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26 一つ屋根の下


勇気は、現状が信じられなかった。一目惚れした相手と共に、帰り道を歩いている。誰だって信じられるものか。


「しかし副会長が料理できるなんて意外…でもないか。副会長って面倒見良いし…うん、むしろ似合ってるかもな。副会長は、俺が料理できるって意外だったか?」


「いいや、身体を鍛えてる人は身のまわりに気を遣ってるイメージあるから、別に」


「そうか。流石、副会長は生徒をよく見てるな!」


「はは…ありがとう貴康。…なあ 呼び方なんだけど、貴方も俺を"勇気"と呼んでくれて構わないぞ。今は生徒会の業務外だし」


「あぁー、それもそうだな。そうするよ、勇気。…ところで、さ」


「なんだ?」


「美麗は…どんな様子だ? 今朝も、何かあったんだろ?」


「元気だよ。確かに今朝は少し無茶をさせてしまったけど、怪我はなかった」


「そうか、良かった。…やっぱり優しいな、勇気は」


「えっ?」


「"させてしまった"って言い方。美麗のことだし、あいつ自分から首を突っ込んだんじゃないのか?」


「…まあな、けど もし生徒会があれを事前に察知出来ていたらそれもなかったと思う。やっぱり、"鎮圧"より"防止"の方が理想だから」


「防止…か。つっても今の人数じゃ大変そうだよな」


「否定できない。…昔はもっと多かったのか?」


「ああ そりゃもう、全盛期の生徒会は百人超えてたと思うぜ。どこで見られてるか分からないから、皆動きを制限されてたらしい。俺は部活にも入ってないしスルーされてたけど」


「どうして……その人達は去ったんだ?」


「まぁ、皆好きで従ってた訳じゃないだろうし…勇気が生徒会で"変化"を起こしたくらいに、ここぞと抜けたんじゃねえかな」


「そういうことか……」


「…あーでも、在愛(ありあ)とか(はやて)はそろそろ戻ってくるんじゃないか? あの二人は──…って待てよ、勇気は記憶喪失だからよく知らないか。まぁ…なんだ、人手不足も近い内に改善されるさ。美麗のライブで生徒会の印象も変わるだろうし、…勇気も出演するんだろ? 頼むぜ」


「ああ、全力を尽くす」


───ヴヴー─


と、勇気の携帯が鳴った。見ると、中藤美麗からメッセージが届いたようだ。


『そういう生徒会っぽい話は後にしろよ もっとプライベートなこと話してけほら!』


「えっ!?」


勇気は思わず顔を上げ、辺りを見回した。美麗の姿は見えないが…、どこかで聞いているのだろうか。


「…勇気? どうした」


「えっ、ああいや…大丈夫。美麗からアドバイスが来ただけだよ」


「美麗から? ははっ あいつ最近、勇気に入れ込んでるなー」


「俺に?」


「そうそう、家でも結構勇気の話するんだぜ? 仲良くしてやってくれ」


「ああ、もちろん」


《なに口走ってんだ貴康兄さ──ッ!!》

《わー待ちなよ美麗! 出て行くなって言ったの美麗でしょうが!》


背後から一瞬、微かだが聞き慣れた騒ぎ声がした。どうやらやはり、尾行されているらしい。


(あの声……鶴城まで居るのか。──っと、そうだ、確かに親睦を深めるのに生徒会っぽい話を続けるわけにもいかないな。プライベートなこと、か……)


「…そういえば、今日はお菓子作りの情報交換だけど、貴康は得意料理とかあるか?」


「得意料理か、意識したことねえなあ…。…あ、カレーかな? 美麗が辛いもの好きでさ、よく作るんだ。いつの間にかスパイスから作るようになったし、たまにナンも焼くな」


「なるほど、凝ってるな……今度やってみるよ」


「おう、是非。結構楽しいぜ。じゃあ、勇気の得意料理は?」


「俺は…汁物全般かな、ミネストローネとか味噌汁とか。暖かいものは心が暖まるし、必ず添えるよ」


「おお…! 心が暖まるってのは確かにそうだな、興味深い。ははっ、これは今日が終わってもお互い聞きたいことが残ってそうだ」


「そうらしい、…楽しみだな」


「ああ、よろしくな勇気」


ーーーーーーーーーーーーーーー

二人は道中、今日の予定を確認しながら歩く。貴康の家…もとい中藤家にはほどなく到着した。

ーーーーーーーーーーーーーーー


───ガチャッ─


「さ、勇気。どうぞ」


「お邪魔します…」


「──あーしまった、まぁ…なんだ、筋トレグッズ散乱してるけど目瞑っといてくれ、キッチンはこっち。美麗は……まだ帰ってきてねえか」


キッチンに案内されると、勇気がまず驚いたのはその整然さだ。手入れが行き届いていて、どこに何が置いてあるのか分かりやすい。そして、取りやすい場所に置いてある道具が勇気のものと違ったり、人の数だけキッチンもあるのだと感心した。


「いいキッチンだな…、大切に使われてるのが伝わってくるよ」


「はは、サンキュ。じゃあ早速始めっか、材料はその辺にあるから好きに使っていいぜ」


「ああ、ありがとう」


・・・・・・・・・・・・・・・

肩を並べ、互いに作り、交換し、そして味を見る。全体の流れはこうだ。それは料理人の勇気にとって価値ある一時であり、個人として幸せな一時だった。

・・・・・・・・・・・・・・・


「──よしっと…、完成だな。ふむ、見た目にも違いが出るもんだな?」


「ああ、基本は同じ筈なんだけど…不思議だ」


───ガチャッ─


「ただいまー」


これを見計らっていたのだろうか、美麗が玄関から現れた。


「おー、おかえり美麗。タイミング良いな、丁度出来たところだぜ」


「おっ、まじー? 手洗ってくる!」


(…知ってたくせによく言うよ──)


───バシッ!─


「ウッ!?」


と、いきなり勇気の背中が叩かれた。


「よっ石頭、首尾はど?」


「──鶴城か、…そう聞かれても、まだ実感湧いてないな」


「ふーん…、それもそっか。…ってか今の結構本気で叩いたんだけど、石頭の体幹どうなってんの」


「まぁ、副会長だからな。──っていうかそもそも人を叩かないでくれ突然」


「えー、でも石頭だしなぁ。じゃあ予告してから殴ればいっか」


「そうしてくれ、こっちも身構えられる」


「……ツッコんだ方が良いんじゃないの今のは」


・・・・・・・・・・・・・・・


程なくして美麗が戻り、全員集合したことを確認すると貴康が手を叩いて声を上げる。


「よーし、それじゃみんなで試食──いや もうおやつだな、これは普通に。感想でも言い合うか」


「ああ、正直に何でも言ってくれ」


「そんな心配しなくても、旨いのは決まってるぜ副会長。そういう音がする」


「えっ──音で味まで分かるのか美麗の耳は?」


「くくっ、ごめん冗談。流石にそこまでは無理。あーでも完璧な嘘ってわけでもないな。ラーメンと蕎麦とうどんくらいなら見なくても分かる」


美麗はパウンドケーキを一切れ取って、いたずらっぽく笑った。


「十分凄いじゃないか…」


「サンキュ。……んっ、旨い! 優しい感じだな、兄さんのが"力強い激励"とすれば、副会長のは"暖かい抱擁"って感じがする。甲乙つけがたいぜ…!」


「ありがとう美麗。……本当だな。美麗の表現は的確で素敵だ、確かに貴康のケーキは励ましてくれる感じがする」


「へへっ、だろ。兄さんはどう? 副会長のケーキ旨いよな?」


「……」


「兄さん? ──あっ…! くくっ なあ副会長、喜べよぅ! 兄さん今噛み締めてる、副会長のケーキ気に入ってくれたみたいだぜ?」


貴康は黙ったまま申し訳無さそうに、しかし焦らずゆっくり味わって飲み込んだ。


「……や、ごめん、ちょっと感動しちまって。なんか、染みたわ…、ありがとな勇気」


「──こ、こちらこそ! 嬉しいよ! 貴康のも美味しかった」


「そうか、良かった」


「どうしたんだよ兄さん、随分気に入ってるじゃん?」


「えっ、まぁその…なんだ……」


「──"ここしばらく誰かに料理を作って貰ったことなんてなくて、しかもそれが妙に暖かい味で突き刺さった…"みたいなことかな、貴康さん?」


「……そういうことすんの美麗にだけじゃないのか…。──ま、そーだな、大体鶴城の言った通りだ」


(…これは夢か?)


「よかったな。──あーそれはそうと、副会長」


「なんだ美麗」


「今日、泊まってけよ」


「え」


「結愛には鶴城が連絡入れたからな。副会長に残された道は一つだ」


「そんな突然…! た、貴康だって困るんじゃあ…」


「俺は構わないけど。寝る場所なら俺の部屋来れば良いし」


「えっ!?」


「ああ別に、筋トレグッズくらいしかないから見られて困るもんはねーよ」


「そういう問題じゃなくてだな…! そ、そうだ着替えとか色々──」


───ガチャッ!─


「こんばんは、鶴城がお邪魔してます、姉の輝です! 結愛さんに頼まれて勇気先輩の寝巻き他、一式持ってきました!」


「ありがとう輝姉さん、受けとるよ」


「宜しくね鶴城。それでは!」


───バタンッ!─


「──だそうだよ、副会長サマ。着替えがなんだって?」


(外堀埋めのプロか…!? こ、これが中藤美麗と宇宮鶴城のコンビ…、末恐ろしいな……)


「……分かった、じゃあ…あー、お邪魔させてもらいます…」


「よっしゃ決まり! 兄さん! 今日カレーが良いな」


「おう、任しとけ。勇気も一緒にどうだ? お互い参考になるかもだぜ」


「ああ貴康、是非」


・・・・・・・・・・・・・・・

流れのままに、中藤貴康と肩を並べて料理をしている。勇気にとって、現実感はまるでなかった。だがそれも楽しさに上書きされて、いつしか緊張もほぐれていた。

・・・・・・・・・・・・・・・


「いやー参考になったよ! 貴康流のカレー、結愛にも共有しとく。こういう鋭い辛さのカレー新鮮だし、」


「ああ こちらこそ勇気、やっぱ料理って奥深いな…。また誘っていいか? もっと聞きたいこと増えた」


「もちろん、是非! 俺も勉強になったし」


「なんならアポ無しで来ても良いぜ副会長、兄さんそういうの許してくれるぞ」


「それは不味いだろ流石に…」


「ははっ、そんなに勇気が気に入ったのか美麗?」


「ああ! そりゃなんたって──…あー、あれだ、"あれ"だからな!」


「美麗って隠し事まじで下手。人のこと言えないけど」


「う…、と、とにかく! えーとごちそうさま! 貴康兄さん、副会長に部屋案内してやりなよ」


美麗は慌てて誤魔化して、貴康を促した。


「ああ、そうだな。勇気、こっちだ」


勇気は招かれるまま、貴康の部屋へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーー

貴康の部屋でまず目を引くのはトレーニング器具だ。大小様々な種類のそれが並ぶ様は実に壮観である。一見無骨な部屋だが本棚には料理本があり、そこには暖かみが生まれていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「おお…解釈一致だ。あっいや悪い、まだ知り合って間もないわけだし解釈もなにもないよな」


「そうか? でも多分合ってるぜ勇気。俺の内面なんてこの部屋でだいたい分かる。隠してもないし」


「そ、そうか…? あっでもほら、あそこ──」


勇気は部屋の中に、トロフィーが飾られている棚を見つけた。


「トロフィーが沢山ある。あれは何のやつだ?」


「あぁ、確かにそれは言ってなかった。俺、バイトで着ぐるみやっててさ。で、オーナーに頼まれて大運動会番組に出たんだけど、それの11回、12回、13回の優勝と殿堂入りのトロフィーだよ」


「殿堂入り!? 凄いじゃないか!」


「ああ、最高の一年だったぜ。進路もそっち方面にするつもり。オーナー良い人だし、何より楽しいしな。副会長は経験あるか? 着ぐるみ。スーツアクターでも良いけど」


「あるぞ、勿論。生徒会たるもの一度は入っておかないと」


「生徒会ってそんな集まりだっけ…? 忙しくしてるんだな…。それじゃ、今度仕事しようぜ? 今オーナーがきぐるみのエキストラ募集しててさ」


「えっ、良いのか?」


「良いとも。演出的にどうも数が足りないんだよ、経験者ならいいポジションと報酬があるから、是非来てくれ。勇気、連絡先は? 資料渡したい」


「ああ、今ID出すよ」


「どうも。…──よし、OKだ。送っといたぜ。行くときは俺にも声かけてくれれば、オーナーに紹介するよ。俺からの紹介なら、オーナー二つ返事で採用してくれるぜ」


「信頼されてるんだな…」


「それと、これで料理の話とか、美麗の話も出来るな!」


「それ美麗の話が主目標だろ…。第一印象からそうだったけど、美麗を大切に思ってくれてるよな」


「──あー…まぁ、親が仕事漬けでな。昔から、俺が護るべきひとなんだ。最近過保護とも思うけど……あ、そうだ寝る場所案内しとかないとな。俺が床で、勇気がベッドな」


「えっ、待ってくれ! 俺が床に行くよ客だし!」


「客だからだぜ。それに、勇気には美麗のことで色々世話になってるし」


「だからって副生徒会長の俺が生徒を差し置いてベッドで寝るわけにはいかない」


「それなら逆も然りだし今は業務外なんだろ? 遠慮すんなって」


「しかしだな…」


「だからな…」


・・・・・・・・・・・・・・・


「──で、二人共床で寝ることになったと?」


笑いを極限まで我慢した鶴城が、震えた声で聞いた。


「お互い譲れなくてな…」


「くふっ、あははははっ!! 何それサイコー過ぎ! えっそれさ副会長、その結果でお互い満足してるわけ?」


「ああ鶴城、まぁまぁの着地点だと思ってる」


「マジなの!? ふっ、くははっ! まーじで相性良いと思うよあんたら。はー笑った笑った、美麗、お風呂入ろー」


「おう、今行く!」


鶴城は勇気たちを笑い飛ばすと、美麗と共に風呂場へ消えた。


取り残された勇気と貴康は、お互いに顔を見合わせる。


「…そんなに変だったか……?」


「まぁ…言われてみれば本末転倒なのは否めないな」


「あそっか、俺たち途中から「自分が床で寝る」ことが目的になってたよな。うーん、俺のベッドがもう少し大きけりゃ解決だったんだが……」


「仕方ないさ、どうにもならないし」


驚くことにこの二人、議論を重ねるうち"二人で同じベッドに寝る"ことへの抵抗はなくなっているのである。


ーーーーーーーーーーーーーーー

その後全員が風呂を済ませて、四人は寝間着姿でリビングに集合していた。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「──よーし、全員揃ったな? ひとつ屋根の下、4人の前には大きなモニター。と来りゃ、やることは一つだよな?」


美麗はにかりと微笑みながら、ゲーム機のコントローラーを4対取り出した。


スパイクスターズ(スパスタ)SP(スペシャル)の時間だアァッ!!」


「「イェーッ!」」


美麗の掛け声に鶴城と貴康が同調する。対して勇気は状況を把握できずに顔を見合わせていた。


「──えっと、どういうことだ?」


「エッ!? 副会長知らねえの!? スパスタだぜ!? しかもSP(スペシャル)!」


「知らないな」


「マジかよ…、年頃の学生なら義務教育かと思ってたぜ……まぁ副会長ってそういうの疎そうだし…ん? 待てそんなことないだろ、あの最強ゲーマー桜姉さんの親友なのに?」


「美麗、この人記憶喪失」


「あ、そっか。大変だな副会長も…。ま、むしろ良かったかもな。全く知らない状態でスパスタできるんだから羨ましいまである」


「そんなにか…」


「ああ、おもしれーさ。ま、思い出作ってけよ。な?」


美麗は勇気の肩に手を置いて、にかり笑った。


(美麗、気遣っていくれているのか。……そうだな、思い出くらい…あってもいいはずだ)


勇気は頷いて、コントローラーを受け取った。


ーーーーーーーーーーーーーーー

白熱どころではなかった。一時間後には皆戦士の顔つきで興じていた。天上が作るゲームは自由の一言であり、それに伴う操作の複雑化を脳波の感知やコントローラーからの知識共有云々で解決している。だからほぼ未経験の勇気でも困惑することなく操作出来ているのだがそれは現状と全く関係のない話だ。


何にしろ、実に楽しいひと時だ。勇気は心からそう思えた。だって終わるときなんて、みんな笑っていたのだし。

ーーーーーーーーーーーーーーー


そして、夜。勇気は誰にも聞こえないようにささやかな深呼吸をしてから、貴康の部屋…そこへ繋がる扉に手を触れた。


(ふぅ、少し遅くなった…。全く、「軽音部に関するちょっとした打ち合わせ」とは口が上手いな美麗は……、俺に"貴康が待っている部屋の扉を開ける気持ち"を味わわせたかったわけか…)


意を決して、扉を開ける。


「おー、おかえり勇気」


貴康は完全なオフモードで勇気を出迎えた。勇気は撃ち抜かれた気分だったが、なんとか持ちこたえる。


「あ…ああ貴康、ただいま」


「打ち合わせおつかれ、どうだった?」


「そこまで大したことはしてない、本当に軽い打ち合わせだったよ」


「そうか。…珍しいな、美麗は雑多な打ち合わせとかしない主義だったはずだけど」


「いいや、重要だったんだろう。俺がいるときにしか出来ないタイプの」


(俺と貴康との距離を縮めるため…あるいはただ、からかうためか)


「…なるほど。好かれたもんだな、勇気。あんなに楽しんでる美麗、久しぶりに見たぜ?」


「それなら良かった」


勇気はひとまず安心したように微笑む。美麗が健やかでいられるなら副生徒会長として嬉しいし、貴康もそれでよく思ってくれるなら一石二鳥だろうか。


しかし、その安心を揺るがすように、貴康は声を落として呟く。


「"良かった"……か」


「ん?」


勇気に聞き返されて、貴康は「しまった」という様子で口元に手を当てる。


「…あー、ええと、だな……」


貴康は言葉を探すように唸るが、逆に勇気へ火をつけた。それは副会長としての思いだが、どうしても湧き出てしまうのはこれまでの短い人生で培われた勇気の性分なのだろうか。


「差し支えなければ、言ってくれ。何か力になれるかもだ」


「いや、生徒会の勇気に話すことじゃねえし……ほら…」


「……そうか、分かった。なら聞かないことにする」


「──待った、待ってくれ、話す。考えてみれば、今の勇気にはむしろ話しておきたいことだな」


「! …ありがとう貴康」


「言っとくけど、多分期待してるような悩みじゃないぜ」


貴康は深呼吸してから言葉を続ける。


「俺は、生徒会に恨んでる人間が居るんだ。……"木崎恵"だよ」


勇気は、驚いた。意外な名前だ。


「……恵を?」


「3年の殆どは美咲会長のことを恨んでるわけじゃない…ってのは聞いてるかもな。…それは、矛先が別にあるってことなんだ」


そこまで聞いて、勇気は表情を強張らせる。これは、天上美咲が話そうとしない過去、その1つなのだろう。だが貴康からそれを引き出してしまった以上、勇気は続きを聞くしかないのだ。


「美咲の人の良さは皆知ってた、彼女が暴走したってのも、皆分かってた。だけど恵は…あいつは違うんだ、あいつだけは暴力を愉しんでた。あいつが美咲の暴走を"力"で助けてしまったから、取り返しのつかないことになったんだよ。……笑って、人の骨を折れるやつなんだ、あいつは」


貴康は何かを思い出したように、拳を握り締めた。…その理由は想像に難くない、それは実に残酷なものだろう。勇気は一瞬ためらったが、もう引けないのもまた事実である。


「──まさか、美麗が?」


「……ああ。美麗はよく反発するからな、真っ先に目を付けられたよ。すぐに捕まって、噂に聞く"拷問部屋"に連れて行かれた」


「拷問…部屋……」


「場所は知らねえ。だがその部屋が使われるとな、中の様子が学校中に映し出されるんだ。……見せしめだよ」


「……それが、圧政…か」


「ああ…。あの日突然、映像が流れたんだ。鎖に繋がれた美麗と、笑顔の恵だ。あいつはうずうずした様子で"罪状"を読み上げて、終わったらすぐに……"やりやがった"。……利き腕だぜ? 今でも信じられねえよ」


「それって…、やっぱり美麗は……?」


「しばらく、楽器は弾けなかったさ。直近のコンテストもライブも、全部出れなくなった。…美麗が落ち込む姿想像してみろ、その3倍は酷い様子だった…主観で言えば300倍だよ」


「……」


「……今の恵が反省してるのは伝わってる、だから俺も露骨に責めたりはしてない…つもりだ。……でもさ、やっぱり不安だよ。あんな美麗の姿、二度と見たくねえ。……勇気、今の恵は……信じて良いのか?」


貴康は静かに、勇気の目を見据えた。


「……分からない。俺は彼女のことをよく知らないんだ」


「…そっか。まあ記憶喪失だもんな、無理ねえか」


貴康はどこか切なげに、目を伏せた。


「──でも、今の俺が主観で言うなら…恵を信頼してる。だから、見届けないか? 緊急ライブのとき、彼女が何を思うのか。そして、何をするのか」


聞いて貴康は少し迷ったが、ゆっくりと頷く。


「…そうだな。悪かった、こんなこと聞いて」


「大丈夫だ。…さ、そろそろ寝よう貴康。朝御飯の準備は早いぞ?」


「ああ、確かに。……本当にありがとな勇気、色々と。電気消すよ」


二人は横になって、暗闇に消えた。


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


扉の外では、美麗たちが聞き耳を立てていた。


「──ったく兄さんめ、また余計なこと言いやがって。私の自立を、きっちりライブで聴かせてやらねえとな」


「それでこそだよ親友。頑張って」


「おう。──あっそうだ、終わったら打ち上げしようぜ! 皆も鶴城も一緒に、ブチ上がるやつを!」


「……うん。……その時を夢見てるよ」




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