いけない事をしている気がするbyシゲゾウ
俺は発砲事件を阻止するべく、ヨシトモ達と共に大公園に来ている。
来ていると言っても、俺は公園の外で待ち伏せの役割なのだが。
この話を持ちかけられた当初こそ俺は乗り気でなかったが、
クマ子と組んで考え無しに超能力者を無効にして回った責任は感じるし、
何より銃と聞いて面白がっているクマ子を放っては置けない。
かと言ってクマ子に行くなとも言えず、結局俺も来てしまった。
情け無いとみなす者も居るだろうが、これが俺、シゲゾウ(茂蔵)なんだ。
『じゃあ簡単な作戦を立てるよ。
人質に取られているココアさんを発見したら、フジミヤくんは正面から陽動、その間にシゲゾウくんがなるべく敵の背後に回って、瞬間移動で銃を奪うチャンスを伺って欲しい。
良いかな?』
ヨシトモが立てたこの作戦。
不死身を持ち囮に適しているフジミヤが正面から銃を持つ者と向かい合い、
アツシから瞬間移動をコピーしている奇襲向きの俺が背後を取るのは理に適っている。
状況によっては、クマ子の超能力無効も役に立つだろう。
しかし、俺がクマ子から目を離す……この一点が非常に不安だ。
正義感の強いフジミヤが居れば概ね問題ないだろうが、
ヨシトモは戦闘能力を持たないし、それに奴はイマイチ信用出来ない。
奴は俺達やココアとか言う女より、
もっと何か別の対象に重きを置いている気がしてならないのだ。
これが俺の思い込みに過ぎない事を祈る。
「喉が乾いたな……」
クマ子は誰彼構わず、事ある毎に飴を勧めるタチだ。
俺も例外ではなく毎回受け取っては舐めるが、流石に飽きが来てしまうし、
飴のみだと今みたいに水分が欲しくなる。
百から先は数えていない、そもそも指が足りないとクマ子は言っていたが、
本当に飽きないのだろうか。
味ではなくあのカラフルな包装や、ペロンチョキャンディなる商品名をこそ彼女は気に入っているのかも知れない。
無闇に持ち場を離れるのが好ましくない事は分かっている。
だが瞬間移動を上手く使えばかなりの短縮になるし、
いざという時に水分不足でコンディションが悪かったのでは話にならない。
小銭くらいなら持っている。
自販機を探すとしよう。
さて、俺はこの辺りの土地勘が無い。
適当に探しても時間の無駄になるだけだ。
誰かに聞くのが手っ取り早いな。
俺は無闇に動かず、適当な通行人を待った。
「ん……」
それ程待たずして、遠くの曲がり角から、やや背の高い男が慌てた様子で姿を現した。
赤いニット帽が目に付く。
両手には缶ジュースらしき物。
丁度良い、彼に聞いてみよう。
「ちょっと良いか?」
俺はタイミングを見計らい、赤ニット帽の男に声をかけた。
男は一瞬俺の前を通り過ぎたが、足踏みしながら後退して俺の目の前に戻った。
「何さ?」
兎にも角にも落ち着きがないな。
それだけの急ぐ理由が有る人間を……と悪い事をしてしまった気もするが、
既に接触は成立してしまっているので致し方無い。
「ココアちゃんがオイラの帰りをくすぶるように待ってるのさ。
用が有るんならサッサと済ませて欲しいね、デッカいお兄さん」
「ココア?」
ヨシトモが名を出していた、今作戦における防衛目標ではないか。
どちらも本名だとして、そんな名の女が何人も居るとは思えない。
俺は隠密行動を心がけて大回りでここに来たから、
ココアが連れている人物の姿を直接見てはいないが、この男がそれなのか?
あいつは火事を起こす超能力者かも……とフジミヤは言っていたが。
「うん?デッカいお兄さん、ココアちゃんを知ってるのかい?」
俺がココアの名に反応したのが気になったらしく、男は足踏みを止めた。
何と言ったものか。
「……友人の友人だ。
名は知っているが詳しくはない」
「そっか。
少しでもココアちゃんの事を知れたらと思ったんだけどね」
「お前はココアの何なんだ?」
「オイラかい?
オイラはね、ココアちゃんのカレシ……じゃないなぁまだ」
この口振りだと、この細い目の男はココアの連れで間違いないだろう。
つまりこの会話が終われば、この男はココアの元へと戻って行くのか。
知る由も無いだろうが、発砲事件に巻き込まれる可能性が高い。
出来るなら引き止めるべき……なのか?
「で!お兄さん、どうしてオイラに声をかけた訳?」
「ああ、そうだったな。
自販機を探してる。
それはどこで買ったんだ?」
「これかい?
オイラがさっき曲がった角をしばらく進んだら左手に有るさ」
「そうか、ありがとう。
急ぎの所悪かったな」
この男を引き止めるべきか触れずに居るべきか、悩む所だ。
だが彼はココアと男女関係なようで、2人の合流を妨害するのは容易ではない。
彼は今回の防衛目標には入っていないし、俺は放置を選んだ。
男の脇を通り、曲がり角へと向かう。
「あっ、お兄さん!」
俺の背中に男が声をかけてきた。
「どうした?
急ぎだろう」
俺が肩越しに見返ると、男は自分から俺に近付いて来る。
俺は止まらずに前進したが、それでも尚付いて来た。
「いや、これくらい走ればすぐだしさ。
お兄さん、ココアちゃんの友達の友達なんだよね?
ほんのちょびっとだけでも良いんだ、
ココアちゃんについて知ってる事を聞かせてくれないかい?」
「そう来たか」
悪くない展開だ。
これなら無理なく彼を引き止められる。
もっとも、ココアについて俺が話せる事はごく僅かなのだが。
何せ顔も知らない程だ。
「駄目かな?」
「駄目ではない。
道を聞いた例も有る。
話してやるから来てくれ」
「オーケー!
早速頼むよ。
些細な事でも何でも良いからさ」
俺達は歩きながら会話を続けた。
「そうだな。
ココアと深い関係を持つ友人なら知ってる」
「誰だい?どんな奴だい!?」
どこまでなら話して良いのだろうか。
この男がココアと直接話せるのなら、
俺が言わずとも本人に聞けば多くの事が分かるだろう。
それに、彼を引き止めるのにも意味が有る。
特に制限は要らない。
「フジミヤと言うんだが」
「フジミヤ!?」
男が俺に顔を寄せてくる。
「知ってるのか?」
「えっ?うーん、あのね……いや、知らないけどさ。
お兄さん続けて」
「……多分だが、ココアと交際関係にあったんだろう。
最近は何か揉めているそうだ」
「それでココアちゃんはオイラを……?」
男が目線を落として思考にふける。
沈黙の中、俺達が歩いている道路脇の横をパトカーが通過した。
「他に何か?」
「ヨリコって知らない?
フジミヤの元カノらしいんだけどさ」
「全く知らない。
すまん」
男は手を振り「良いって!」と、俺の謝辞を跳ね除けた。
両手に持っていた缶ジュースはポケットにしまっているらしい。
「じゃあさ、フジミヤには別のオンナが居るらしいんだけどさ、
そっちは心当たり無いかい?」
今更だが、俺はいけない事をしている気がする。
……人命も関わっているから良しとしよう。
フジミヤ、ココア、すまん。
時にフジミヤの別のオンナとなると、フジミヤをセフレにしようと迫り、
更に現在フジミヤの家で寝泊まり中のクマ子がそれである可能性が浮上する。
フジミヤも大変だな。
「何でもそのオンナ、おチビさんでビッ……」
「ビッ?」
おチビさん……低身長となると、尚の事クマ子の確率が高まる。
男が言い切るのを躊躇したその先にもよるが。
「……ビッ、これ言って良いのかなぁ?」
「今の事は誰にも言わん。
言ってみろ」
「そっか。
あ!お兄さん過ぎちゃってるよ、自販機!」
「おお」
男に言われて振り向くと、白い自販機が後ろに有った。
会話に集中する余り、本来の目的を忘れていた。
男を引き止めるのも程々にしなければな。
俺は自販機へと小走りし、来た道を戻った。
「あっ、オイラが払うよ。
口止め料って事でさ」
「俺が信用ならないか?」
「いやいや、そう言う意味じゃ無いさ!
単純な感謝の気持ちだよ。
こんな話題やりづらいだろうしさ」
「そうか。
ではお言葉に甘えよう」
男は既に持っていた硬貨を自販機に投入した。
俺の家は厳しいのでジュース類は滅多に出ず、お茶が関の山。
だが別に反動などは無い。
水分補給だから、天然水やスポールドリンクが良いだろう。
俺は天然水のボタンを押した。
『ガコッ』
自販機下部から天然水を取り出そうと身をかがめた瞬間、
先にかがんでいた男が天然水を取り出し、俺に向かって突き出した。
「どーぞ、お兄さん。
そこまでデカいとこう言ううのも大変だろうさ」
「すまないな」
俺が天然水を受け取ると、男はスッと立ち上がった。
俺より先に歩き出し、来た道を更に戻って行く。
俺もすぐに彼の後へ続いた。
「お安い御用さ。
そういや、お兄さん名前は?
あ、俺はハツカさ」
「ハツカか。
俺はシゲゾウ」
「シゲゾウさんね。
じゃあお話の続きを……」
『パァン』
「むっ!?」
今の破裂音……銃声か!?
方向は公園の方だったが。
もう始まったのか!?
「何だろう今の……あっ、お兄さんどうしたのさ!?」
俺は全力で駆け出した。
離れたのはまずかったか。
クマ子に万一の事が有ってはいけない。
急げ!




