俺は、ココアに優しくなかったのか?byフジミヤ
ヨシトモの予言に従い、俺達4人はヨシトモの家を後にして、ある公園へと出発した。
何でもつい最近出来たばかりの大きな公園で、こないだカイリとアツシが揉めていた小さな公園なんか比じゃない程の特大スケールらしい。
そしてヨシトモの話によると、大きいだけではなく何か目玉と呼べる様な設計が成されているらしいのだ。
童心をくすぐられる一方で、予知夢に出たと言うココアの事を気に病みながら、俺達はヨシトモについて行った。
「フジミヤぁー」
ヨシトモを追って歩道を進む俺の更に後ろから誰かが名を呼び、小さな手が肩をポンポンと叩いてくる。
間延びした緩いその声は、誰か……とボカすまでもなくクマ子で確定だけどな。
「何だよクマ子」
俺が返事をするとクマ子は忙しなくパタパタ走り、脇の下に有り余っている服の布地を翻しながら、俺の目の前に躍り出た。
俺のペースに合わせた後ろ歩きに移行し、ポケットから棒付きキャンディを取り出して何やら弄り始める。
こいつ、危険な目に遭うかも知れないってのにわざわざ俺達について来ちゃったんだよな。
そりゃあこっちとしては、超能力を無効にする手段が有るのは心強いし、やや扱いづらいがシゲゾウまでセットなのは正直言って助かる。
今回の予知夢に俺達の知らない超能力者が絡んでくる可能性は否定出来ないしな。
ただ、下手をすると流れ弾で死にかねないのに、クマ子には恐れの色が全く見られない。
シゲゾウは今回俺達に協力するに当たって消極的だったが、むしろあれこそが普通の感覚だろう。
生まれ付き無痛症で後から不死身になった俺には、普通の感覚なんて全然分かんないけどね。
「クマ子、どうした」
「シゲちゃん、このキャンディの紙ぃ、何時ものより固いよぉー」
俺を間に挟んだまま、クマ子とシゲゾウがやり取りしている。
……俺だって銃弾程度は怖くないが、それは飽くまで俺が不死身アンド無痛症だから。
弾丸が体の中に残るとしたら気持ち悪いけどね。
もし撃たれたとして、いっそ貫通してくれた方が俺としてはずっとマシだ。
さて、そんな肉壁の俺に対して無効こそ有れど、クマ子の肉体は常人とほぼ変わらない訳だが。
「ねぇシゲちゃん、これ開けてぇー」
クマ子は自身の手によるキャンディ開封を諦め、シゲゾウに代わってもらおうとキャンディを差し出す。
俺越しに。
「任せろ」
シゲゾウはクマ子が差し出したキャンディに腕を伸ばし、しかと掴み取った。
俺越しに。
いやいや、直接やれと。
つうかクマ子は何がしたいんだ。
「シゲちゃんありがとぉー。
この後も宜しくねぇー」
「ああ……」
クマ子が言うこの後とは恐らく、これから起こるであろう銃撃事件の事を指している。
幾らシゲゾウが守ってくれるからと言っても、拳銃相手にシゲゾウの瞬間移動がどこまでやれるかは疑問だ。
その瞬間移動の扱いも、幼少からの使い手であるアツシには及ばないだろうしな。
最も、そのアツシは現在クマ子に瞬間移動を無効にされているし、あの日以降誰とも会ってないんだそうだが。
せめて伴侶のウララくらいには顔を合わせてやれよと、個人的にはそう思う。
「ほれ、取れたぞ」
シゲゾウは包み紙が取れたらしい棒付きキャンディを、しかし包み紙の付いたままでクマ子に差し出した。
キャンディ部分を紙越しに摘み、棒部分をクマ子に向けてるから、クマ子がキャンディを受け取りやすくする為に配慮してるんだろう。
クマ子がシゲゾウに入れ込む理由の一つを、俺は垣間見た気がする。
優しい男はウケが良いんだろう。
……俺は、ココアに優しくなかったのか?
「シゲちゃんありがとぉー」
「で?お前は何をしたいんだよクマ子」
クマ子はシゲゾウから受け取ったキャンディを、俺の口元へと近付けた。
包み紙はクマ子の手には無く、受け渡しの際にシゲゾウが回収したんだと伺える。
ホント、クマ子に優しい奴だ。
「これあげる」
「は?」
「要らないのぉー?」
クマ子はキョトンとした真顔で俺を見つめ、首をクリッと傾げている。
「いや、貰っとく。
サンキュークマ子」
突き付けられているキャンディを掴もうと手を出したら、クマ子はそのキャンディを頭上にサッと掲げ、俺の手を空振りさせた。
「は?」
「クマ子があーんしたげるからぁー、フジミヤは大人しくしててねぇー」
ふざけんな……と言いたいとこだが、これから危険な任務を共にする仲間同士だ。
今後の連携を円滑に進める為にも、ここは波を立てずに受動的で居るとしよう。
「……あーん」
「ほいっ」
俺の口内にキャンディが押し込まれる。
味覚が鈍めの俺にも良く分かるくらいに強い果物系の香りが、瞬く間に鼻の中まで入り込んできた。
甘いのは、それ程好きじゃない。
「にひひ。
どうだぁー、ペロンチョキャンディは美味いかぁー?」
「うん……」
「すまんな、フジミヤ。
クマ子に付き合わせて……」
俺は一旦棒付きキャンディを口から出し、軽く振り返って背後のシゲゾウに目をやった。
シゲゾウはヨシトモ宅を出てからと言うもの、ずっと俺達4人中最後尾を歩いている。
その意図は知る由も無いが、俺達に背中を預けるのが不安なのか、逆に俺達の背中を守ってくれてるのかってとこだろう。
「気にすんな。
お前こそ、こいつとずっと一緒なんだろ?
心中お察しだぜ」
「俺は……クマ子を愛しているから平気だ。
目に入れても痛くない。
実際は痛いだろうが」
シゲゾウの実直なセルフツッコミの不意打ちに、俺は僅かながら吹きかけた。
でしょうね。
「……そうか。
誰かを愛するって良い事だよな」
「ああ。
俺もお前も、愛から生まれたしな」
愛、愛と言い合っていると、ココアの事を思い出さずには居られない。
あいつは兼ねてから両親の仲が破滅的で、ずっとそれに耐えてたのが一転死に踏み込んだくらいだから、俺と最初に会ったあの時はかなりやばかった事だろう。
今でこそ超能力のお陰で持ち直しつつあるが、あいつもシゲゾウが言ったように……愛から生まれたと言えるのだろうか?
「フジミヤくん」
シゲゾウと軽く話し込んでいると、前方からヨシトモの声がした。
正面に向き直ると、黙って先頭を歩いてた筈のヨシトモが立ち止まり、俺に体を向けている。
ヨシトモの後方、つまり俺達4人の進行方向を見ると横断歩道に差し掛かっていて、歩行者信号が赤だった。
「どうしたヨシトモ」
「いや、僕もクマ子さんからキャンディを貰ったんだけどね。
このキャンディ、包み紙が凄く硬くて開けられないんだ。
僕が非力なせいだと思うから、悪いけどこれ開けてくれないかな?」
確かにヨシトモは、俺が貰ったのと同様のキャンディを手に持っている。
「そんなに硬いのか?
興味出てきたわ、貸してみろヨシトモ」
「うん、頼むよ」
俺は自分のキャンディを口の端に突っ込んで手を空け、ヨシトモから棒付きキャンディを受け取るなり、その包み紙に早速爪を立ててみた。
「……取れないな」
「でしょ?」
「まあその内取れるだろ。
これは俺に任せてくれ」
「ありがとう。
あっ、信号が青になったよ」
「おう」
ヨシトモは先に歩き出し、俺もキャンディに意識を割きつつ足を動かした。
いつの間にか俺の背後に戻ってたらしいクマ子が、再度俺の前へ。
これはクマ子が駆け足で信号を渡ろうとした事よりも、俺キャンディを剥こうとする俺の動作が鈍くなってる影響だろう。
シゲゾウは相変わらず最後尾みたいだ。
「なあ、クマ子」
「なぁにぃーフジミヤぁー?」
クマ子はクルクルと回転しながら、横断歩道を危なげに渡っている。
何時もそうだが、こいつ楽しそうだな。
「お前、人質とか銃とか事件とか、そう言うの怖くないのかよ?」
「シゲちゃんが守ってくれるからぁー、ちっとも怖くないよぉー。
何ならセフレのフジミヤも居るしねぇー」
「おまっ、外でそれ言うな!」
クマ子の唐突なセフレ発言に、俺は危うくキャンディを投げ付けてしまう所だった。
もしそんな事をしてしまえば、後ろのシゲゾウが黙ってはいない。
落ち着け俺。
「ええぇー?良いじゃん事実なんだしさぁー」
「事実は事実でもお前が作った既成事実だろ!
人の寝込みを襲いやがって!」
「クマ子は健康優良児だけどぉー、フジミヤも健康優良児ですから。
あんなにおっ勃てといて放置じゃ体に毒だぞぉー」
「ぐっ……」
俺はキャンディの棒を怒り任せに握り締め、グニっと変形させた。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、クマ子は先に進んで行く。
「フジミヤ、本当にすまん。
こればかりは俺も面倒を見切れない。
お前の不死身がクマ子に消されないのは有難い」
傍若無人なクマ子を見るに見兼ねたシゲゾウが、とうとう俺の左隣についた。
「はいはい……ったく、クマ子のこの天真爛漫振りには呆れるよ。
親の顔が見てみたいぜ」
「クマ子の親は優しい。
愛に溢れている」
意外な発言を聞き、俺はすぐ左に居るシゲゾウを見上げた。
改めて隣り合うと、カイリにも匹敵するその巨体は迫力満点だ。
丸眼鏡の奥の瞳はクマ子に向けられているんだろう。
「そうなのか?
じゃあ何であんなビッチに育っちまったんだよ」
「優し過ぎたんだろう。
クマ子は何をしても親に叱られない。
だからああなったと思う。
それに、生まれ持っての性格かも知れない」
簡潔な会話を好むシゲゾウが、珍しく長々と喋った。
「生まれ付きねぇ。
ちょっとくらい叱ってやった方が本人の為にもなるんじゃねえかな」
「ADHD……だそうだ」
「何だよそれ」
聞いた事は有るような。
「不注意、多動、衝動性の強い性格……だな。
病気とされる事もある」
「殆どクマ子まんまじゃねえか」
「だな」
俺はクマ子が居るであろう前方に目をやった。
すると、クマ子がヨシトモの周囲をグルグルと慌ただしく駆け回っている。
「……ま、カイリやアツシに比べたら可愛いもんだな」
「フジミヤ、俺は彼等にも詫びたい。
他の超能力者は敵だとばかり思っていた。
超能力の復活を祈っている」
視線をクマ子達からシゲゾウに戻すと、シゲゾウは眉の端を下げ、如何にも罪の意識に囚われているような顔をしていた。
「気にすんなって。
お前のせいって断定出来る程、物事は単純じゃねえよ。
絶対悪いのは、過去にお前達を襲った奴くらいだろ」
「……そう言ってくれると助かる」
キリの良い所まで話が進んだ頃、クマ子が俺達の側に近寄って来た。
「シゲちゃん遅いぞぉー。
早く行こぉー」
クマ子はブーブー言いながら、シゲゾウと手を繋ぎ合わせる。
クマ子の小さな手とシゲゾウの大きな手のギャップは大きく、まさに凸凹カップルと言えるだろう。
「分かった」
クマ子に合わせて小走りするシゲゾウ。
不意にクマ子が振り向いて、取り残されている俺を指差した。
「フジミヤも健康優良児なんだからぁー、ちょっとは走りなさい」
「はいはい……」
こいつ、俺達が何しに大公園へ向かってるかホントに分かってんのか?
俺はハァッと溜め息を吐いた後、2人の背中を追いかけた。
……仲睦まじげに手を繋ぐ男女を見て、俺はココアとの一件を思い出す。
ココア、俺達の関係はあいつらみたいに上手くは行かないかも知れないが、それでも俺はお前を守るぞ。
例え身勝手だと罵られようとも、絶対にな。




