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今一つ答えになっていないbyアツシ

 植物人間でありながら超能力を持つと言うオサム。

 オサムに対してウララは霊視を試みるも、

すぐに意識を失い床へ倒れてしまった。

 何かにつけて騒ぐので、俺は車椅子に座っているカイリを(リハビリも兼ねて)

自力で自分の病室まで帰らせ、空いた車椅子にウララを座らせた。


 ウララの霊能力を俺は信頼しているが、目に見えない世界で何が起こっているのだろう。

 不安は尽きない。

 俺は丸椅子に座りウララとオサムを見守っていたが、

どちらも目を覚ます事のないままに時間だけが過ぎて行く。


 午後4時を過ぎた頃、ウララの手がピクリと動いた。


「ウララ!」


 俺は丸椅子を後方に蹴飛ばして立ち上がり、ウララの座る車椅子に詰め寄った。


「ん……」


 ウララは一旦まぶたに力を込めた後、

薄眼を開いては閉じ、開いては閉じを3回程繰り返す。


「ウララ、どうなったのだ?」


 ウララは右上腕で自身の両眼をこすってから顔を上げ、トロンとした半目で俺を捉えた。


「誰?」


「……記憶が混濁しているのか?

俺はアツシ、お前の交際相手だ。

忘れたとは言わせないぞ」


 途端に、ウララの顔が険しくなった。


「私の……交際相手?


「そうだ」


「私の恋人はお兄さんじゃない。

私の恋人は……ナリツグだけ」


 知らない名前だ。


「ウララ?」


 ウララは髪留めを外して黒髪を後ろに流し、

霊界が視え過ぎるからと……普段は隠している筈の右眼をさらけ出した。

 長年彼女に付き添っている俺でさえ、この右眼を見るのは極めて稀。

 これまでに3回有ったか無かったかと言うくらいだ。


「私はウララじゃないよ。

ヨリコだよ」


 ウララはまたしても俺の知らない名前を口にした。

 いや、彼女は今ウララではないのか?


「……詳しく説明しろ」


 ウララ……ではなくヨリコは右腕を上げ、

ベッドの上に今尚横たわっているオサムをまっすぐ指差した。


「私、あの人の魂に入り込んでたの。

ホントだよ」


「疑いはしない。

ウララも似た様な超能力を持っているからな。

続けろ」


 俺が催促すると、ヨリコは腕を下ろして俺の方を見上げた。

 顔の造形は間違いなくウララそのものだが、

キョトンとした幼げな真顔には激しい違和感を感じる。


「あの人は超能力を持ってるの。

私と同じだよ」


「何だと?」


「私も超能力者なの」


 ヨリコは名前を名乗る様な自然さで、自身が超能力者であると明かした。

 何故オサムをも超能力者と呼べるのかが疑問ではあるものの、

嘘を付いている様子は見られない。


「それで、私はあの人の超能力を使ってナリツグを助けたの」


「ヨリコとやら、少し良いか?」


 俺に話の腰を折られたのが気に食わなかったのか、ヨリコは両頬をにわかに膨らませた。

 ウララの肉体でその様な表情を作るな。

 ……気が散る。


「何よ」


「幾つか聞きたい事が有る。

まず一つ、先程から口にしているナリツグとは何者なのだ」


 ヨリコは表情を変え、何らかの発見を母親に話す子供の様に目を輝かせた。

 16歳であるウララとのギャップが嫌でも目に付く。


「ナリツグはね、私の恋人だよ!」


「それは既に聞いた」


「変な子でね、ナリツグは怪我しても全然痛がらないの。

良いことばっかりじゃ無いけど……」


「ん?」


 痛がらないと聞くと、不死身の超能力者であるフジミヤもそうなのだが。

 無痛症が先天性で後から不死身になったと、俺はそう聞かされている。

 俺がフジミヤについての記憶を辿っていると、ヨリコは屈託の無い笑顔を見せた。


「でも聞いて?

私の超能力を使って、ナリツグを不死身にしてあげたんだよ!」


「不死身だと?」


 俺はある仮説を頭に浮かべた。

 ヨリコが言っているナリツグとは、フジミヤと同一人物なのではないか?


「だから私は死んじゃったけど、ナリツグは生きてるの!」


「おいヨリコ、そのナリツグの苗字は何と言う?」


「え?フジミヤだよ。

フジミヤナリツグ」


「……やはりか」


 俺は視線を床に沈め、情報を一旦整理する。

 今現在ウララの肉体を動かしているのはウララ本人ではなく、

ヨリコと名乗る少女(口調及び男のフジミヤを恋人と呼んだ事から性別を推測)。

 ヨリコは超能力者であり、

フジミヤの不死身には彼女とオサムの少なくとも2名が関わっている。

 ヨリコが嘘を付いていなければの話だが、概ねこんな所か。


「お兄さん?」


「……次だ。

お前の超能力とオサム……あそこで眠っている男の超能力について説明しろ」


「お兄さん、何だか高圧的だね」


「ほう。

ならばお前も俺に何か質問してみろ。

お前が答えるのと同じ数だけ、俺も回答してやる」


ヨリコは俺の服を掴み、上目遣いで「ナリツグはどこ?」と言った。


「昨日別れてから連絡を取っていない。

今どこに居るかは分からない」


 俺の回答はヨリコにとって残念な内容だった筈だが、

当のヨリコは嬉しそうに目を見開いている。


「お兄さん、ナリツグの事知ってるの!?」


「ああ。

友人とまでは行かないがな」


「ナリツグ、元気にしてる?」


「恐らくは」


「今も不死身なの?」


「そうだ」


 ヨリコは俺の服から手を離し、車椅子にまっすぐ座り直した後、

「はあ」と息を吐きながら胸を撫で下ろした。


「良かった。

ナリツグが無事で」


「そろそろ俺の質問を再開する。

お前とオサムの超能力を解説しろ」


 ヨリコは俺の方を見ず、ベッドの上のオサムを注視している。


「私は幽霊。

超能力を持つ他の人の魂に入って、その超能力を操作出来るんだよ。

で、あの人の超能力は不死身なの。

それを私が操作して、ナリツグを不死身にしてあげてるんだよ」


 オサムの超能力が不死身で、それをこのヨリコが操作してフジミヤを不死身にしている。

 ……となると、フジミヤ自身は超能力者ではないのか?

 非常に興味深いが、何とも複雑な話だ。

 そして新たな疑問が一つ。


「それは、今この瞬間もか?」


 ヨリコは何かを思い出したかの様にピンと背筋を張り、直後に俺の方を見た。


「いけない!私が今この体を借りているから、ナリツグは不死身じゃなくなってる!」


「そうなのか」


ヨリコは車椅子からおもむろに立ち上がる。

他人であるウララの体に慣れていないのか、直後によろめいた。

ウララの肉体が傷を負うといけないので、俺は咄嗟にヨリコを支える。


「気を付けろ。

お前は今、俺の恋人であるウララの肉体を動かしているんだぞ」


「行かなきゃ、ナリツグの所へ……」


 ヨリコは俺の腕から離れ、おぼつかない足取りで病室の出入り口を目指す。


「待て!」


「嫌よ!

私はナリツグに会いに行くんだから!」


「どこに居るかも知らないのにか!」


 ヨロヨロと歩き続けるヨリコを、一瞬だけだが力尽くで止めようかとも考えた。

 しかし無理矢理引き止めて暴れられ、騒ぎや怪我に繋がるのは避けたい。

 俺は不本意ながらもヨリコの後を追った。


「分かるもん!

私とナリツグはね、運命の赤い糸で結ばれてるのよ!」


「馬鹿を言うな。

ココアでもあるまいし」


 赤い糸と聞き、ヨリコが知らないであろう名前をつい出してしまった。

 ヨリコはそんな事をお構い無しに、壁を支えにして病院内の廊下を進む。

 俺はそのすぐ後ろを歩いた。


「ヨリコ」


「何よ」


「俺にとって最も重要な事にまだ触れていなかった。

ヨリコ、お前は何故ウララの肉体に乗り移っている?

ウララの精神は今どこでどうしているのだ?」


「交渉したの。

ウララさんと」


「交渉?」


 カイリの病室前に差し掛かったが、今はウララ及びヨリコの事に集中すべきだ。

 奴やオサムなど二の次で良い。


「オサムさんをを解放しろってウララさんは言うから、私は言ったの。

私にウララさんの体を貸してくれたら、オサムさんを解放するよ?って。

それで交渉が成立したんだよ」


 超能力者至上主義である俺とは違ったベクトルで正義感の強いウララなら、

その様な交渉でも成立させ得るだろう。


「俺の問いの前半は解決した。

次は後半部分についてだ。

ウララは今どこに居る?」


「この体の中に居るよ」


「精神や肉体への負担にはならないのか?」


「私もウララさんもそう言うの得意だから、多分大丈夫」


「多分などと濁されては困る。

ヨリコ、一旦ウララと話をさせろ」


「ねえお兄さん」


 ヨリコが停止した。

 必然的に、その背後に居る俺も立ち止まる。


「誤魔化すな」


「エレベーター、どこ?」


 俺は舌打ちをし、ヨリコの前に出て手を握った。

 ヨリコ自体と俺は初対面だが、肉体はウララのものなので特に気にはしない。


「こっちだ。

ついて来い」


「うん」


 俺はヨリコを引きずってエレベーターの前へと向かい、下りのボタンを指で押した。


「ヨリコ、落ち着ける所に着いたら一旦ウララと代われ」


「それは出来ないの」


 俺は頭に血が昇るのを感じ、ヨリコを睨んだ。

 だが飽くまでも肉体はウララなので、俺の怒りはモヤの様にうやむやになってしまう。


「何故だ」


「ウララさんも言ってたよ。

何度も入れ替わるのは大きな負担だって」


 エレベーターが到着しドアが開かれる。

 どちらからともなく、俺達2人はその中に乗り込んだ。

 俺達が今居るのは4階で、目指すは1階。

 俺は1階行きのボタンを押した。


「負担になるだろうとは、心霊現象に明るくない俺にもある程度は理解出来る。

それで、いつお前はウララに肉体を帰すつもりだ?」


「私がナリツグに会うの。

会って、一杯一杯お話するの。

一杯一杯お話して、お腹一杯になったら私は成仏する。

そうしたらウララさんは元通りだよ」


 ヨリコはエレベーターのドアを見つめ、微動だにせず言った。


「つまりお前はナリツグへの未練から、今も成仏出来ないでいるのだな?」


「うん!」


 ヨリコが元気良く頷いた。

 ドアのガラス部分に、ヨリコの笑顔が写り込んでいる。

 ウララはあまり笑わないし、笑ってもここまで明るくはならない。

 今のウララはヨリコでありウララでないのだと、俺は改めて実感した。


「何故笑う?」


「だって私、ナリツグの事がだぁーい好きなんだもん!」


 今一つ答えになっていない。

 俺はこれからのヨリコの扱いに頭を悩ませ、胸の十字架を握った。

 迷ったり困ったりした時に十字架を握るのが俺の癖だ。

 幽霊相手に神頼み、果たして可笑しいのか可笑しくないのか。

 俺はただ、ウララが無事に戻って来る事を祈るばかり。


エレベーターが1階に到着し、ドアが開くと同時にヨリコが駆け出す。


「待て!」


 フジミヤに一刻も早く会いたい故の焦りか、

はたまた監視者である俺から逃げ出そうとしたのかは定かでないが、

他人の体は動かしづらいのだろう。

 ヨリコはすぐにつまづいて転倒し、四つん這いの姿勢になった。


「いったぁい……」


「それはウララの体だぞ、安全第一で行動しろ」


 俺が横に並ぶと、手を突いた痛みからかヨリコは涙目になり、

潤んだ瞳で俺を見上げてきた。


「ごめんなさぁーい」


 その幼稚な佇まいと、普段の大人しいウララとのギャップに、

俺は形容しがたい感情を抱いていた。

 強いて言葉にするなら『動揺』だろうか。

 俺は溜め息を吐き、ヨリコに手を差し伸べる。


「……立て」


「ありがとう」


 ヨリコが笑顔で手を取った時、俺は思わず硬直した。

 ……何だ、この胸の高鳴りは?

 相手はウララではなく別人のヨリコなのだぞ。

 いや、これはウララであっても……。



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