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18 いつもと違いすぎる朝


「おにいちゃん、おにいちゃん……」


誰かが勇気を呼んでいる。それは勇気の声に馴染んだ声だった。


「……誰だ?」


勇気はうんざりしたように目を開ける。景色は見慣れた自分の部屋だが、そこには異質な存在があった。


「おにいちゃん、こっちだよ」


声の主は少女の様だがぼんやりとした靄の様で、顔も何もかも判別できない。


「夢…、また、夢か……。ごめんな、そっちには行けない」


勇気が言うと、靄は一気に霧散した。どこか寂しそうに見えたのはきっと気のせいだろう。勇気の意識はそのまま覚醒する。


・・・・・・・・・・・・・・・


「朝…だな。明らかに」


勇気は身を起こして、支度を始めた。その過程で、携帯に通知が届いていることに気が付く。


(届いたのは深夜か……。緊急だったら不味いな)


確認すると、メッセージは中藤美麗からだった。内容に緊急性は無く、簡潔だ。


『いつも朝練をやってる、暇なら来て』


勇気はほっと息をついて指を動かす。


(『分かった』…っと)


返信した後、勇気はリビングへ向かう。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「おはよう、結愛」


「おはよう、お義兄ちゃん。…今日も早いね」


お互い言葉も無く、二人でキッチンに立った。


「ふふっ、なんだか私お義兄ちゃんが料理する姿に慣れてきちゃった。おかしいはずなのに」


「…ごめん」


「なんで謝るの? お義兄ちゃんは悪くないよ」


「ここに居るのは俺だ、だから……って、今から料理しようってのにこんな話良くないか、味に出る」


「そうだよお義兄ちゃん、料理は楽しく! ね!」


結愛と二人、分担して料理をすることが日常になりつつある。勇気はその現状に恐れを抱いたが、普段より凝った朝食になるのが楽しいといった感情があったのも事実だ。


「あぁそうだ結愛」


「なに?」


「美麗から「朝練があるから来て」って言われてな。今日ちょっと早く出ようと思う」


「そっか、じゃあ急がないとね。…私もついてっていい?」


「ああ、もちろん」


ーーーーーーーーーーーーーーー


結愛と肩を並べて歩く通学路。これもまた、日常の一部になっていた。話す話題は料理の事と、音楽の事が多かった。勇気にとっては親しみのある話題だが、結愛が"星野勇気"との会話でこれを話題にするとは考え難く、勇気の疑問は口に出る。


「なぁ結愛」


「ん?」


「今の俺と、結愛が知ってる星野勇気。別人みたいだと思った事は無いのか?」


「…うん、あるよ。……ある」


「本当に別人なんだ。…と言って、信じてもらえるか?」


「…それは……、…ごめん、よく分かんないや」


「……そうか。でも、心の片隅には置いといてくれ」


(こんなこと言ったって、俺自身の気休めにしかならないだろうけど)


ーーーーーーーーーーーーーーー


それからは大きな問題も無く、二人は学校に着く。


「じゃあ、お義兄ちゃん、朝練頑張ってね!」


「結愛は来ないのか?」


「うん、練習をあんまり聞いちゃうと新鮮さが薄れちゃうし。私は私の部活に行ってくるよ」


「そうか。…って部活? どこか入ってたのか」


「あぁ言ってなかったっけ、演劇部だよ。普段はお義兄ちゃんと登校したいから朝練行かなかったけど、今日は行けるから」


「それは悪いことをしてたな、次からは登校早めるよ」


「えっ? いいよそんな、お義兄ちゃんの好きな時間で良いって」


「じゃあ結愛が朝練に間に合う時間が、俺の好きな時間だ。結衣も生徒だからな、協力するよ」


「でも…、それだとお義兄ちゃんが待ちぼうけしない? 軽音部に入るって訳でもないのに」


「生徒会にはたくさん仕事がある。心配しないでくれ」


「そっか…、じゃあ次からお言葉に甘えちゃうね。ありがとう、お義兄ちゃん!」


「ああ、行ってらっしゃい」


二人は別れ、勇気は軽音部室へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


軽音部室。


「よォ、副会長さん。早いじゃん」


部室に入ると、早速中藤美麗が挨拶を投げた。


「おはよう美麗。…美麗だけか?」


「いや…お前の後ろに……」


「えっ」


ふと声に振り返ると──


ーパァンッ!!ー


乾いた銃声が鳴り響く。拳銃の形をした、ただのクラッカーだ。


「ッ!! なんだ鶴城か……」


宇宮鶴城はいたずらっぽく笑いながらクラッカーを弄ぶ。


「驚いてくれたようで何よりです、副会長サマ」


「美麗、どうして鶴城がここに?」


「さぁな、何か居た」


「何だそれ……鶴城、余計なこと言ったりとかするなよ」


「仰せのままに副会長サマ。私もドロップキックが効いてるんだ」


「なら良い」


「まぁそんな話はさておき副会長、準備できてるな?」


「ああ、もちろん。……でも美麗、何をするんだ?」


「決まってんだろ、副会長の特訓」


「え?」


・・・・・・・・・・・・・・・


キーボードの前に立つ勇気を、美麗と鶴城の二人が囲んでいる。


「そこで一気に! もっと強く鳴らして良いぞ! 自分の怒りをぶつけていけ!!」


「い、怒り?」


「そう怒り! 人生気に食わないこととか沢山あるだろ? そこを全部ぶつけんだ!」


「こうか!?」


ー♪~!ー


「もっとッ!!」


ー♪~ッ!!ー


「限界までッ!!」


ー♪~ッ!!ー


「……そこが限界か?」


「多分…」


「副会長あんたまさか、怒りとか無い?」


「あるよ勿論、生徒の暴走を止められなかった時とか…」


「自分にかよ、優しいというか甘──って違う、それじゃ弱いな……。じゃあこうしよう、私が色んな感情を羅列するから、その感情をキーボードにぶつけてみるんだ、基本は今みたいに!」


勇気は構える。


「喜び!」

ー♪~ッ!!ー


「悲しみ!」

ー♪~ッ!!ー


「嫉妬!」

ー♪~!ー


「嫌悪!」

ー♪~!ー


「愛!」

ー♪♪~ッ!!!ー


「そう今の──えっ、愛!?」


「気持ち悪っ」


「鶴城」


「純粋に引くでしょ愛とか言われてテンション上がんの」


「良い演奏が出りゃなんでも歓迎だぜ。じゃあ副会長、"愛"を持って演奏するんだ! 例えば……あー、す、好きな人は誰だ!?」


ーコンコンッー


会話の途中、扉が叩かれた。


「…はい? どうぞー」


扉が開かれる、其処に居たのは中藤美麗の兄、中藤尊康だった。中藤尊康は手に持った包みを掲げて呆れたように言葉を紡ぐ。


「美麗、弁当届けに来たぞ」


「へっ? …あーそうじゃん! ごめん尊康兄さん、ありがとう!」


「お前親友んちに──ッ!?」


言葉の途中で、美麗が蹴りつけて止めた。


「──ッ、またお前ッ…、向こう脛を…!!」


「余計なこと言おうとしただろ今」


「おい…! 暴力は良くないぞ美麗」


「副会長は兄妹の問題にまで口出してこないでくださーい」


「そういわれると弱いけど…、向こう脛は…痛いだろ」


「あー、俺は大丈夫だ、副会長」


勇気の言葉を止めながら、尊康は立ち上がる。


「美麗は本当に信よ──ウッ!?」


そして、もう一度美麗に蹴られ、崩れ落ちる。


「フーッ…! 今それだけはこいつの前で言うんじゃねえ…ッ!」


「わ、分かったよ。でも良いのか誤解され──ああ待て悪かった! 構えるな蹴りを!!」


「…よろしい」


「ったく…、騒がしくして悪いな副会長」


「えっ? ああいや別に、俺は全然気にしてない。寧ろにぎやかで良いと思うぞ、その…尊康の向こう脛は心配だけど」


「…聞いた通り優しいな副会長は。妹を頼んだぜ、演奏楽しみにしてる。じゃあな美麗、頑張れよ!」


尊康は手を振って、部室から出た。


「……良い、お兄さんだな」


「分かる? 私もそう思う。…つか心音うるせえんだけど副会長、どうしたんだよ」


「え、あぁ…何でも無いんだ美麗、何も」


「そんなこと言える心拍数じゃねえけどな…? ま、何でもないなら良いけど。どうせならその感情も演奏にぶつけてみっか?」


そんな折り、再び部室の扉が開けられる。


「おっはよ-! おー、勇気さんと美麗もう居るじゃんー。もうちょっと早く来ればよかったなー」


「お、おはようございます…!」


「あぁ、勇気くん来てくれたんだ。いらっしゃい」


軽音部員の橘桜、相山梨乃、宮田茜が合流した。


「ああ、お邪魔してるよ軽音部長」


「茜ちゃんで良いよ勇気くん、同学年でしょ?」


「分かった、茜」


「あ、ちゃん付けはしない方向か…」


他愛ない会話を続けながら、軽音部は演奏の準備を終わらせる。


「よーしそれじゃ本格的に始めるか! 朝は短いけど、密度上げてくぞ!」


「「応ッ!!」」


ーーーーーーーーーーーーーーー


密度を上げる、というのは想像以上で。十数分後の軽音部員たちは息を切らしていた。


「はァ…は……、ちょっと休憩、水分補給してくる! 次全員揃ったら再開な!」


美麗が足早に部室を出る。続いて茜と梨乃も退室した。残った桜と鶴城が顔を見合わせる。


「鶴城ちゃん美麗に許されたんだー?」


「別に許されてはないですよ、すごく怒られました。──って今はやめてくださいよ石頭居るんですから」


「えー? 勇気さんなら大丈夫だよー」


「私が大丈夫じゃないんですって」


二人のやり取りを見ていた勇気が、ある種当然の疑問を投げる。


「鶴城は前から軽音部と交流があるのか?」


「そうだよー、何せ鶴城ちゃんと美麗ちゃんは親友だからねー」


「"だった"って言ってくれます?」


「もし過去形なら今日一緒にいないはずだよねー?」


「アーアー聞こえなーいでーす」


「まー、鶴城ちゃんがそういうスタンスなら良いけどさー。というか勇気さんは休憩行かなくて大丈夫なのー?」


「ああ、これくらいなら平気だ」


「あ、ほんとだねー? 汗一つかいてないやー」


「"緊急ライブ"の時も変にガッツ見せてたよね、…前からそんな体力バカだったっけ?」


「そうなのか?」


「んー、確かに勇気さんって運動苦手のイメージあったなー。休みの日とか四六時中ゲームやってるイメージだったしー……」


「…! じゃあどうだ、俺と"星野勇気"は別人って気付かないか?」


勇気がその話題を出すと、そこには静寂が訪れる。今までの空気がぷつりと途切れたように、それは紛れもなく"無"の時間だった。


(…これは変わらないんだな。まさか、俺が直接言わずに他人に考えてもらった方が気付いてくれるのか……?)


「……まぁよくわかんないけど、記憶喪失ってのも不思議なもんだね」


「そうだねー…、勇気さんの記憶ちゃんと戻るのかなー…」


その時、部室の扉が開く。茜と梨乃が帰ってきたらしい。


「た、ただいま戻りました…」


「…あれ、美麗はまだ?」


「うん、まだ戻って来てないよー」


桜の返答を聞くと、茜は首をかしげる。


「…おかしいね、それ。美麗が最後なんていつぶり?」


「記憶の中じゃ初めてだねー」


「そうだよね? でも水分補給に事故なんか無いだろうし…」


「私見て来ますよ、美麗が行く場所なら知ってます」


鶴城が焦り気味に部室の扉に手をかける。丁度その時。


──ーバンッ!!ー


扉が勢いよく開けられた。それが鶴城に直撃したのは言うまでもない。


「──ッなんっでこのドア内開きかなぁ…ッ!!」


「ごっ、ごめん鶴城! 大丈夫か!?」


「大丈夫だけどぉ…ッ! っ、美麗はどうしたのそんなに慌てて」


「そ、そうだ副会長! 大変なんだ!!」


「え、俺?」


美麗は青ざめた顔をしながら息を呑み、言葉を続ける。


()()()()()()()()()()()()…!!」


その場に居る全員が、意味を飲み込めずにいた。辛うじて、勇気が乾いた喉で言葉を絞り出す。


「……何所に?」


「"演劇部"だ…! 誤解だと不味いからよく聞いてたんだけど、あれは間違いない!」


美麗の報告を聞いた瞬間、軽音部からは二人が飛び出した。


「ちょ、勇気くん!? 梨乃!?」


「助けに行く! 結愛は"星野勇気"の義妹なんだ!」

「助けに行きます! 結愛ちゃんは大切な友達なんです!」






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