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第四章その1 勝負の年

「いってきまーす」


 自宅のマンションを出た俺は、南国風に整備された海岸沿いの道を歩いて学校に向かう。ここは江戸時代には庶民にも親しまれた観光地だったそうで、山と海が織りなす風景は金沢八景と呼ばれた。


 しかし都市開発のされた現在では山は削られ、海も次々と埋め立てられてしまった。今となっては砂州のように海にぽつんと突き出した琵琶島神社と、平坦な土地に所々こんもりと残されている小山だけが、在りし日の姿を物語っている。


 小学校に着くと、子供たちは互いに「久しぶり!」と挨拶している。春休みはあっと言う間に終わったように思えるのに、友達に会えない時間だけはなぜか長く感じられるものだ。


 2021年4月の始業式。今日から俺は5年生だ。


 俺の体重は90キロと、すでにそこらの大人よりも重くなっていた。身長も160センチで、同年代の男子の平均を20センチ上回っている。


 だが前の人生とはまるで違い、身体は別物と思うくらいに身軽だった。ただぶくぶくと脂肪だけが膨れ上がっているのではなく、筋肉がしっかりとついて、その周りを脂肪が守ってくれているのを実感できる。


 昇降口前には大勢の児童が集まっていた。掲示板に貼り出されたクラス分けに、一喜一憂している。


「どうなってるかな?」


 俺は固まった生徒たちの後ろから掲示された表を眺める。


 クラス分けは前の人生とやや異なっている。俺がいじめられっ子デブでなくなった影響が出ているのだろう。やっぱり先生ってちゃんと子供たちの状況見ながらクラス編成してるんだな。


「よう太一、また同じクラスだな」


 自分の名前を見つける前に、後ろからハルキが声をかけてきた。こいつとはまさに腐れ縁だ。


 ハルキは相変わらずお調子者で、先生に怒られてばかりだった。5年生になって背は伸びたものの、中身は2年生くらいからほとんど進歩していない気がする。


「おはよう小森君」


 そしてもうひとり、俺に声をかけてきたのは女子だった。


 南さんだ。以前は肩のあたりで切っていたくせ毛も鎖骨に触れるセミロングまで伸ばし、すっかり大人っぽくなっていた。


「やあ久しぶり」


「よう南、お前も同じクラスか。よろしくな!」


 軽く手を上げる俺の隣で、ハルキが周りの迷惑も考えずにはしゃいだ。


 去年あたりから一気に背の伸びた南さんは、小学生ながらモデルのようにすらっとした体型になっていた。俺が右、彼女が左に立てば、まさに『10』の字ができるぞ。


「くそ、『先生』は別のクラスか。宿題写させてもらえねえじゃん」


 掲示板を眺めながらハルキが吐き捨てると、「それくらい自分でしなさい」と南さんが軽く頭をはたいた。ハルキの成長はストップというより、むしろ退化している気がする。




 高学年になった俺はラグビーでも7人制を卒業し、いよいよ9人制のレギュレーションに移る。


 週末のグラウンドで実戦形式の練習に励んでいた俺たち金沢スクール。その中にひとり、3人のフォワードの6年生を、見事なステップでかわす少年がいた。


 西川君だ。かねてから運動能力の権化のような彼は、大きくなってさらに手が付けられなくなってしまった。


「すげえな西川、足速すぎだろ」


 振り向いた頃には追いつけないほどに距離を広げられていたフォワードが諦めとともに肩を落とす。


 西川君は入校早々、バックスのエースにのし上がった。身長も俺よりは低いものの、それでも155センチと中学1年生の平均に匹敵している。


 彼をエースたらしめているのは元々の身体能力はもちろんのこと、小学生離れしたそのセンスにある。楕円形のボールを巧みに操り、正確かつ威力のあるパスとキックでボールをつなぐ。ひとりで攻め込む際にも他を寄せ付けない敏捷性で守備をかいくぐり、難なくトライを奪う。


「西川君、今日も絶好調だね」


「俺はいつも絶好調だよ。どんな日でもトライを取ってくるぜ」


 今のプレーにも汗ひとつ流さず、西川君は得意げに返した。このビッグマウスぶりは大人になってプロ野球選手になってからもよく話題になってたなぁ。


 そんな風に練習に打ち込んでいる時のことだった。コーチが5年生だけを呼んで、ミーティングを開いたのだ。


「さて、もう知ってるとは思うがみんな今日から5年生、これから試合は9人で戦うことになる。9人になるとプレイヤーも増えて戦い方も変わる。しかし一番違うのは、全国大会を目指すことだ」


 全国大会。その言葉を耳にした途端、5年生一同は黙り込む。


「うちの子はみんな強い。正直、金沢スクールの歴史の中で最強の世代だと思っている。この強さをフルに活かして、全国のみんなを驚かせてやれ!」


「はい!」


 目指せ全国。今までとはまるで重みの違う明確な目標に、俺たちは高学年になったことを改めて思い知らされた。


 神奈川県は全国的にもラグビーが盛んな方だ。ゆえに小学生のラグビースクールとはいえ県大会を突破するのは狭き門で、金沢スクールは結成から1度も全国大会に出場したことが無い。


 小学生ラグビーは9~11月にかけて県大会が行われる。そこで上位に入賞したスクールは12~1月の関東大会に出場し、そこでも上位に輝いた強豪だけが2月の全国大会に進出できる。


 この激しい競争を、これから俺たちは戦わなくてはならない。

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― 新着の感想 ―
[一言] まずは目指せ県大会優勝ですね。
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