40話 お茶してやるよ下位互換
今日も今日とて、生け垣の向こうで鉄の棒を振るミナリスのやかましい声を聞き流しながら、アルーシャはガーデンテーブルでお茶を楽しむ。
天気も良いし、せっかくなら昼間からのんびり酒を楽しみたかったが、控えている侍女と警護の長兄に酒瓶を取り上げられるのは間違いないので諦めた。
そう。警護の長兄である。
ヴァイツァーお兄様である。
何でムチムチ女騎士じゃなくてムキムキゴリラ騎士のお前なんじゃ、と声を大にしていいたい。
というか、数日前に言った。
他の側室たちはそれぞれ数人の女性騎士を連れ歩き、少し寂しげだった後宮内は再び華やかな雰囲気となった。
中庭へ出ると、女性騎士を連れた側室たちが、「あら○○様の騎士の方、すらりとして素敵ね」「○○様の騎士の方も、とてもお綺麗な方で素敵だわ」なんて会話をして、側室も女性騎士も侍女も、それはもうニコニコで良い雰囲気なのだ。
そこに通りかかる私。
連れて歩くは壁みたいなデカくて分厚い体のゴリラ騎士お兄ちゃん。
当然その場は静まり返ります。
クアラス家らしく顔は良いので、側室や侍女たちは頬を染めるが、女騎士達の顔色は芳しくない。
そりゃぁ、自分達が尊敬し自慢していた実力者のアンバーが護衛に失敗した相手が、自分達から護衛を選ばず更なる実力者であり実兄でもある騎士を伴って姿を見せたのだ。
しかも、キャッキャウフフな浮かれた雰囲気で会話しているタイミング。気まずくもなるだろう。
できれば自分もその空間でキャッキャウフフしたいのだが、この兄がいる限りそれは無理だった。
長兄が非番の日は別の騎士が来てくれるが、そちらも第1騎士団のゴリゴリマッチョな老巧騎士だった。
何故アルーシャだけが第6騎士団ではなく長兄を初めとする第1騎士団員を護衛にしているのか。
聞けば、実家と王家の話し合いの結果らしい。
第6騎士団屈指の実力を持つアンバーが護衛に失敗したのに、それより実力が劣る者を護衛にするのか。アンバー降格の切っ掛けと言っても良いアルーシャを、その部下だった者たちは本当にしっかり守れるのか。
誘拐当時は、近衛騎士が警護していたのに、まんまと大事な娘を攫われたではないか。
後宮内の隠し通路の情報が出ていながら、今後どうやって身を守るというのか。
という苦情があり、ならば精鋭の第1騎士団を警備につけ、更にアルーシャの実兄であるヴァイツァーを担当の護衛にしようという結論に至ったらしい。
兄妹なら、寝室で警護して問題はないから、と。
おかげさまで、寝酒が飲みにくいったらありゃしない。
しかも長兄はアルーシャが誘拐された時随分心配していたらしく、ここ数年収まっていたすぐに抱きしめてくる癖が蘇えりやがりあそばした。
仕事中は大丈夫だが、次の騎士と交代する時とか、アルーシャが寝る時とか、必ず一回ムギュッって抱きしめてくる。
年が離れた可愛い末っ子の妹が誘拐された後なので、気持ちはわかなくないのだが、何分仕事終わりだから臭っせぇんだわ。
お兄ちゃんマジ汗くっさいんだわ。
本当やめてほしい。
移り香が気になって、お兄ちゃんの腕の中で毎回ドキドキしちゃってるよ。
そうは言っても、信頼できる家族が守ってくれているのが有り難い事には変わりはない。
でも、不寝番の殆どを長兄がするのは負担が大きいので、第1騎士団に所属する女性騎士が後からやってくる事になっている。今は遠征中なので到着まで半月はかかるらしい。
もっと酒が飲みにくくなるから、前の警備体制に戻してくれませんかね?
視界の端にムサ苦しいオプションはついたが、すっかりと平和を取り戻した日常に、アルーシャは少しだけ口寂しいのを我慢して残りのお茶を飲み干す。
今日は午後から中庭で側室たちとのお茶会があるので、今から飲みすぎては頻繁に中座するはめになる。
一応来週後宮から出る第2側室ツァルニ様の送別会も兼ねているので、何度も席を立つのは申し訳ない。
本来ならもう少し早く後宮から出る予定だったが、コパルの件があって数週間だけ予定が伸びてしまったのだ。
しかし、後宮に戻ってから、ツァルニは噂に影響されてか廊下で遭遇しても目を合わせないどころか顔を背けられる。
最初、噂の滅茶苦茶さを思い出して笑っているのかと思ったが、よく見ればその表情は険しかった。
もしやこちらの事を、噂通りの野蛮人とでも思っているのだろうか。
数回廊下で遭遇してからは、完全に避けられているようで、後宮内を歩いていても殆ど顔を合わせることが無くなった。
噂が事実だったとしても、後宮で側室に襲い掛かったりしない程度の分別はあるんですがね。
直接被害があったわけでもないのに、変な女だと思ったが、それならそれでツァルニが後宮を去るまでの付き合いになるだけだ。
今日のお茶会はウルーリヤとノーラが主催で、最初はそれぞれツァルニへのお別れの品を用意してほしいと言われていた。
が、ツァルニのアルーシャへの態度を教えたところ、2人は驚き、贈り物は全員で一つの物を贈る事にしてくれた。
物は、第5側室キュリアの実家が数日前に東方大陸から仕入れたばかりという、透かし彫刻が美しい木製の小箱だ。
他の側室たちからの共同の贈り物なので、反射的に突っ返されたり捨てられる事はないだろう。
適当にお茶を飲んで、ツァルニの態度次第では早々に退散してやろうと大人対応を考えながら、アルーシャは約束の時間に中庭へ向かった。
今日も後ろにお兄ちゃんを連れてきたアルーシャに、他の側室たちは頬を染めて喜び、侍女たちもほんのりと表情を和らげる。
それぞれの護衛の女性騎士は、半分は少し表情を硬くし、もう半分は感情を表に出さずにいた。
「アルーシャ様が来たから、あとはツァルニ様とミナリス様だけね。ねえノーラ様、遅刻の連絡はなかったわよね?」
「ええ。……ところでウルーリヤ様、いくら皆さんで集まるのが久しぶりとはいえ、もう少し落ち着いてはどうかしら?まだ約束の時間には早いのだし」
「ノーラ様、ウルーリヤ様だけじゃなくて、私も待ち遠しくてソワソワしてますよ!それと、ミナリス様は、近頃は体を鍛えると言ってよく運動されているそうだから、準備に時間がかかるかもしれません」
他の側室たちの話を聞きながら、主賓のツァルニが来る前に到着すれば良いが……と考えていると、当のミナリスはツァルニとほぼ同時に中庭へ到着した。
心なしか以前より自信が窺える顔になったミナリスといるせいか、ツァルニは笑みを浮かべてはいるが何処か元気がなく見える。
和やかにお茶会を始めても、やはり挨拶以降は視線を合わせないツァルニに、アルーシャはメインのプレゼントとお菓子が終わったら部屋に戻ろうと決める。
状況次第では早退することはウルーリヤとノーラに話しているので、その後も上手く場を取り成してくれるだろう。
「この2年、色々ありましたけれど、最近まではとても穏やかに過ごせましたわ」
「この数か月は騒動が起きすぎだったもの、仕方ないわ」
「ええ。始めの頃は、先の側室騒ぎのような事になるのではと怯えておりましたけれど、いざ後宮に入ればとても平和でしたの。殿下のお渡りを頂けず、側室としての務めを果たせなかった事だけが、心残りですわ」
「それは私たちも今後の心配事なのよね。王子の後宮だっていうのに、顔を見たのが昼間に2回だけなんだもの。私1年くらいこの後宮にいるっていうのに……」
「そう……ですね。私も、王妃様のお茶会で一度お目にかかれた時と、幽霊騒ぎで励ましていただけたときだけ。私たち全員が殿下に会った時間を合わせても、1時間にもなりませんわよね……あら、ですが、アルーシャ様だけは、殿下とお出かけなさってましたわね。その後暫く後宮をお留守にされていましたけれど」
「ツァルニ様、そのお話は……」」
「あら、ウルーリヤ様、何を焦っていらっしゃるの?アルーシャ様は無事後宮に戻られたのですから、そのような反応をされては後ろめたい事があるのかと思われてしまいますわ?ねえ、アルーシャ様?メリッサ様のお見舞いに行かれた時、殿下とはお話しできまして?殿下は後宮についてお話しなさいました?」
誘拐事件の事もあって、メリッサのお見舞いについてアルーシャに聞くのは皆避けていたというのに、ツァルニは最後だからか普通に聞いてきた。
普通の令嬢なら芋づる式に恐い記憶が蘇り、怯えるか泣きだしていただろう。
後宮に帰ってきてからも、ツァルニの態度の件で顔を合わせていたウルーリヤとノーラは平然としているアルーシャを知っているが、誘拐されたのは事実なので話題にはしなかった。
だが、そこまで頻繁に顔を合わせていたわけではないキュリアとミナリスは、とんでもない質問が出たという顔でツァルニとアルーシャを見比べていた。
分かりやすく攻撃されたようだが、ツァルニの目的がさっぱりわからないし、そもそもその攻撃がノーダメージなので、アルーシャは一瞬ポカンとしてしまう。
普通に答えると、王子と外出して本音を聞きだしたアルーシャのマウント取りになるし、答えなくても間もなく後宮を去るツァルニに関係ないという返答になるのだが、良いのだろうか。
一瞬、ツァルニが突然他人を被虐趣味に付き合わせてくる変態と認識しそうになったが、彼女の少しだけ意地が悪い視線にその考えを改める。
多分ツァルニは、アルーシャが王子からはなんの話もされていないと踏んでこの話題を出したのだろう。
確かに、馬車は別々だったし、普通はメリッサの家で無駄話しなんてしないので、会話などなかったと考えられるのだろう。
話題の中心は見舞われるメリッサになるだろうし、もしその状況でアルーシャが後宮について王子に聞いたところで、王子とメリッサの機嫌を損ねて無視されるだけだ。
一瞬どうしようかと考えたアルーシャだったが、あと数日の付き合いでしかないツァルニが今までと違う顔を見せてくれるなら、このお茶会が素敵な思い出の一ページになると考えて口を開く事にした。
「あと数日で後宮を出られるツァルニ様がお耳にしても意味はないかもしれませんが、殿下は皆様が思っていらっしゃる以上に側室の皆様の事を大切に思い考えていらっしゃいました。政治的な理由もございましたが、ミナリス様を側室になさった事からお分かりのように、殿下は後宮を使い、身に危険が迫っている令嬢を保護しておられます。そこに殿下の特別な寵があるかは、私には教えてくださいませんでしたけれど、全く目をむけていないというわけではないようです。後宮へ足を運ばれない理由は、殿下が納得できる政治的な状況が整っていないためのようです」
どうしたらあの馬鹿王子が納得するのかは知らんがな。
しかも保護だと公言されているのはミナリスだけなので、他の側室たちは2年も妻なのに手を出されなかった女扱いだ。
影でどんな風に言われているか、近しいものからどんな言葉をぶつけらるか、そこを想像し配慮できないあたりが、あの王子である。
側室たちは、政治的な理由で来れないと聞けば一応は納得するだろう。それでなくとも、今は歴史上3度目のコパル王国ボコボコタイム中なのだ。
急遽オガノと共戦条約が結ばれたり、北方の国々から使者や調査官が来たりと、アルーシャが不在の間から王宮は忙しない。
これだけ言っておけばそれぞれ勝手に考えてくれるだろうと思って、アルーシャはいい仕事した気分になりながらツァルニに目をやる。
説明が聞けて納得したいような、しかし思っていたのと違う反応されて気分が悪いような、そんな複雑そうな顔をしてもツァルニの儚げな雰囲気は損なわれない。
羨ましい。
「……保護目的ならば、他にやりようはあるでしょうに……思わせぶりな方だわ。では、アルーシャ様もどこからか狙われておいでに?先日コパルの賊に攫われていらっしゃいましたし」
「ツァルニ様はコパルの王から狙われておいででしたから、殿下の妻として後宮に入れる以外、守りようがなかったのでしょう。私の誘拐も、どうやら本当の目的はツァルニ様だったようですし」
「私ですって!?」
「ええ。近頃かの国では儚げな女性が最も美人と言われているそうです。そこで、コパルの使者が王宮へ来た際に、私の姿を見せて標的を変えさせたそうです。まさか、私が王都を超えてシャーレス公爵領まで攫われていくとは、予想外だったようですけれど」
王子がさ~私をアンタの上位互換って判断したんだわ~。ツァルニ様は下位互換なんだって~。
コパルの海賊も、アンタより私の方が美人って判断したから攫ったんだって~。
という心の声を柔らかな笑みに変えて、アルーシャは程よく冷めたフルーツティーに口をつける。
笑うのを堪えて表情が歪んでるノーラ様と、こいつ言いやがったという顔で見てくるウルーリヤ様の横では、キュリアが挙動不審に視線を泳がせた後、生唾を飲んで視線を落としていた。
王子がツァルニよりアルーシャの方が、見た目が上と判断したのは確かだが、同時に襲撃されても大丈夫そうと雑な扱いをされた事は、言われるまで黙っておくことにした。
「思った以上の事件にはなりましたが、ツァルニ様が攫われる可能性が無くなりましたわ。ツァルニ様、安心して後宮から出られるようになって、よかったですね」
お前の平穏な自由は私のおかげだからな!
何故か攫われて帰ってきてから感じ悪いですけどねぇ、私はアンタの代わりに攫われたんで、酒樽積んで感謝してくださいませんかねぇ?えぇ?わかってます?
わかってねぇな!自分が誘拐の標的だったって知って呆然としてるしな!
後で詫び入れろよ!!
復活まで時間がかかりそうなツァルニは据え置く事にして、さっきから視界の端で細かく振動している薄紫色の物体に目をやると、それは青い顔をして震えてるミナリスだった。
何だよ雷なんて鳴ってないぞ何でそんなに怯えとるんじゃ。
「ミナリス様、どうなさったの?」
「アルーシャ様、後宮にいても、出た後とかを狙われるんですか?」
「ミナリス様は私と同じくあと2年は後宮にいますから、その間に殿下が対処してくださいますよ」
「でも……キュリア様は間に合わなかったから、アルーシャ様を身代わりにして解決させたんですよね?なら、私を狙っていた人たちも、まだ諦めていないんじゃ……」
「貴方は神殿からの預かりものですもの、期日まで解決できなかった場合の身の安全についても、既に話が決まっているのではないかしら?神殿がついているんですもの、心配はいらないわ」
「あ、そ、そうですね!そうか……神殿……神殿……2年後は15歳だから女神官を目指す手も……あ、でも神官だと結婚できるから危険なままだ。うーん……」
おやおやミナリス様ってば会話の最中に一人で考え事始めるもんじゃないよ。
でも箸が転がっても面白い年頃のお嬢ちゃんだから、どこまで想像と妄想が進んでいくか眺めていると、残念なことにミナリス様はすぐにノーラ様に小さく注意されていた。
13歳の妄想は今後の楽しみにしておこう。
いつか、神竜に次ぐ能力を持つ超能力神官とか、普通の神官の影として動く裏神官とか、封じられし古代文明の災厄を身に宿す魔神官とか、非現実的なやつ目指してくんないかな。
突然右手とか左目とかが疼く人になってくれたら、後宮生活がもっと豊かで楽しくなるのに。
……唆したいな。




