おかえりさん
「これが、問題の……ですか」
職員室の応接室で岡成見から学校の七不思議、その七番目に関する文書を受け取った式は静かに唸った。
側らで出された麦茶を飲む雀の胸には、式と同じく受付で貰った来客を示す札が。
からんと氷が鳴るコップの茶は冷たいにもかかわらず、ずずず、と、茶であることを誇張するかのようにすすった。
ここまでの道中、式とその侍女は受付で少々面倒な目に遭った。本校の指定とは違うセーラー服を着た魔法使いを自称する男子、そこにつき従うメイド姿の少女。警戒するなと言うのが無理な話だった。
結果。団扇を煽って話を聞いていた事務室のおばちゃんに電話で呼び出された毬里の計らいで、二人はとりあえず成見の親戚ということで話もうやむやなまま校内に案内された。
もちろん、成見は二人とは初対面である。
会った瞬間、握手を求めた式は、やはり成見にも警戒された。
毬里もこの怪しい二人組を信用したわけではなかった。
「せっかく相談に乗ってあげたのに。心外ですねぇ」
「坊ちゃまは胡散臭さが服を着て歩いているようなものですから、むしろ自覚なさった方がよろしいのでは?」
そんな奴に、そんな恰好でいるお前もな。……とは、本音を言えない火原井教諭だった。
「で、どうだろう、賢人さん。こちらとしては、医者に連れていく以外の解決策がいいんだけど?」
「そこは、もうちょっと一般相に配慮した喩えを言って欲しいんですが」
オタクの中でも、およそファンタジー小説の歴史家界隈でしか通じないような冗談で笑う毬里に、式は、なるほどと嘆息しつつ、侮れないものを感じ取った。
「あなたは、確かに橘先輩の御母堂だ」
「なにか?」
「気にしないでください。それで……どうですか、坊ちゃま」
足を組み、顎を撫でながら、ルーズリーフ一枚に殴り書かれたタイトル……『おかえりさんのよびだしかた』を舐めるように読んでいた式は、ぴっと隣の雀に示しながら言った。
「式は、あなたの意見こそ頂戴したいです」
受け取った紙に総てひらがなで書かれた内容は、とても読むに堪えない陳腐なものだった。
が……そこには確かに死者を復活する手順が、とても丁寧に記されていた。
「! ……坊ちゃま、これ……しばらく私が預かっていても?」
やはり、雀も感じ取ったようだ。
式は、彼女のその野生の勘こそに期待していた。
「しかし。これを、全部おひとりで?」
死者を召喚するにあたって、供物となる動物の新鮮な血が必要だった。ノートには見本となる魔法陣が参考に、ページ半分のサイズで大きく描かれてあった。
「親戚がやっている養鶏場に忍び込んで、倉庫にあった草刈り用の鎌でやったそうだ」
最近はどの日も熱帯夜で、体力だけでなく精神力もかなり消費したはず。
この少年に、そこまでの胆力と忍耐力があるとは、式は些か信じられなかった。
「この、七不思議を記録した説明書も大した出来です」
日用品を使って動物の血を抜く手順まで、初見の式にもとても判りやすく書いてあった。
「まるで、だれかに発表するつもりで書いたみたい」
これをどこで見つけたか、式は成見に問うた。
「クラスのやつに、〝面白いもの見つけたから読んでみろ〟って渡されたんだよ」
「特徴は。どんな生徒ですか?」
式は、相変わらず周囲を警戒しながら答える成見ではなく毬里に訊ねた。
「さあ。……なんで私が?」
「いや。……ここ最近、クラス全員を撮った写真があれば、式に見せてください。そうですね……出来れば二枚。岡さんがメモを見つけた日と直近のものをお願いします」
「始業式に撮ったクラスの集合写真と、あとは、部活の写真が何枚か。うちね、全員部活に入っているんですよ?」
因みに、岡成見は写真部だった。
「しかし、それが、今回の件とどんな関係が?」
写真を用意するとなると、各部の顧問にも協力を要請しなければならない。今日一日で渡せるものではないことを、毬里は式にやんわりと釘を刺した。
「構いません。ですが、大至急で」
「この時間はやってる運動部もあるから、私は席を外すけど」
街を騒がせた『満月事件』がようやく落ち着いて、部活も再会出来た。
犯人が見つかった経緯を、毬里は知らなかった。
「では、我々もこれで。ではでは――行きましょうか、岡さん」
「行くって……どこへ?」
「決まっています。高校生が二人、中学生が一人、立場は違えと、集まったのならやることは一つです」
人差し指をぴんと立てながら、式は頷きながら言った。
「ところで、岡さん。岡さんのご自宅に、ゲームとコーラ、あと、エロ本はありますか?」
……と。
ため息を洩らす雀をよそに。
夏休み中の式折々先輩は後輩の家へ遊びに行く提案をした。




