外伝 中藤美麗の親友
「ゥオラアアァァァーッ!!」
親友の筈だった少女にドロップキックを放つ。背後の男が何か言ってるが、私は怒りと訳の分からないやるせなさにまみれていて、誰かの言葉が届くような状態じゃなかった。
ードカッ!ー
ドロップキックは直撃した。別にこいつに同情はしないし、心配もねえ。この裏切り者"宇宮鶴城"はそんなにやわではないから私の蹴りを食らったところで怪我ひとつしない。もし痛がっていても全て演技だ、そういうやつなんだ、私は知ってる。だってこいつは私の──
──違う、裏切り者って言っただろ。
そうやって、今までの思い出を断ち切るように再び拳を握りしめる。最後に全力で殴ってやる。それでこの関係も終わりだ、鶴城。
ーバシッ!ー
…放った拳は届かなかった。どこの誰だ私の邪魔をするやつは!
「生徒同士の暴力沙汰は看過しないぞ、美麗」
星野勇気……、生徒会の中で一番マシなやつだ。こいつは圧政の関係者じゃないし、その上今回の騒動を収めてくれた、だから信用してる。でも、今は邪魔をするんじゃねえッ!
「退けよ副会長! もう照れ隠しなんて関係なくそいつをぶん殴らねえといけないんだ」
私は副会長に受け止められた拳を引き戻そうとするが、拳はがっしりと掴まれていて動かせない。なんだよこいつ、私だって身体は鍛えてる、それなのに手枷みてえに固定してやがる!
「無理だ、暴力はエスカレートする。副会長として、俺は止めなきゃならない。下がってくれ、美麗」
「…ッ、畜生!!」
なんだか面倒になって、乱暴に手を振りほどいた。心はムカついたままだ、これ以上此所に居たら死んじまう。
「皆、後片付けしよう」
そうは言ったけど、皆の顔は見れなかった。今は目の前の作業に集中して、この感情をどうにかしたかったんだ。
「会長、一度皆と生徒会室に戻っていてくれないか? 今の鶴城と美麗は引き離しておいた方が良いと思う。俺は後片付けを手伝ってから後で行くよ」
後ろから、副会長の声が聞こえた。小声だったけど、私には聞こえる。……余計なお世話だ。でも、ありがたいとも思った。
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後片付けが終わり、軽音部は各々、自分の鞄を持って学校の正門に来ていた。
「じゃあまた明日な、皆」
「うん、美麗も気を付けてねー」
「…お、お疲れさまでした!」
「あんまり根を詰めないようにね、美麗」
「わかってるよ茜姉さん、さよなら」
ひらひらと手を振って、その場を離れた。愛想は良くなかっただろうけど、皆は変わらず接してくれる。私にはそれがありがたかった。…ああもう、そんなのばっかだな。子供の自分が嫌になる。
私は皆と反対方向の道で、学校からもちょっと遠い。だから今日の帰り道は一人だ。……前までは鶴城と一緒だった、それも徒歩で。自転車あるんだから使えば良かったのに、そうしなかった。何故なのかは考えなくても分かる。
「……一緒に居るのが楽しかったから」
ぼそり、誰もいない道で誰にも聞こえないように呟いた。私自身びっくりした、声なんて出すつもりなかったから。それほど鶴城のことを大切に思っていた自分が信じられなかったし、今の鶴城を思ってやたらと腹が立った。
快適な帰路とは言えない。最近はずっとそうだ。
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「ただいま」
扉をぶっきらぼうに開けて、挨拶を投げた。その声は自分が思っているより不機嫌で、少し申し訳なく思った。
「おーおかえり、お疲れ。飯は出来てるぜ」
尊康兄さんが言葉を返してくれた。リビングに入ると、兄さんは食卓に料理を並べ始めた。さっきまで筋トレをしていたのか汗だくだ。…相変わらず、筋肉が似合うひとだなと思う。
「父さんと母さんは?」
「部屋に居る。仕事じゃねえかな? 飯は後で食べるってさ」
「あっそ。…わ、美味しそう」
適当なところに荷物を置いてから、料理を覗き込んで呟いた。料理は兄さんが作ってくれている。なんでも、強靭な肉体は食事から始まるらしい。理由はなんでも良いけど、美味しいから好きだ。
「旨いぜ、今日のは自信作だ」
・・・・・・・・・・・・・・・
「ごちそうさまでした」
おいしかった。兄さんには感謝しないとだな、ほんとに。
その後は自分の使った食器を片付けて、二階にある自室へ戻る。今日は大変な一日だった。劇場での練習は楽しかったし、鶴城にはイラついた。
─ぼすっ─
ベッドに身を投げる。すると自然にため息が出た。どうにも今はリラックスできる状態ではないらしい。正体不明の…いや、原因は鶴城なんだろうけど、とにかくもやもやする。
「…駄目だ、風呂入ろ」
ばっと立ち上がって部屋から出た。
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どうしても何か引っかかる。忘れたくても鶴城のことを考えてしまう。なんなんだよおい、私はあいつに依存してたのか? 人のこと笑えねえな。
ーカサッー
「……ん?」
服を脱いでる途中、なにか変な音が聞こえた。ポケットを探ると、折り畳まれた紙切れが見つかる。…まさかあの時、どさくさに紛れて……
ゆっくり紙切れを広げていく。これを渡したのは鶴城だ、そう確信したとき手が止まる。ここに書いてある言葉が良いものとは限らないから。
こんな伝え方をする理由……。もしこの手紙を書いたのが私の知ってる鶴城だったとしたら、今までのは考えがあった上での行動ってことだ。そう信じるなら…、ここに書かれている言葉には見当が付く。
(昔の鶴城なら、きっとこう書く──)
違っていたら、鶴城はもう私の親友じゃなかったってことになる。意を決して手紙を開いた。
『ごめんね』
それは乱雑で、殴り書きの言葉だった。他には何も書いてなくて、ただそれだけ。それだけだったけど、十分だった。
「……なんだよ」
涙が出てきた、きっとひどい顔をしてる。
「…鶴城のやつ……! 一言言えってんだ!!」
脱ぎかけた服を着直して、全速で玄関に向かった。
「兄さん! ちょっと出かけてくる!!」
「は!? この時間に!?」
「うるせえ! "親友"と話してこなきゃならねえんだ!!」
乱暴に扉を開けて、家を飛び出した。
鶴城め、覚悟しとけ。
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ードン! ドン!ー
部屋の窓を叩く。絵面最悪だけど知ったことかよ。
暫くして、カーテンが開けられた。鶴城は驚いた顔をした後、どこか観念したような表情で窓を開けた。
「確かに、石頭が居ない所じゃ殴り放題だね。あーあー、死んだかな私」
「お前、勘違いしてんだろ」
「は──」
勢いに任せて胸ぐらを掴み、ベッドに押し倒した。このままキスでもしてやろうかと思ったけど、それは流石に気の迷いだ。
「ちょ、何してんの?」
鶴城は本気で戸惑っているみたいだ、もちろんそれが狙いだったんだけど。
「そうだ、その顔だよ私が知ってんのは。変に下衆顔を作りやがって」
「……気付いてたんだ」
「なに言ってんだ、鶴城が渡してくれた紙切れのおかげだ。私は……鶴城を信じきれてなかった」
「あーまじか……、余計なことしたな。一言だけならバレないと思ってたんだけど」
「そりゃ舐めすぎだぜ。お前人を騙し通すの下手だろ、根が良いから当然だろうけど」
「私が良い人ぉ? 試験内容の偽物売ってたような奴なんだけど」
「あれは情報共有の暗号だろ、そんで対生徒会用の寄付金集め。見付かったときは自分のせいにしてもらおうって魂胆だよな」
「…ほんと凄いね、美麗は」
「で、それも含めて何で私に言ってくれなかったんだよ?」
「巻き込みたくなかったんだ。結構な賭けだったし」
「…鶴城らしいな。でももういいだろ、今の考えを教えてくれ。もちろん嘘は無しだ」
「……分かったよ。大体終わっちゃったから話すことあんまり無いけど」
「別に良いよ、事後報告でも。…あ、今日泊まってくぞ」
「え? 話すことあんまり無いって言った──」
「良いだろ別に、着替えは鶴城の借りるし」
「それはご自由にだけど、寝るとこは用意出来ないよ?」
「ここがあるだろ」
「…このベッド、シングルだけど」
「嫌か?」
「嫌…じゃないね、考えてみると」
「だろ? ……なぁ鶴城」
「なに?」
「ごめんな、酷いこと言って」
「……こっちの台詞」