九話 戦いは終わり
何日かの旅路を終えて国に戻り、それから一日寝てから案内されたビルへ行くとそこにはすでに先に逃げいていたミクルたちがいた。
ミタツはその姿を見て安堵に胸をなで下ろす。それと同時に気が抜けたのか、少し折れた右腕が痛んだ。どうやらこの右腕は他の部位に比べ治癒能力が著しく低いらしく、骨が繋がったはずの今でも痛みが残り、黒い肌にも赤みと大きな腫れが見える。
そのミタツの姿を、ミクルもついに見つけた。
「ミタツ! ……って、腕、どうしたの?! 大丈夫?!」
「ああ、うん。痛みには慣れてるからね。大丈夫だよ」
そうミタツが安心させるように笑顔を浮かべるが、ミクルは深刻そうに暗い顔をしていて、視線は右腕からじっと離れない。その隣から一人の人影。
「あんた、折ったの? ほら、これで固定しときな。手伝ってあげる」
「リリ、ありがとう」
リリが何から錬成したのか、固定用の添え木と包帯を持ってきた。ありがたく受け入れて、ミタツは真っ黒な右腕を出す。
ちなみにその時、木の植えられていない植木鉢が見えたがそっと視線を外した。
リリは何も言わずに木を巻き付けて固定する。ミタツは痛みで少し声を漏らした。
そこでついに耐えきれなくなったのか、ミクルが口を開く。
「――その右腕、大丈夫なの?」
「え? うん。この国の医療技術は高いし、きっとすぐに治る」
「そ、そうじゃなくて……。実は、気になってたの。真っ黒な右腕。壊死してるんじゃないかって」
「それも大丈夫」
応急的な処置が終わり、ミタツはリリに「ありがとう」と言って自分の側に腕を引き寄せる。前腕を折られていたようだが、リリはしっかりと全体を固定してくれており、ペンギンのようだと思いながらミタツは笑う。
そして、ミクルの疑問に答えた。
「これ、ただの痣なんだ。父が……まあ、そんな呼び方はしたくないんだけど。そいつが右腕にばっか攻撃してきて……。その末路だよ。まあ、にわかには信じられないだろうけど」
あまり言いたくなかったことではあるのだが、ミタツは説明をする。ミクルも納得したようでそれ以上の言及をしてこなかった。
それを確認して、今度はリリが感心したように口を開く。
「それにしても、あんたもよく生き残ったね。あの状況で腕一本の骨折なんて無傷に等しいでしょうに」
「あはは……。まあ、リリと一緒だよ」
そう言うと、リリが目を輝かせた。
「ほんとに?! ちょっとちょっと、ミクルに続いてミタツまでって……あんたたちすごいね!」
「……ミクルも?」
リリが目を輝かせる。疑問に思ってミタツはミクルに尋ねると、ミクルも照れながら言う。
「えへへ……必死で逃げてるうちに発動したみたい」
「ミクル以外にも何人か発現したんだ。主に食料関係だね。帰り道の食料問題が深刻だったから、それに対応して発現したんだ」
「なるほど。じゃあミクルは食べ物を作れるの?」
「ううん、実はそうじゃなくて。……状態異常をね、変えられるの」
その言葉にミタツは首をかしげた。
「状態異常……。状態異常?」
「そうそう。ほら、ゲームとかであるじゃない?」
「あー、僕ゲームやったことないから……」
「そっか。……説明難しいね」
うーんとミクルもミタツもうなる。傍から見れば二人の子供が悩んでいるようで、どうにもリリには可愛く映ってしまい口を出さなかったが、話が進まないだろうと横やりを入れる。
「つまりほら、なんかの毒にかかったらそれを無害なものに変えられるってこと」
「なるほどね。……もしや、自分が毒にかかったから発現したんじゃ?」
「うっ」
「図星だね」
図星を突かれたミクルが顔を引きつらせると、当てたミタツが楽しそうに笑う。やっと日常が戻ってきたことを確かめながら、三人は会話を続ける。
そうしていると、突然入り口のドアが開き、何人もの男達が入ってきた。
その先頭にいるのは――コウタロウ。
「コウタロウ!」
視界に入るやいなや、無意識に動く脚に会わせてミタツはコウタロウの元へ駆け寄る。その後ろからミクルやリリ。そして、みんな誰かに駆け寄った。
コウタロウの元へ行くと、その後ろにアレックスがいるのも見えた。
「アレックスも、無事で何より――」
「ああ?」
しかし、その姿を見て絶句する。
アレックスは――肩から先の両腕が、無かった。
そのミタツの反応が気にくわなかったのか、視線を合わせずに別の方向を向くアレックス。コウタロウがそれをかばうように語り出す。
「アレックスな。すごかったんだぜ? こいつ、一人で騎士を馬ごと倒しやがった! まさに、肉を切らせて骨を断つ! 英雄のごとき戦いだったぜ。なあ? アキレス」
「へっ。生意気に名前を呼びやがって。いいんだよ。別に腕が無くったって。俺にゃ恩恵があんだ。――見てろ」
にっと口角をつり上げて、大きく息を吸う。そして、高らかに唱えた。
「『完全装備』」
その瞬間、アレックスの全身が真っ白なまばゆい光に包まれた。まぶしさに誰もが目をかばう。そして光が晴れた時――
「――どうだ」
アレックスは、金色の騎士へと変貌を遂げていた。それはおとぎ話の中世の騎士のように、頭までの全身を甲冑で武装しているその姿は、もはや神々しくもある。
そして何よりも驚きなのが、無かったはずの腕がある、ということだ。
「便利な恩恵だよなぁ。損傷部位を補充してくれんだ。感謝しかねぇ」
「お? 珍しく素直だな」
「てめぇは黙っとけ」
辛辣なアレックスの返しに、コウタロウは愉快に笑う。この二人が仲を深めた事実をミタツは確かにし、それと同時にどこかうらやましく思っていた。
今度はコウタロウがミタツたちに尋ねる。
「お前達もよく無事だったな。いやー、安心したぜ! 二体の騎士がどっか行っちまったって聞いてよ。みんな肝を冷やしたよ。でもまあ、なんとかなったみたいだな」
「そうなんですよ! ミタツさんが足止めしてくれて!」
「ミタツが?」
「いや、結果的には僕の功績じゃないんだけどね。ローブの人が倒してくれたんだ」
「しかもですよコウタロウさん! ミタツさんも恩恵が発現したんです!」
「まじか! なあ、どんな恩恵なんだ?」
「それは――」
ミタツが説明をしようとすると、この部屋のスピーカーがノイズを発した。
それまで再開の喜びに浸っていた人々が、一斉に口をつぐみ、スピーカーからの音を静かに聴く。
『えー、今回の件に対して、えー、説明がございます。それでは皆様、第三ホールへとよろしくお願いします』