16話
ここから前線基地編です
惑星間輸送艦「レヴァイアサン級」の巨大な船殻が、惑星V-084の重力圏に捕らえられた。
鈍色の大気圏へ突入した瞬間、船倉を激しい振動が襲う。船体が摩擦熱で悲鳴を上げ、断熱材が焼ける特有の異臭が換気ダクトから漏れ出してきた。カズキたち14名は、半年間慣れ親しんだ訓練時の呼称「109小隊」としての連帯感を胸に、唯一の相棒であるエネルギー・ライフル「XM-22」を抱え、座席に固定された肉体を軋ませながら衝撃に耐えていた。
カズキの網膜には、脳内デバイス「リンカー」が外部の数値を無機質に投影し続けている。慣性中和装置が限界まで唸りを上げ、血の気が引くような重力加速度(G)が彼らを椅子に押し付ける。訓練施設でのシミュレーターとは比較にならない、本物の惑星が持つ質量の暴力だった。
だが、その絶望的な衝撃の最中、艦内に流れたのは、あまりに場違いで「やる気のない」着陸放送だった。
「……まもなく、V-084前線基地に到着します。降機後は速やかに現地の補給担当へ報告してください。なお、現在、敵対勢力による散発的な砲撃が予測されていますが、軌道計算上、基地への直撃弾は過去三週間確認されていません。各自、適当に警戒してください」
ノイズ混じりの、事務的な声。
これから死地へ降り立とうとする兵士たちを鼓舞する気概など微塵もなく、ただ「決まり切ったルーチン」をこなしているだけの声。その響きに、カズキは胃の奥に冷たい違和感を覚えた。生存率12パーセントの地獄を潜り抜け、自分たちこそが選りすぐりの精鋭だと自負していた109小隊の矜持を、一瞬で踏みにじるような軽薄さだった。
ドォォォォォォォン。
凄まじい逆噴射の衝撃と共に、レヴァイアサン級はその巨躯をV-084の湿った大地に叩きつけた。着陸と同時に船内の照明が頼りなく明滅し、プシュッという高圧蒸気の排気音が響く。重厚な装甲タラップがゆっくりと展開され、地面を叩いた。
ハッチから最初の一歩を踏み出したカズキを待っていたのは、腐りかけた巨大な原生林が放つ濃厚な湿気と、高出力エネルギーが焦げ付いた鼻を突く異臭だった。数千台もの重機が同時にアイドリングを続けているような、腹の底を揺さぶる重低音。
「……ここが、V-084か」
カズキの視界は、瞬時に情報過多に陥った。
目の前に広がるのは、基地というよりは巨大な工事現場だった。見上げるほど巨大なクレーンが空を遮り、泥にまみれたコンテナが迷路のように積み上げられている。その間を、カズキの身長ほどもある巨大なタイヤを備えた搬送車両が、歩兵を路傍の石のように扱いながら走り抜けていく。
カズキたちは各自がXM-22を胸に抱え、109小隊としての完璧な散開隊形でタラップを降りる。角を曲がるたびに銃口を向け、死角を消す動き。だが、その隙のない機動は、この基地を支配する気怠い空気の中で、ひどく場違いに見えた。
「独立混成第214班! 整列せよ」
検問所の剥き出しのコンクリートの上に立つ先任将校、ブラッドレー少佐が叫んだ。カズキは一瞬、自分たちのことだと気づかなかった。
「……元第109小隊、隊番号188番、成瀬カズキ以下14名、着任しました!」
カズキはあえて訓練時の小隊名を口にし、鋭い敬礼を送った。自分たちが積み上げてきた「109」というアイデンティティを誇示するように。だが、少佐は鼻で笑い、手元のデータパッドを指先で弾いた。
「109だと? そんな番号は訓練施設の中に置いてこい。ここでは貴様らは単なる『独立混成第214班』だ。……あるいは、本国でそう呼ばれているように『アウター(規格外)』と呼んだほうが通りがいいか」
その言葉に、104番の眉がぴくりと動く。
半年間、死線を共にしてきた「109」という名は、軍のデータベース上で無機質な「214」という新しいラベルに貼り替えられていた。自分たちは精鋭などではなく、ただ処理を待つだけの「規格外の在庫」に過ぎないのだと、ブラッドレーの冷ややかな虚無を湛えた瞳が告げていた。
「少佐、我々214班の任務を。敵の配置と詳細なブリーフィングを要求します」
カズキは屈辱を押し殺し、新しい部隊名を受け入れて問い直した。
「戦況だと? そんなものはない。あるのは膠着だ。敵の人型どもも、あっち側の巨人どもも、今は配給の酒でも飲んでいるだろう。定時になったら数発撃ち合い、報告書を埋めて、今日が終わる。それがこの惑星のルールだ」
ブラッドレー少佐は、背後の広大な基地を顎で示した。
そこには、全長15メートルを超える「巨人族」の兵士たちが、だるそうに巨大なライフルを杖にして座り込んでいた。一歩進むごとに地面を物理的に揺らす巨躯を持ちながら、彼らの瞳には闘志など微塵もなく、ただ終わりの見えない事務作業に飽き果てた退屈だけがあった。
「最新の軍備が必要なら、あっちの補給ドックへ行け。一度も火を噴かずに型落ちになる最新兵器が山積みだ。使い方は適当にマニュアルでも読め」
少佐はそれだけ言うと、背を向けて去っていった。
「……なぁ、188番。これがあの外縁戦域なのか?」
104番が、横を通り過ぎる多脚の機械生命体や、重力制御で浮遊する異星人の姿に圧倒されながら、震える声で言った。
自分たちが砂粒のように小さく感じられる圧倒的な物量。訓練施設での地獄は、この虚無の前では、あまりにささやかな箱庭の出来事に思えた。
「移動する。居住区はCブロック、第4コンテナハウスだ。名前が214に変わろうが、俺たちがやることは変わらない」
カズキの号令を受け、14名は居住区へと足を進めた。
途中、巨大な巨人族用の整備ドックの脇を通り抜ける。そこでは、巨人が最新式のエネルギーパックを、まるで使い捨ての小石を弄ぶかのように指先で弾いていた。その巨大なライフルの銃口は、整備もされずに錆びついている。
割り当てられたコンテナハウスに入ると、104番がベッドに深く腰を下ろした。
「……なぁ、カズキ。外にいた連中、本当に戦ってるのか? 109の頃の方が、まだ緊張感があったぜ」
「ああ。戦闘が形骸化してるんだ。敵も味方も、ただそこに立って、資材を浪費することが仕事だと思ってる。放送でも言っていた。基地に弾が当たっていない、とな」
カズキは窓の外を凝視した。夕闇に沈む原生林。その遥か彼方の空で、散発的なエネルギー反応が夜空を紫色に焦がしている。それは敵を倒すためではなく、ただ自分たちの存在を中央管制へ誇示するための、アリバイ作りにしか見えなかった。
最新の軍備、未知の宇宙人、やる気のない巨人。
カズキは、脳内デバイス「リンカー」を起動した。視界に流れるノイズ。訓練施設ではエラーとして処理されていたその違和感が、この混沌とした基地の空気に触れた瞬間、リンカーの深層部で熱を帯びて脈打ち始めた。
かつての大戦。そこには、純粋な、剥き出しの闘争があった。
そして今、カズキの目の前にあるのは、生命の価値さえも事務手続きの中に埋没してしまった、巨大なシステムの残骸だ。
カズキは、自分のXM-22を丁寧にベッドの脇に置いた。
「俺たちは、ここで自分たちのやり方を見つけるしかない。軍のガイドラインでも、上官の怠慢でもない、俺たちの戦い方をな」
104番が顔を上げ、カズキの瞳に宿る静かな熱に気付いた。
本国から「アウター」として放り出された、独立混成第214班。
しかし、この形骸化した戦場こそが、彼らにとっての本当の産声の場となることを、まだ誰も知らなかった。
カズキは、首裏のリンカー端子に指を触れた。
脳の奥で、誰かの叫び声が、微かに響いたような気がした。




