24 妹たち
時は放課後、生徒会室。勇気は宇宮輝と共に此所へ帰ってきた。
「──という訳で、今日から生徒会で一緒に働くことになった宇宮輝だ」
「よろしくお願いします」
輝は深く頭を下げる。
「──「という訳で」じゃないよ! どうして石頭が輝姉さんに会えるの!?」
そこへ、鶴城が困惑した様子で声を発した。
「ちょっとした縁でな。それと輝は、俺がこの世界の人間じゃないことに気づいてる」
「──えっ」
勇気の言葉を聞いて、結愛が声を漏らす。しかしそれは、宇宮鶴城にかき消された。
「何だよ、縁って! だって姉さんは──」
「縁は縁だよ、鶴城。実は昔、勇気先輩に助けられたことがあって」
「で、でも姉さん──」
「今日からよろしくね、鶴城」
しかし輝は言葉を遮るように、鶴城に向けて微笑んだ。
「うっ…あぁ……えと、よろしく…輝姉さん」
鶴城はどこか納得出来ない様子だったが、輝の声を聞いて今はそれを飲み込んだ。
「ではあなたが…"神に愛された天才"宇宮輝? 噂は聞いています、会えて光栄ですわ。改めて、生徒会長の天上美咲です」
「よろしくお願いします、美咲会長。ええと…勇気先輩から色々聞きました。生徒会は今、勇気先輩の記憶を取り戻そうと調査しているんですよね?」
輝の問いに、生徒会長天上美咲は頷く。
「ええ、そうです。今は面倒な仕事もありませんし」
「それじゃあ、私にも手伝わせてください美咲会長。勇気先輩にはちょっとした恩があるんです」
「ああ、それは心強い。是非お願いします、輝」
「はい、こちらこそ!」
輝は美咲に頭を下げた後、こそりと勇気の傍へ寄る。
「……それじゃあ星野先輩、手筈通りに」
そして背を伸ばし、小さな声で耳打ちした。
///////////////
「──私が生徒会の皆さんと一緒に…?」
時は遡り、少し前。屋上にて勇気と輝は小さな会議を行っていた
「ああ、皆が調査に行く日はな。今までの仮説が合っているなら、皆に俺の言葉は届かない。だが輝からなら、皆に真実を伝えられるかも」
「なるほど…。…ですが、その間の盗撮は無理……ですよね」
「気にするところそこか…でもまぁ、そうなるな。…分かった、無理は言わない」
「あっ…! いえやります、すみません! どうか私を気遣わないでください星野先輩! 私は加害者で、あなたは被害者! ね?」
「それなら、貴女は生徒だ」
「えっ」
「俺は副会長だぞ、何があろうと生徒である貴女の方が大切だ。被害者が俺じゃないなら話は別だけど、そうじゃない。…盗撮、やめられないんだろ?」
「はい」
「……速答か。…まぁそういう訳だから、そっちこそ気遣うな輝」
「……分かり…ました。──…でも大丈夫、行けます星野先輩。勇気先輩と同じ顔をしたあなたの頼みですから」
「…そうか。ありがとう輝、よろしく頼む」
「はい!」
「あ、許すのは俺を撮るときだけだからな。"星野勇気"に対する盗撮は別だし、特に許してもないぞ」
「……ハイ」
///////////////
「──じゃあ、調査当日は頼むな。輝」
「……はい星野先輩、頑張ります…!」
輝は小さく頷き、勇気の傍を離れた。
──「あっ、輝ちゃん! マニュアル送るから生徒会のルーム入ってくれる? IDとパス教えるよ」
と、新藤小百合が輝を手招く。輝はそれに頷いて、小百合の元へ行った。
───とんとんっ─
不意に、勇気の背中が叩かれた。
「──石頭、ちょっと」
「…鶴城? 何だ」
鶴城は、どこか恨めしそうな目で勇気を見る。ただならぬ雰囲気だ、勇気は思わず表情を強張らせた。
「ここじゃ話せない、仮眠室来て」
「あ、ああ分かった」
勇気は訳も分からないまま、鶴城に連れられていく。
ーーーーーーーーーーーーーーー
─バタンッ!─
仮眠室の扉が強く閉じた。そこには鶴城の感情が乗せられていて、憎しみを感じる。
鶴城はゆっくり深呼吸してから、口を開く。
「……用件の説明、要る?」
「…輝のことか」
「そう。……輝姉さんは、忙しいんだよ。ずっと家に居ないし…、学校でもクラスが違えば何所に居るのか分からない……探したって会えやしないのに…」
そして、勇気を睨み付ける。
「何であんたは輝姉さんと会えるの? "縁"って何、姉妹以上の縁がどこにあるって言うんだよ!」
鶴城はそのまま手を伸ばし、両手で勇気の胸ぐらを掴んだ。乱暴だがしかし丁寧に、恨みを込めて。
「…うッ……っ、それ、は……」
勇気は言い淀んだ。
「答えて。あんたは輝姉さんに何をして、輝姉さんの何なの?」
鶴城は真っ直ぐ、勇気を見据える。それは怒りであり、悲しみでもあり、そして困惑だった。
「……言えない」
「…は?」
「俺の口からは言えない」
「……ッ!」
─ダァンッ!!─
鶴城は力を込めて、勇気を強く投げ倒した。そこから胸ぐらを掴み直し、馬乗りになる。
「どうして、どうしてあんただけが! 私だって…! 私だって姉さんと一緒に居たいのに! 私の姉さんなのに!!」
鶴城はそのまま、感情のまま叫んだ。対して勇気はどうして良いかも分からず、そのまま、じっとしていた。
……やがて、鶴城は絞り出すように声を発する。
「あんたに…分かるもんか。大切な人が何も言わずに隣から居なくなる気持ちなんて……」
鶴城は縋り付くように勇気の服を握り締める。いつもの飄々とした彼女はどこにも居なかった。
勇気もまた、拳を握り締めていた。悔しかった、だってこれはどうにも出来ないのだ。輝は"星野勇気"に恋焦がれていて拗らせて、そのストーカーだ。彼女の"感情"には、理由がない。もちろん明かすことも、出来ない。
「……」
だから、勇気は黙っていた。何を言っても、気休めにすらならない。愛した家族が遠くへ行けば、心に大きな穴が開く。それは、言葉で埋まるものでもないだろう。
勇気はずっと、語らずに。ただ寄り添うことしか出来なかった。
「……何か…言ってください勇気先輩、説教の一つでもしたらどうです……? 私のこと「我儘だ」って…「未熟だ」って……叱れば良いじゃないですか」
勇気は応えない。対して鶴城は懇願するように、力を込めて勇気を掴んだ。
「…なんですか、それ……ッ! いつもみたいに諫めてください…! ただ一言「やめろ」と言ってください…!!」
だがそれでも、勇気は何も言わない。何も言わず、ただ鶴城を受け入れた。
「……お願いします…! 憐れんでください…、じゃなきゃあなたを──」
鶴城は崩れ落ちるように、勇気の胸に顔を埋める。
「──嫌いに、なれないじゃないですか……」
その時間は、短く、しかし長く続いた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──ごめん、ほんと。……どうかしてた」
少し経って、鶴城はゆっくり立ち上がる。流れた涙を拭き、深く呼吸をして心を落ち着けている。それで和らぐほど単純な感情ではないだろうに。
「ああ、大丈夫だ鶴城」
勇気も立ち上がり、服の埃を払う。
「…言っとくけど、輝姉さんに「妹の傍に居てやれ」とか言わないでよ。姉さんがやりたいこと優先だから。それと、私にも気遣わないで良い。…傍に居て欲しいだなんて、結局我儘でしかないんだから」
「……分かった」
「…それと、さ。こんな流れで悪いけど、頼み聞いて欲しい」
「何だ?」
勇気が聞き返すと、鶴城は懐から何かを差し出した。
「……写真…?」
それは、幼い鶴城と、そして輝が二人きりで写っている写真だった。二人は身を寄せ合って笑っている、とても良い写真だ。
「……それ、預かっといて」
「なっ…、これ…大事な写真だろ?」
「大事だよ、めちゃめちゃ大事。…でもそれを持ってたら、きっと私の時間は止まったまんまなんだ。だから……預かって。あんたになら頼めるから」
「…分かった。……でもずっとは無理だぞ、長くても、俺が元の世界に帰るまでだ」
「……うん。ありがとう、副会長サン。…そろそろ戻らないとね」
「…そうだな、待たせてるかもだし」
二人はお互いに服装の乱れを確認し、そして正してから生徒会室に戻っていく。
…直前、勇気は再び写真を見た。何故かは分からない、だがもう一度見たかった。
(この写真…どこか見覚えが……? ──いや、あり得ない。気のせいだろ、きっと……)
勇気は首を振って写真をしまう。他人の宝物だ、まじまじと見るものではないだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・
「あっ、お帰りなさい二人とも! 何話してたんですか?」
仮眠室から出てきた二人を、小百合が迎えた。
「悪い、守秘義務。それより興奮してる様だけど…何かあったのか?」
「そうそう、凄いんですよ輝ちゃん! この短時間でマニュアル全部覚えちゃったんです!」
「えっ、凄いな…。結構長かったろあれ」
勇気が称賛すると、輝は苦笑する。
「ええまぁ…ばっとページめくればそれでいけちゃいますね」
「流石輝姉さんやっぱり桁違いだね、かっこいい。こうなった姉さんなら、もう隊長サンより仕事できるんじゃない? いや絶対できるね」
─がしっ─
鶴城の言葉に反応し、恵がその頭を掴む。しかし優しく。
「お前~、こんな超人と比較しないでよね」
そしてわしゃわしゃと頭を撫でてから、輝を見る。
「──勝ちたくなっちゃうじゃない」
「…私となにか競うつもりですか? 止めておいた方が恵先輩の為になると思いますが」
「言うわね輝。その挑発的な態度、鶴城は姉に似てたって訳だ?」
「そうではなく、最後には無に帰すからです。…前にも私に挑む人が居ましたが、彼女は負けたあとこう言いましたよ。「時間の無駄だった、こんなことになるなら君の背中じゃなく、ただ自分の夢を追いかけていれば良かった」と。…だから先輩の時間は先輩のために使うべきです」
「悪いけど、それ"忠告"じゃなくて"鼓舞"だから。勝つわ、必ず」
「…分かりました。その時になって後悔しても、知りませんよ」
二人の間に、何か火花が見えた気がした。
「め、恵先輩がまた新しいライバルを…? …でも輝ちゃん相手は流石に分が悪いんじゃあ…」
「全くだね、無謀の極みだよ。隊長サンって、どうも好戦的じゃない?」
「ふふっ、ねえさまは恵せんぱいのそういうところにもひかれたんですよね?」
「ええ、そうね真白。恵の闘争心には助けられたものです。…個人的に、最近はああいう恵を見られていなかったから少し嬉しいわ」
「なるほど…狂犬も使いようって訳ね」
「…鶴城、あまりその名で呼んでほしくないんだけど。……そういえば輝、あなた2年よね? …圧政のとき大丈夫だった?」
恵は"狂犬"と呼ばれて何を思い出したのか、心配そうに尋ねた。
「大丈夫…と言うと?」
「えっと…私に何かされなかった? あの時は美咲の前に立ち塞がる有象無象を個人として認識してなかったから……」
「凄いこと言いますね恵先輩…」
(…貴女が言えたことじゃないだろ輝)
「それなら大丈夫です。私あの時は忙しかったので、学校のことはよく覚えてなくて」
「そう? 良かっ──…いや、安心しちゃいけないわね私が」
恵は動揺した様子で会話を切り上げた。
(美咲さんもそうだが、恵もやはり気に病んでいるんだな…)
─キーンコーンカーンコーン─
と、校内に鐘が響いた。
「…ああ、もう下校時刻ですか。生徒会、帰宅の準備を。終えたら校内の見回りです。輝の持ち場は…二年だから小百合と一緒ですね」
「はい美咲会長。よろしくお願いしますね、小百合さん」
「うん、よろしくね輝ちゃん」
「ええっ!? ちょっと女王サマ、そこは私じゃないの? 私は輝姉さんの妹だぞ」
「学年で区画分けてんだからしょうがないでしょ。何よ、嫉妬?」
「う……そーだよ隊長サン悪い? 妹なんだから姉さん大好きで当たり前でしょうが」
「くくっ…悪かないわよ。素直で可愛いとこあるじゃない」
「…つまんない冗談止めなよね、最近おかしいよ隊長サ──おワッ!?」
言葉の途中で、真白が鶴城へ抱きついた。
「鶴城ちゃんって、てれかくしが好きですよねー」
「ちょっ、お姫サマ…! 照れ隠しとか無いし!」
「まぁそれはそれとして。わかるよ鶴城ちゃんのきもち、わたしだってねえさまといっしょにいたいもん。結愛ちゃんもそうだよねっ?」
「えっ、あぁ…うん。…そうだね、一緒に……居たいな」
「えへへっ、それじゃあ私たち"妹同盟"ですね! 姉兄が大好きなものどうし、なかよくおしごとしましょう!」
真白は嬉しそうに笑って鶴城と結愛の手を引っ張る。
「あッ、この人女王サマの指示とっとと遂行したいだけだな!? ま、待ちなよお姫サマ! まだ話終わってな──ちょっやっぱ力つよッ!?」
「それじゃあねえさま! いってきます!」
「──ああもう! いってきます輝姉さん!」
「…これ私は巻き込まれただけだな……、いってきます義兄さん!」
1年の妹達は手を振って生徒会室を後にする。勇気、美咲、輝はそれぞれの背中に手を振り返した。
「…ふふっ、微笑ましいですね真白ちゃん達。じゃあ輝ちゃん、私達も行こうか」
「はい、小百合さん」
2年の輝と小百合も、肩を並べて生徒会室を出ていった。
「…我々も行きますか副会長、恵」
「ええ」
「ああ、行こう」
最後に、3年の勇気、美咲、恵が生徒会室を去った。
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下校時刻の見回りは生徒会の仕事、その代表的なひとつである。忘れ物の回収や、生徒が夜の学校に残ったりなどしないように。勇気達は3年の教室を中心に歩いていく。
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そして、とある廊下。見回りの途中、恵が口を開く。
「──ねえ二人とも、突然なんだけどさ。…鶴城についてどう思う?」
「"どう"…ですか」
問われた勇気と美咲は足を止めて考え、まずは美咲が答える。
「…"天才"ですね。彼女は自称しているけど、自称せずともそう呼ばれるに相応しい能力を持っているわ」
「うん…俺もそんな感じだ。鶴城は生徒会の仕事も早いし、成績で見ても学年トップの実力だ。危ういところもあるけど、凄いひとだと思うぞ」
二人の答えを聞いて、恵は同意する。
「そうよね? 私も大体そんな感じ。ムカつくけど…何でも出来るし凄いやつ」
「それがどうしたのかしら?」
「今日、宇宮輝が生徒会に入ったじゃない? …彼女の能力を初めて近くで目の当たりにして圧倒されたわ、恐怖すら感じた。"神に愛された天才"なんて異名も納得ね。……そう思ったと同時に、鶴城に対して違和感を覚えたの」
「違和感?」
「彼女の性質は、姉である輝のそれとは違う気がするのよ。鶴城はプログラミングの技能も、ボクシングの強さも、私と拮抗してた…というか私の方が上ね間違いなく」
(言い切った…)
「…何よりあの拳は、努力によるものだったわ」
「努力…か」
「もちろん鶴城は天才よ。あれほどの努力、尋常である筈がないわ。でも…もし、鶴城の能力全てが努力によるものなら…人の身じゃとっくに限界を越えてる筈なのよ」
「では……、鶴城はずっと無理をしていると…?」
「うん会長、そう考えてる。二人はどう思う?」
勇気は、頷いた。
「…俺は賛同する。鶴城が生徒会の仕事を覚えるとき、確かにとても早かったが輝ほどじゃなかった。それに、偽の回答用紙を作れたってのは、1年でありながら3年の試験範囲を概ね把握してたってことだ。この二つを合わせれば…、鶴城は2年後に習うことを普通に勉強して身に付けた可能性が高いと思う。だからその説に疑問らしい疑問はない…もしそうなら今まで以上に尊敬しなきゃならないな」
「…やはり副会長は生徒をよく見ていますね。私は、その…仮説に過ぎないとは思います。……けれど二人がそう思うのなら、信じます」
「ありがとう、二人とも。…そうね、美咲の言う通り仮説に過ぎないのは確かだと思う。まずは鶴城をよく観察して兆候を探ってみない?」
「良いね、賛成だ。鶴城がふらついたり、返答が遅れたりしたらその時は本人に確かめてみよう」
「分かりました。…あぁでも、きっと鶴城は用心深いわ。些細な変化をつつき過ぎると、私達が彼女を気遣っていると気取られるかもしれません。不調があったとして、それを隠されては見付けるのも難しいでしょう、こちらも慎重に探り、気遣うべきかと」
「さすが会長、肝に命じるわ。……ありがとねふたりとも、協力してくれて」
「もちろんだ恵。恵も鶴城も生徒だからな、出来る限り助けるさ。こっちこそ教えてくれてありがとう」
「そうですね副会長。…生徒会とは、そうあるべきなのですよね」
美咲は伏し目がちに目を逸らす。
「あっ会長、また圧政のこと思い出したわね」
それに気付いた恵は美咲の肩に手を置いた。
「今は未来を向いて、一人でも多くの生徒を手助けしよう。それが私達の贖罪よ」
美咲は恵の手に自分の手を重ねて頷いた。
「…私はいつも、あなたに励まされてばかり……。…情けないところを見せました。そうね恵、前を向かないと」
「うん、頑張ろう美咲。…じゃあ、見回り再開しましょうか」
「そうね、これも生徒会の大切な仕事だわ」
勇気は美咲達のやり取りに黙って頷き、三人は再び歩き出して近くの教室へ入る。
(美咲と恵は…支え合っている感じがする。なんだか、"あちら"の生徒会長と俺を思い出すな…。……美咲と恵はどんな出会い方をしたんだろう)
「…勇気、今私達の関係気になったでしょ」
「えっ…。す、凄いな恵、どうして分かったんだ?」
「気配と空気で分かるわその程度。まぁ記憶喪失だし、もう一回話すよ美咲との出会いくらい」
「良いのか、ええとじゃあ…お願いする」
「ん。って言っても、長くはないわね。…出会ったのは中2の頃かな。私、美咲に"拾われた"の」
「拾われ…た?」
「まぁ比喩だけど、間違いでもない。親が死んでね、その時期。…まぁ正直言って酷い親でさ、死んだのは自業自得なうえに厄介な問題を沢山置いていってくれたわ。それを助けてくれたのが美咲ってわけ、雨の中失意で立ち尽くしてたところに後ろから傘を差し出して…、危うく惚れるとこだった…や、ある意味では惚れたのかな。その時から、私は美咲の利き腕になるって決めたの。……大分端折ったけど、出会いはこんな感じね」
「へえ…会長は恵の恩人なんだな」
(こんなところまでよく似ている)
恵は懐かしむように頷く。
「うん、美咲が居なきゃ今の私は居ない。だから私は何があっても美咲の味方だし、その道を助ける。正義でも悪でも関係なく、隣に居る」
恵が暖かく美咲を見つめると、美咲はばつが悪そうに俯く。まるで「自分などそう言われる資格はない」とでも言いたげだ。
「…まだ両思いとはいかないらしいわね。──あ、忘れ物発見。…って、これうちの先生のじゃん」
「3-Fの担任?」
「そ、帰りに届けてあげましょ。まったくあの人も忘れ物が多いわね…」
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その後、見回りは問題なく終わった。勇気達は忘れ物を職員室に届けた後、生徒会室へ戻る。
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「あっ、おかえりなさい!」
生徒会室には既に真白達が居た。
「ただいま真白。早かったのね?」
「はい、ねえさま! 今日も鶴城ちゃんのてぎわが良くて、私たちついていくのがせいいっぱいでしたよ! さすが鶴城ちゃん! ありがとう鶴城ちゃん!」
真白はここぞと鶴城に抱きついて感謝を述べた。ついでに結愛も巻き込んで。
「ぉわッ! だーもう圧が強いなお姫サマは…!」
「ふふっ、だけど何だか暖かいよ鶴城…」
「不味いっ、結愛がお姫サマの波動に呑まれかけてるッ!? 結愛、気をしっかり持って、溶けちゃ駄目だ!」
真白達は賑やかに騒ぎ始める。
「……楽しそうで何よりね全く。──あれ、そういえば小百合達は?」
「見てないな、まだ見回りの途中だろ。少し待つか」
「──待って、それは変だ」
と、勇気の言葉に鶴城が疑問を投げた。
「冷静に考えたら、輝姉さんが私達より遅いなんてあり得ない。一人で十人分以上の成果を出す人だよ? ……私ちょっと見てくる!」
「あっ、鶴城ちゃん!?」
鶴城はするりと真白の腕を抜けて、足早に扉へ向かう。その瞬間。
───ゴンッ!─
不意に生徒会室の扉が開き、その前に居た鶴城は鮮やかに頭をぶつけた。
「いッ…!? ──扉に嫌われすぎでしょ、もうっ…!」
「ごっ、ごめん鶴城ちゃん! 大丈夫!?」
扉を開けたのは小百合だった、背後には輝も居る。
小百合は鶴城を案じて、その肩に手を置いた。
「今回はなんとか大丈夫…小百合センパイ非力だし。……って、小百合センパイなんか汗だくじゃない?」
「えっ、あー…ちょっと輝ちゃんに追い付くの大変で」
「その割に遅くなかった?」
鶴城は逆に小百合に詰め寄り、問いただす。
「う…、…ええと、あれだ、クラスメイト同士ちょっと話し込んじゃって」
「…は?」
ぴくりと、鶴城の指先が動く。勇気にはその理由が分かり一瞬身構えたが、鶴城は思い止まった。
「…へ、へぇ~……そうなんだ。仲良いんだね小百合センパイと輝姉さん」
「うん。元々は一方的にファンだったんだけど、でも授業中とかに話すようになってね。…まぁ授業中でしか話せないんだけど」
「なるほど、授業中…か。…そりゃ話せる訳だ……良いなぁ」
「あれ…、最近姉妹で話してないの?」
「えっ? あ、あぁいや、別にそういうわけじゃないんだ小百合センパイ。なんか嫉妬みたいになっちゃったねごめん」
鶴城は表情を隠すように顔を背けてソファに腰掛けた。
「……そう? なら良いんだけど…」
小百合はどこか納得いかない様子だが、追求はしなかった。
「──異常は…特に無かったようですね。では、皆さんお疲れさまでした。気を付けて帰ってください。解散」
「「はい」」
そして美咲の号令で、生徒会一同は帰宅を始める。
「あっ、輝姉さん! 今日一緒に帰れたりとかする?」
直後、鶴城が輝に尋ねた。
「えっ、あー…ごめん鶴城、ここ最近忙しくて」
「そっか…。ううん大丈夫、それじゃまたね」
輝に断られると、鶴城は巧妙に顔を見せず、生徒会室から立ち去った。
「あー輝せんぱい、いま鶴城ちゃんショックうけてましたよ。やっぱりさいきん、鶴城ちゃんとはなしてないんですね?」
「えっ…と……はい」
真白の問いに、輝はばつが悪そうに頷く。
「はなすっていうのはだいじですよ輝先輩、まぁいそがしいならしかたないですけど。いこうねえさま!」
真白は美咲と手を繋いで生徒会室を出ていった。
「あ、あの…私からもお願いします輝先輩、今日の鶴城…何だか寂しそうだったので」
「う、は、はい結愛さん。覚えておきます…」
輝は恐縮そうに頷いた。本人にも、どこか思う所があるらしい。
(…友人っていうのは、時にお節介なもんだな。……許せよ鶴城、俺はこれを止める気にはなれない)
「じゃあ、私たちも帰ろうか、義兄さん」
「ああ、結愛」
勇気と結愛も、肩を並べて生徒会室を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーー
帰り道、晩御飯の献立を相談しつつ二人は歩く。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「──でも驚いちゃったな、義兄さんが輝先輩と知り合いだったなんて。しかも結構仲良さそうだったし」
「あぁ…まぁ、知るわけないよな。輝ってやっぱりこの学校じゃ有名人なのか?」
「うん、それはもう。この学校で過ごしてたらどこかしらでなにかしらの噂は聞く筈だよ。100m2秒以下とか、テスト開始後1分以内に全回答して満点だとか、芸術関連全部で金賞とったとか」
「……無敵か?」
「無敵だよ、そもそも基礎がずば抜けてる。あと輝先輩のクラスは文化祭の時にひとつだけ企業ブースみたいになったとかそういう逸話もあるから、共同作業も完璧」
「凄まじいな…。っていうか結愛、随分詳しいんだな?」
「鶴城が同じクラスだからね。鶴城ってばすぐに輝先輩の話するんだよ、だから1-Cの生徒は大抵輝先輩にも詳しくなってるんだ」
「鶴城が? 生徒会で一緒に過ごしてる時は彼女の口から輝の話なんて聞いたことないけど…」
「そうなの!? …鶴城だよ?」
「ああ、鶴城だ」
「信じられない…あんなにお姉ちゃんっ子な鶴城が……?」
「……ま、彼女にも色々あるんだろ」
「そうかなぁ……」
(理由なら検討はつく。…俺が居るからだろうな)
ーーーーーーーーーーーーーーー
そのまま夕暮れ、二人は何事もなく帰宅する。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「「ただいまー」」
二人は声を揃えて誰も居ない家へ挨拶し、それぞれ鞄を置いた。
「さて晩御飯の支度…。あ、そうだ結愛」
勇気は台所に直行し、エプロンを取りながら結愛を呼ぶ。
「どうしたの?」
「夜中、ちょっと出掛けてくる。幽に相談事があるんだ」
「ゆ──…あー、そうなんだ……」
結愛は聞いた後考え込んで、その後勇気を見る。
「──ねえ義兄さん」
「なんだ?」
「それ…私も付いていっちゃ駄目かな?」
「えっ? …良いのか、結愛」
「うん。だって私、"日記"のことなんて何も知らなかった。…だから幽さんの話をもう一度聞きたい。何か大事なことを、見落としている気がして」
「…ありがとう結愛。なら、一緒に行こう」
・・・・・・・・・・・・・・・
───カチャッ─
日は暮れかけて、空も暗くなりつつある。勇気は玄関を閉め、鍵をかけた。
「…なんか新鮮かも、こんな時間に二人で出掛けるなんて」
結愛が星の瞬く空を見上げて呟いた。
──「あのー…非常に申し訳ないんですが、三人です……」
「えっ…」
聞こえた声へ向くと、宇宮輝が恐縮そうに立っていた。
「輝先輩!? どうして此所に…」
「ええと実は今日、星野先輩と一緒に幽さんの所へ行く予定だったんです。立場は"協力者"なので。でもまさか、結愛さんも一緒だとは……」
「そうだったんですか…。なんか…すみません輝先輩」
「い、いえいえ、勇気先輩に関することです。きっと結愛さんも同席した方が良い筈ですよ」
「…あー、じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
結愛と輝はなんともぎこちなく微笑み合う。
("気付いている"者同士、なんの探り合いをしてるんだか……)
「…じゃあ行こうか、二人とも」
・・・・・・・・・・・・・・・
暗く人気の少ない夜道で、三人は靴音を響かせる。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──そういえば、輝先輩」
「…なんですか?」
「先輩って、お義兄ちゃんに"助けられたことがある"って言ってましたけど…それいつの話ですか?」
「えっ…、ど、どうしてそんなことを?」
「お義兄ちゃんがこれまで何をしてきたか、私は殆ど知ってるつもりです。だけど…そこに輝先輩の名前は無くて。ちょっと気になってたんです」
「そ、そんなことが…。……ええと、覚えていないのも無理ありませんよ、ずっと昔の…取るに足らない出来事ですから」
「ずっと昔の…取るに足らない……? ──あっ!」
「えっ?」
「もしかして…ずっと子供の時に、お義兄ちゃんが飛んできたボールから守った女の子…!」
「えっ!!?」
「やった、当たりですね? 今と同じで凄く綺麗な桜色の髪だったから結構思い出し易かったですよ。それにあの時、鶴城も一緒でしたよね?」
「え、お、あ……はい」
輝は混乱したまま、観念したように頷いた。
「あれがきっかけでここまで手を貸してくれるなんて…「恩は返す」みたいな感じで格好良いですね!」
「う、い、いえそんな…」
輝は秘めた記憶を暴かれたからか狼狽える。対して結愛は一呼吸おいた後、輝を見つめる。
「……先輩、どうして鶴城に教えてあげないんですか。お義兄ちゃんと輝先輩の"縁"が何か、知りたがってたのに」
「それは…出来ません」
「…どうして?」
「言えない理由が…あるんです。結愛さんにも」
輝は自分の腕を掴んで、顔を逸らした。
「ごめんなさい結愛さん、この話はここまでに」
「……分かりました。でも、最後に一つだけ。鶴城はきっと、貴女が思っているよりも貴女を愛しています。だから、貴女が何も言わずに居なくなるのは辛いんです、絶対に。それだけは、覚えておいてください」
結愛は顔を逸らした輝に向けて、尚も真っ直ぐ視線を送る。彼女の言葉には強い熱が秘められており、確かな説得力があった。
(……結愛は、やはり自分と重ねているのかな)
「──……肝に、命じます」
輝は、ゆっくり頷いた。
「……フゥー、なんだかしんみりさせちゃいましたね、ごめんなさい。でも…なんだか安心しました、輝先輩も不器用なところがあるんだと思って。鶴城の話を聞いてると本当に完璧な人だと思ってましたから」
「……私も、少し安心しました。鶴城にあなたのような友達が居てくれて」
「友達…、そうですね、友達です。手放しに良いひととは言えないけど、いつも"誰かの為"と考えている。…クラスメイトとして、好きです」
結愛は思い出すように微笑んだ。そんな二人を横目に勇気は「人間、どこかで繋がっているものだ」なんてことを思いながら、歩いた。
・・・・・・・・・・・・・・・
道中。一行は学校の話などで盛り上がりつつ三途川幽の家まで歩き、そして到着する。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──いつ見ても凄い外観だな、この家は」
「うん義兄さん、廃墟みたいな風情があってかっこいいよね。あそこの壁とか好きだな」
「…住んでいる世界が違っても、やっぱり兄妹ですね」
「……複雑な気分だよ」
勇気は苦笑しながら扉に手を伸ばす。
「──来たな、星野」
と、勇気が玄関を開ける前に幽が扉をすり抜けてきた。
「ぅわっ!? …よ、よく分かったな?」
「幽霊は生者の気配に敏感なものじゃ、驚いてくれて何より。まぁ入ってくれ三人とも、長話の準備は出来とるから」
幽に招かれて、三人は扉を潜った。
・・・・・・・・・・・・・・・
幽の部屋は、以前来たときよりもいくらか片付いていた。既に死んでも人間である、来客ならもてなすものだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──さて…、どっちから話す?」
「義兄さん達が最初で良いよ。私は付いてきただけだし」
「分かった。…幽、"扉"の場所について輝が仮説を立ててくれたんだ。聞いてくれるか?」
「ああ、もちろん。約束したからのう」
・・・・・・・・・・・・・・・
勇気は、幽に輝の策を話した。平行世界が分岐したその場所を探せば、扉が見つかるかもしれない、と。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──なるほど良い策じゃ、やらん理由はないな。資料なら集めるし、足が必要なら言ってくれれば何所へでも連れていこう」
「ありがとう、幽。助かるよ」
「ああ、任せておけ」
幽は力強く頷いた。そしてその後、結愛へ向いた。
「…それで、正直言って私が気になってるのは結愛の方なんじゃが……ヌシ、今は"どっち"なんじゃ?」
問われた結愛は表情を強張らせて、慎重に言う。
「──"間"…です、今は」
「…ほう」
「どっちに立つかは、幽さんの言葉を聞いて決めます」
「……分かった、言ってくれ」
結愛はゆっくりと深呼吸して、それを言う。
「──お義兄ちゃんは、誰の為に居なくなったんですか?」
沈黙が走った。幽は目を閉じ、そして開ける。目前の少女に、真実を告げるのだ。
「…"星野結愛"、ヌシの為じゃ」
瞬間、結愛は緊張がほぐれたように息を漏らす。
「──じゃあお義兄ちゃんは、この世界の何かから離れたかった訳ではないんですね…?」
「そうじゃ。…あやつは、ずっとこの世界に居たかった筈じゃよ」
結愛の瞳が、涙で揺れる。
「──なんて酷い…勘違いをしてたんだろう……。私、お義兄ちゃんが望んだことなら受け入れようと思ってたんです。だけど違った…、お義兄ちゃんは間違ってた…! だって私の為なら、離れ離れなんてありえない…!」
結愛は、乱暴に涙を拭って勇気達へ向き直る。
「義兄さん、輝先輩、幽さん。今までごめんなさい!」
そして、深く頭を下げた。
「私…またお義兄ちゃんと会いたい! 会って話がしたい! …だから、私も協力させてください!」
勇気は考えもせず、頷いた。
「ああ、もちろんだ結愛。必ず会わせるさ、"星野勇気"に」
「ッ──はい!」
結愛は顔を上げ、笑顔で頷く。名実ともに、目の前の星野勇気へ向けて。
「それじゃあ早速、探してみるか? まだ月も登り始めたばかりじゃ」
「ああ、皆が良ければ」
「私は大丈夫です」
「私も大丈夫! 他でもない私自身の為ですから!」
「……全く、こんな人達を巻き込むとは勇気の奴も罪深いのう…」
勇気、結愛、輝、幽。四人は作業を始めた。
其々の、元の暮らしへ戻るために。




