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『エピローグ』

『人魚編』これにて一区切りつけます! 

※活動報告にあとがき的なことつぶやきます。

 脚立から降りると『魔法使いの弟子』は手をはたいた。


 路地裏の入口にかけた注連縄(しめなわ)。ホームセンタ―で材料を買い付け、徹夜で急増した割には目に痛くない仕上がりだ。


 形になってしまえば、なにごともそれなり感じられる完成度になる。単体では不細工で、細かく見れば破綻は隠せていなくても。


 畳んだ脚立を片づける。裏路地に寝かされていた近くのビルの名前がでかでかと書いてあった。


 無断で備品を拝借した死屍類累(ししるいるい)の心は、罪悪の念に一瞬でも揺らがない。


 疲労感といった――そんな感性こそ累の乾いた唇に言わせれば、抱くことなどありえなかった。

 

 今回において課されていた項目。

 彼に蛇の肉を渡したあの瞬間にそれは全て実行された。


 三上創へのこの『罪滅ぼし』は、彼女が累の広げた風呂敷を畳むうえで、初めて観測された(ひずみ)に対して、その弁解である。


 悲願達成のため『魔法使いの弟子』に繋がりを求められた人々。


 望みを実行に移すための鉄則。条件に、彼らとは最後まで対等であり続けねばならない。


 自らに負わせた誓約を再び果たすべく今夜、最後のひと仕事を終えた累の足は、ここにこうして立っている。


 注連縄の前で、二度お辞儀をし、同数の柏手(かしわで)で拝謁を反芻した。


 最後には一度頭を下げて締め括りを行い――応えを静めて待つ。


 ――ゆるしてほしい?


 あやすような声。柔らかい、だが貫く冷たい御手の覚えが累の顎を上げた。


「許されるのでしたら」


 ボロボロの制服の袖で濡れた口を拭う創は、累をこき下ろしながらウーロン茶のペットボトルを仰いだ。


 人の姿を脱ぎ捨て一つ上の過程に昇華した創の外見は、心のままに変えられる。


 自分が受けた最も悲惨な姿で顕れた創の喪失感と憎しみ。心ある者を廃人に墜ちる様子を、神は気まぐれで愉しみ、それに飽きがくるのもまた唐突で一瞬だろう。


 累には判る。判ってもなにもしない『魔法使いの弟子』を揶揄っては創は楽しんでいた。


「あなたにさえ会わなければ、お父さんはお母さんを……。私だってこんな場所に。式くんだって」


 本当に類には面目次第もなかった。


『魔法使いの末裔』に救われなかった創の考えは、名実ともに神となり今では誰にも測れない。一方で創の方は、死屍累類の構成を骨組みまで丸裸にでき、全て見透かされ理解されている。


 彼は罪を犯した。


 彼は大罪をこれから(おか)す。


「……あなたって。なんて言うのかな。とても」


 累は無神論者だと自分で自分を決めつけ、なにかに縋ったり願ったり――神や仏と繋がりそうな行為を避けるのにどこか、誇りに近い感覚を覚えている節を自分に持っていた。


 神を蔑ろにしたいわけではない。運命、幸不幸に左右される人生を歩まされ、己の価値を噛み締める余裕がなかった彼は――『深く考えるな』と言う人とたまたま知り合いになったことで、神を遠くに置き、周りを広く見る機会を得た。


「『勇敢』だったんだね」


 そんな『魔法使いの弟子』を近くに寄って見た生まれたての神は、もう一段階グイッと前に出て笑った。


 笑って見るだけでは足らず、身体に抱き着いてきた。


 他人様(ひとさま)に自分の汚い身体を触られるのを好まない累だが、この時は行為よりも創の言葉の衝撃があまりにもで、言われたことを繰り返す口だけが動かせる状態だった。


「……勇敢、(るい)がですか……?」


 全てを見通されている累の言い訳は創の前では無価値だ。上位には祈り、(ささ)げられる敬服しか届かない。


 これは真理だった。


 だからまだ、人である『後遺症』の残っているうちに、創に謝罪しておきたくて来たのだ。


 何人からも、何者であっても強制を与えられない。


 その条件を満たされてこそ、累が、あの人から継いだこの願いを達成できる。


「累に、褒められることなんて……一つも為せませんよ」


 賞賛は選択した彼らにこそ贈られるべきだった。

 累と出逢った彼らは、計画のことなどなにも知らない。『魔法使いの弟子』が口を縫い、素顔を沈黙の泥で塗り潰したからこそ、彼らは彼らの『願い』だけと、ニンゲンとして向き合えた。


「それはあなたが、あなた自身で選択すること。未熟な神様にできるのは、できあがった現実を許さないこと……せいぜいそれだけです」


 ここで()()()()()()()()累を人として許してしまったら、自分の決意まで揺らいだ。


 創も累も、あのまやかしの夏には反省する点が多かった。


 父親の選択が、三上創から人生を捨て去られる結果を残してしまった。願いを受けて生き方を強制され人智を超越した場所に縛られる。


 ニンゲンの願いを証明する『魔法使いの弟子』の、創は最初の犠牲者となった。


「あなたを許してくれる人は、この先の未来で必ず現れる」

「……そうか。もう、累は君を、どうすることもできないんですね」


 過去も未来も隔てなく、この街を()まれる神の猛毒は隅々まで溶けていく。甘く、臭く、冷たい濃酸はいつか、この街に呼び込むだろう。


 その者のみが、未熟な神を罰し、許す権利を持っていた。


 創とは、累はここでお別れだ。


「いっしょに、がんばりましょう。私たち二人の願いを、かなえる日まで」


 神様からのありがたい言葉を聞き逃したりしないように、抱き着いた創の舌が、外套に隠れた累の耳をペロリと突いた。


「びっくりした……!?」

「――くっすすすす」


 驚いて半泣きになる累の反応。


 それが可笑しくて、創は腹を抱えた。


「あなたって、ほんとうに式くんとは違うのね!」


 楽しそうな創に、累はにわかには信じられなかった。


 彼女は呪われている。呪いを孕んだ願いは彼女から選択を奪い、絶望の感染を強制させていた。


「こわいかおして。いいじゃない。私、神様なんだから!」


 正しい選択を自分で選んでいると、創は信じて疑っていない。


 世界を歪ませる創の最終的な願いは――全てを、なかったことにすること。過去を別のモノと替えれば、最愛の人が戻ってくる。


 今度は幻ではない本物だ。


 覚悟もなければ、決断もなかった。


「吸血鬼をニンゲンにする。そうすれば、ちよちゃんは、私の許からいなくなったりしない」


 衝動的にしたいと思ったことをする。


 そんな創をここまで狂わせたのも、また――清く純粋で、身勝手な一人の願いだったことを、決して忘れてはならない。


 立ち会いに際し、『魔法使いの弟子』はそう心に誓った。


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