第四章その2 最強のふたり
「よし来い!」
数人の6年生が低く身構えて俺たちを睨み付ける。実戦形式の練習だ。
俺がボールを持って突っ込むと、相手はそれを奪わんとタックルを仕掛ける。
だがそれだけでは倒されない。むしろバインドした相手を引きずりながら、俺はさらに前へと進んだ。
そこにふたり目のタックルが入る。さすがに俺の足も止まったものの倒れ込むことはなく、ボールもがっしと抱え込み続けた。
6年生ふたりがかりのタックルにも耐え、身体を張って自陣を広げる。バックスのトライゲッターが西川君なら、フォワードの切り込み隊長は俺だ。
動きの鈍くなった俺に、さらに他の6年生がボールを奪わんと駆け寄る。
さすがにこれ以上はきつそうだ。俺は相手のタックルを食らう直前、ボールを後方に放り投げた。
それをキャッチしたのは、自陣から走り込んできた西川君だった。全速力のランの途中で、飛んできたボールをしっかりと受け止める。
俺がひきつけたおかげで薄くなった相手守備陣など、西川君にとっては何も無いも同然だった。相手が腕を伸ばせばくるっと身を翻し、まるで踊るようにかわしていく。最後にはラインを越えたところで地面にボールを置き、余裕のトライを決めた。
「あーあ、また負けたよ」
「お前ら強すぎだろ。ゴールデンコンビかよ」
項垂れる6年生をよそに、俺と西川君は互いに拳を突き出して連携を讃え合う。
この1年半の間に、俺と彼はかけがえのないチームメイトになっていた。
「フォワードは休憩したらスクラムの練習だ」
そこでコーチの声が響き、実戦練習を行っていた面々はそれぞれ休憩に入った。休める時にしっかり休んでおかないと、これからの練習にはとても耐えられない。
スクラムでは俺は右プロップを任されていた。
プロップは右と左とで勝手が違う。組み合った時、左プロップは右肩に相手の頭がぶつかるものの、左肩は空く。
一方で右プロップは両肩に相手の頭が入る。しっかりと組み合ったら側頭部を両側から挟まれるので、リアルな意味で頭が割れそうなほど痛い。
こう聞くと左の方が楽に思えるかもしれないが、左は左で敵を押し込める足腰の強さが求められるので、どことして手を抜いてよいポジションなど無いのだ。
「小森、またでかくなったなぁ。これじゃジャージと一緒に肉まで引っ張ってしまいそうだぞ」
軽口を飛ばすのはこれからの金沢のスクラムを率いるフッカーの6年生、鬼頭君だ。
「それは鬼頭君も同じでしょ」
俺はすかさず鬼頭君のどんと突き出したお腹を指差して返した。
「そう言やぁそうだな!」
豪快に笑い飛ばす彼も俺ほどではないものの、体重70キロ超の大柄な体型だ。俺と鬼頭君のふたりが、これからスクラムの要になる。
これまではスクラムで試合再開する場合、ボールを足元に置いてフッカーが後ろに転がしていた。しかし高学年になったこれからは、俺たちが組み合っている足元にスクラムハーフが横から転がし入れることで再開される。
この際にフッカーは転がるボールをうまく手繰り寄せて後ろに蹴り出すのだが、スクラムを組んで身体が思うように動かず、誤ってボールを前に蹴ってしまうことがある。その場合は敵チームが拾い上げてしまい、せっかくこちらのボールで再開するチャンスを相手に譲ってしまうのだ。
プロップがスクラムを押し込むことに特化した力自慢だとしたら、フッカーは同時に足も操れるだけの器用さも求められる。
鬼頭君は体型は丸っこいものの、足元の技術はフォワード随一。まさにフッカーにピッタリな逸材だ。
練習になると、俺たちは同年代だけでなく中学生にも手伝ってもらい、スクラムの練習を行った。体格では負けないものの、やはり経験と技術の差で思うようにプレーできない。全国に出るには、まだまだ練習を積む必要がありそうだ。
「いってー、生き返るー」
休憩の最中、俺は冷たい濡れタオルを首筋に当てていた。
スクラムを組んで痛くなかったことは無い。むしろ組んでいる時は必死で気付かないが、解放されてスクラムを解いた途端、背中や首に激痛を感じたりする。
隣ではフッカーの鬼頭君もばたんきゅー状態で倒れているが、突如思い出したように目を開けると俺に話しかけてきたのだった。
「そう言えば小森、この前話してた格ゲーの新作、買ったぞ」
「本当? どうだった?」
「めちゃおもしろい。練習終わったら俺の家来いよ、いっしょにやろうぜ」
「うん!」
恐るべしゲームの力。練習の疲れもなぜかコントローラーを握っていると吹っ飛ぶものである。




