十六話 暗殺完了
フェリが壁を蹴って縦横無尽に突撃するその真下で、ミタツも同じくダガーを構えて突進した。
スーパーボールのように跳ね回るフェリは、狼男の右上からナイフを三本放つ。そう、毒の仕込まれた即死性のナイフだ。それを狼男は前に三歩進んで回避する。
すると今度はミタツの番だ。ミタツは前に自ら出た狼男の懐に低く潜り込み、腹を真横に掻っ捌くようのダガーを振るう。しかしあえなく剣に防がれ、追撃を警戒したミタツが背後に跳ぶが、狼男は剣を振らない。
代わりに真後ろからのフェリの一撃を剣で受け止めた。
「やるじゃないか」
「伊達に恩恵者などやっていない」
狼男がフェリの軽い体とナイフをはじき返す。その隙にミタツは背後からの奇襲を試みるが、やはり防がれる。
ミタツは叫ぶ。
「僕も恩恵者だ! 争う理由なんてないよ!」
「ある。私はーー帝国の人間だからだ」
ミタツはそこでようやく同じ恩恵者でも分かり合えることはないことを悟った。
帝国は、この国にとっては絶対悪である。不当な政治。地域を侵略するファシズム。非人道的な実験。敵と考えるには十分すぎるという話だ。
こうなったら、ミタツに出来ることはひとつ。
「おおおお!」
捨て身の特攻。頭を前に突き出して、無様な隙だらけの姿勢でダガーを振りかぶる。
利き腕の右腕は、ダガーとともに切り落とされた。
一瞬、狼男は勝利の確信を得た。
ーー切り落とされた腕で、顔面を強打されるまでは。
「なっーー?!」
「あはは、残念だけど」
フェリが狼男の喉仏を踏みつける。
「チェックメイトだ」
心臓に吸い込まれるように、毒のナイフが左胸に沈みこんだ。
ミタツは、勝ったという実感がなかった。ふらふらと覚束無い足取りでダガーを拾いに行き、そして切り落とされたはずの右の手首をさする。
そして、何を思ったのかぼそりと呟く。
「……僕、ずるいね」
「今更かい?」
ナイフを回収しながら、フェリはケラケラと笑う。ミタツは釣られることなく、神妙な面持ちのままだ。
フェリは時間を確認するために左手首の時計を見た。
「よし、終了だね。お疲れ様。初任務はどうだったかな?」
「……あれ? 屋敷の主人をやるんじゃ?」
「ああ、そいつならもう逃げたよ」
ミタツの背筋を悪寒が猛スピードで通った。
「そ、それまずいんじゃないの?!」
「ううん。これでいいのさ。逃げ道はもう割れてるし、むしろそっちで殺しとかないと後が面倒だからね。僕の部下がやってくれてる」
フェリがそう言って笑う。それを聞いてミタツもようやく勝ったという確信を得た。
それと同時に、慣れない仕事と初めて自分以外の死と対面した精神的な疲れがどっと押し寄せる。
フェリは手近な窓を開け放った。
「それじゃ、帰るとしようか。三階から飛び降りるわけだけど、君はもう一回死んじゃうけど大丈夫?」
「頭から落ちる前提なんだね……」
「あはは。ま、適当についてきてね」
頼もしい上司の背中を追って、ミタツも窓から飛び立つ。
ちなみに、地面には背中から着地したため形容しがたい激痛を味わう羽目になるのだった。