全国出場できる強いスクールがあるって聞いて、横浜に来たら絶対ここに入るんだって決めていたんです」
「君みたいな5年生が入ってきてくれて嬉しいよ。みんなで全国優勝、めざそう!」
「はい!」
そう答えて浜崎と握手をする串田君。本当に嬉しそうな顔するなぁ。
「全国大会に出られたって、すごいことなんだな」
俺がぼそりと呟く。全国出場でにわかに注目された金沢スクールだが、その宣伝効果を改めて実感した。
その隣で西川君がぱしんと手に拳を打ち付けた。
「強いところには強い選手が来る、そういうもんだろ。強いメンバーを呼ぼうと思ったら、まずは自分たちが強くならねえとダメなんだ」
悲しいかなそれが真理なんだろうなぁ。スポーツだけでなくあらゆる分野においても。
そういう新戦力の加入は他のメンバーも焚きつけるのだろう。新メンバーのパワーを目にして、練習に励んでいた面々もより一層各々の練習に精を出していた。みんなスタメンに入るため、必死なのだ。
練習が終わったスクールのメンバーは、運動公園内の更衣室で着替えていた。
設備が古いせいか臭いと汚れが気になるが、外で裸になることはできないので我慢するしかない。
「あれ、着替えないの?」
そんな中、ひとりだけ汚れたユニフォームにバッグを背負う小柄な少年がいた。上半身裸の俺は突き出た腹を揺らしながら尋ねる。
「うん、走って帰るから」
そう答えながら小柄な少年、安藤君はドアノブに手をかけた。
彼は俺と同じ6年生だが、身長は138cmしかない。ラグビー選手としては、というより平均と比べても明らかに小柄だ。
ポジションはスクラムハーフ。ラグビーでは珍しく小柄な方が有利なポジションとはいえ、いくらなんでも小さすぎる。
「荷物持ったまま?」
彼はこくんと頷く。そして「じゃあね!」と言い残すと、ドアを開けて更衣室から出て行ってしまった。
つい気になった俺はドアを開けて外を覗く。たしかに、安藤君はバッグを背中に回し、運動公園の敷地をたったと走りながら帰路に就いていた。
「安藤はいつもああなんだよなぁ。朝学校来るときも、休み時間も、放課後もずっと走ってるんだよ」
浜崎が着替えながら言った。そういえばふたりは同じ学校だ。
「何だよ、安藤の奴マラソン選手にでもなるつもりか?」
そこに別の男子が割って入る。
「さあなぁ。でもおかげで持久走はいつも上位だし、あながち間違ってないかも」
「だよな。いくら走れても、あの身長じゃラグビーは無理だろ」
へらへらと笑いながら言う少年。
なんだか今の、ちょっとむっときたぞ。思わず俺は口を開いた。
「無理かそうじゃないかは他人じゃなくて安藤君が決めることだと思うよ」
口調も無意識のうちに強くなる。突然のことに驚いたのか、少年は「お、おう、そうだな」とそれ以上は何もしゃべらなかった。
かつて俺はデブであることを悲観していたが、逆行してからは体格を活かしてラグビーで人生をやり直すことに決めた。俺とは違って小柄な安藤君が、自身の身長に少なからずコンプレックスを抱いていてもおかしくはない。いや、むしろその身長差を埋めるくらいの努力をしている点で俺よりもはるかに立派だろう。
「お、コーチからメッセージだ」
静まり返った更衣室で浜崎がぼそりと呟き、スマホを眺めた。
「えっと……え、えええ!?」
突然、画面を見つめながら奇妙な声をあげて立ち上がる浜崎に、他のメンバーも「どうしたの?」と声をかける。
「5月の連休、うちと練習試合組みたいって全国のスクールから声がかかってきたみたいなんだよ!」
「マジかよ!?」
「相手はどこだ?」
更衣室にいた全員がわっと駆け寄った。浜崎の後ろに回り込み、いっしょになってスマホを覗き込む。
「ちょっと待って、東京の本郷スクール、大阪の門真スクール」
錚々たるネームバリューに俺たちはひいっと震えあがった。どこも前回、全国大会に出場した強豪ばかりじゃないか。
「それと福岡の小倉南スクール」
その名を耳にした途端、ぶふっと噴き出した少年がいた。今日、金沢スクールに加入したばかりの串田君だった。
「こ、ここ、小倉南!?」
なんということだろう。つい先月まで、彼自身が所属していたチームじゃないか。




