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12話

「――第109小隊、Bエリア制圧。目標到達時間、規定より180秒遅延。評価:効率性低下」


 訓練場のスピーカーから流れる無機質な声が、耳障りに響く。

 成瀬カズキは、熱を持ったライフルの銃身を下げ、荒い呼吸を整えた。先ほど、仮想敵の跳弾がカズキの左肩を浅く切り裂いたが、再生治療によって数分で塞がっている。肉体に「痛み」はない。どれほど激しい運動をしても、数分後には心拍数さえも軍の規定値へと強制的に引き戻される。


 だが、網膜にこびりつく呪いだけは、この3ヶ月間、一分一秒たりとも消えることはなかった。


『エラー《――状態:同期失敗。プロトコル不一致。》』


 視界には、中央制御シンカーが提示する青白いガイドラインが、ノイズ混じりに重なっている。

 システムはカズキに対し、遮蔽物のない平地を最短距離で突撃し、数名の被弾を前提とした「効率的な制圧」を命じ続けていた。だが、カズキはその光の指示を意図的に無視し、13名の仲間と共に、岩陰や残骸を縫うような低速で慎重な進軍を選択した。


「……また遅れたな、188番。非効率だ。お前たちのせいで全体のスコアが落ちる」


 隣のレーンで、昨日の演習で腹部を貫通され、今朝「個体再調整」から戻ってきたばかりの兵士が、感情の欠落した声で言った。

 彼は第二世代のクローンだ。脳内に直接制御機能が埋め込まれた「統合型」の彼は、網膜のガイドと寸分違わぬ精度で動き、最短時間で目標を撃ち抜いていく。


 彼ら統合型にとって、訓練中の負傷や機能停止は「不具合」に過ぎない。壊れれば、また数時間後に新しい個体として、昨日と同じ設定で戻ってくればいい。


「……ああ、そうだな。だが、俺たちの分隊は、この3ヶ月間、一人も『再調整』を受けていない」


 カズキは、自分の首裏に埋まったリンカーの端子をなぞった。

 この3ヶ月間、実弾飛び交う過酷な演習の中で、14名は一度も致命傷を負わず、一度も「別の個体」に置き換わることを許さなかった。

 治療ポッドで傷を塞ぐたび、彼らはそれがスペアへの交換ではなく、この自分の修復であることを確認し、安堵し、そして再び戦場へ戻る。


 その執着こそが、軍の評価では「鈍重」とされる、彼ら独自の生存戦術を生んでいた。


 訓練後のメンテナンスルーム。

 14名は、並んで再生液の満ちたカプセルに身を浸していた。

 周囲の第二世代たちは、脳内の制御機能を通じて流し込まれるパッチによって強制的に深い眠りに落ち、ただの肉塊として機能を回復させている。生理的に眠りが必要だから眠っているにすぎない彼らの瞳は閉じている今もシステムの海を漂う空虚なものだ。


 だが、カズキたち14名だけは、パッチによる「強制的な安らぎ」を拒絶したまま、泥臭い沈黙を共有していた。


「……188番さん。さっきの銃撃、左肩を掠めましたね。大丈夫ですか」


 082番が、カプセルの透明な壁越しに問いかけた。

「……ああ。再生治療で跡も残っていない。だが……」

 カズキは、治療が終わったばかりの肩を動かした。痛みはない。だが、皮膚の下をナノマシンが這い回り、無理やり細胞を繋ぎ合わせた「不自然な違和感」が、あの嵐の日の記憶を呼び覚ます。


「……ガイドは『左肩の被弾を許容してでも右側の敵を撃て』と言っていた。でも、俺は避けた。……あいつら統合型には、この『違和感』すら残らない。壊れたら換えればいいと思っているからな」


 14名は、言葉以上に、この3ヶ月間の実戦で培った「動き」で語り合っていた。

 ガイドラインの青い光を、命令としてではなく「敵の予測データ」として利用しながら、お互いの死角を補い合う。中央制御を通さない、第一世代特有のリンカーが生み出す、不揃いで執拗な連携。


 それは、軍の規律を内側から食い破る、未知の戦術体系へと進化しつつあった。

 彼らにとって、首裏のリンカーはもはや「支配の道具」ではない。

 同じエラーを共有し、同じ「死への恐怖」を抱えた仲間と繋がるための、唯一の「命綱」へと変質していたのだ。


 管理官ガミラスは、高台のモニター群を眺めながら、手元のデータを精査していた。

 画面には、カズキたちの分隊が過去3ヶ月、一度も個体交換が行われていないことを示す、全軍で唯一のログが強調されている。


「興味深い。脳内統合された第二世代以降は同期率100%を維持し、駒として完璧に機能している。だが、この14名だけは依然として『エラー』を吐き続けながら……損耗率はゼロだ」


 オペレーターが補足する。

「はい。他の分隊は、効率を優先して平均4.2回の個体交換を行っています。対して、188番の分隊は、弾薬の消費を抑え、地形を最大限に利用して『被弾そのもの』を回避しています。これはもはや、クローン兵というよりは……」


「……『生存することに特化した、老獪な兵士』のようだな」


 ガミラスは、モニター越しにカズキの瞳を見た。

 かつてのカズキは、ガイドラインを追うことに必死なだけの「不適合品」だった。だが、今のカズキは、ガイドラインを逆手に取り、自分の意志で戦場を支配しようとしている。


 そして、その「毒」は着実に他の13名にも回っている。

 彼らは再生治療を繰り返しながらも、自らの肉体を一度も捨てなかった。その執念が、皮肉にも「交換不可能な価値」をその身に宿し始めていた。


「脳内統合されたスペア(部品)には、この芸当はできまい。……このエラーが、軍の『最適解』を凌駕する瞬間を見てみたいものだ」


 ガミラスの指が、コンソールを叩く。

「半年後の最終評価……演習の内容を『実弾・無制限』に引き上げろ。ターゲットの難易度を最大に。彼らがどこまでその命に執着し、システムを出し抜いてみせるか。極限まで試させてもらう」


 その決定を知る由もないカズキは、網膜に浮かぶ『エラー《――状態:同期失敗。プロトコル不一致。》』を睨みつけながら、拳を固く握りしめた。


 痛みはない。肉体は完璧に修復されている。

 だが、胸の奥で激しく打ち鳴らされる鼓動の速さだけが、自分がまだ、システムの一部として溶けて消えたわけではないことを証明していた。

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