買って来いっ!byフジミヤ
クマ子の家は、こないだカイリがとアツシが揉めていた公園の有る辺りに建っていた。
古く、割と広い家で、
トイレに行く時はなんかはちゃんと場所を聞いとかないと、最悪迷う羽目になりそうだ。
俺はある部屋の中で、ようやくシゲゾウの肩から下ろされた。
ちなみにクマ子は途中で俺達と別れ、どこか別の部屋へ。
ちょっとした物置な感じの部屋で一応窓が付けられてるが、
後は大小様々な箱が雑に置かれたり、積み上げられたりしているのみ。
見所自体少ないが、どっからどう見ても普通の客を通す部屋ではない。
「もっと早く下ろせよ。
足を怪我したんじゃあるまいし」
「そうだな」
「そうだなって……」
シゲゾウが俺の前に正座した。
こいつ見るからに大味な性格してそうだが、実は結構真面目なんだよな。
「話の続きを」
「えーっとだな、お前とクマ子ってどういう関係?」
「カップルだ」
そうだろうとは予想してたが、同時にツッコミどころも。
「クマ子の奴、俺にセフレとか言ってたぞ?
カレシとしてなんか思わないのか?」
シゲゾウはやや恥ずかしそうに、左手で頭を掻く。
「分からんか?」
「何がだよ」
「俺も超能力者。
クマ子はキスで超能力を消せる。
俺がクマ子とキスすると……」
「あーはいはい、分かった分かった。
付き合ってるけど、キスとかは出来ないんだな」
「可能だが、クマ子を守れなくなる」
「そうだな。
シゲゾウの超能力も無効にされるもんな」
シゲゾウは地震と俺との間のフローリングに視線を落とした。
「俺もつらい。
クマ子は俺以上だ」
「アツシなんかは結構超能力に詳しいし、お前達のチカラになれるかもよ。
なんでお前は、俺達と仲間になりたがらないんだ?
過去に何が起こったのか、聞かせてくれないか?
特に、超能力者になる前後の事とかさ」
「……ちょっと良いか?」
突然、シゲゾウは正座をやめておもむろに立ち上がり、
あるダンボール箱の影から何かを拾い上げた後、またダンボール俺の前で正座した。
「どうした?」
「いや、ハサミがな」
「ハサミ?」
「大した事ではない。
話を続けよう。
俺とクマ子の過去だったな」
ハサミが落ちてたのか?
大した事ではないと言われると逆に気になっちまうのが人間のサガってもんだが、
折角協力関係を結べそうなんだ、本人の意思に沿ってここはスルーしておこう。
「クマ子が時間を止める超能力者に襲われた時、
偶然クマ子と俺は超能力者になった。
2年以上前だ」
「恐ろしく簡潔な説明だな……。
色々とはしょってんじゃないか?」
今回だけでなく、前からこのシゲゾウは発言を極力縮めようとするクセがある。
「長くなる」
「まあ、そうだろうな。
で、その時間を止める超能力者がまたクマ子を襲うだろうから、
強い超能力を探してんのか?」
「あれは今も塀の中だ」
「へえ」
シゲゾウが黙りこくってしまった。
「今のはただ相槌を打っただけなんだ。
ギャグじゃねえからな」
「そうか」
「でも、時間を止められるなら簡単に脱獄とか出来そうだけどな」
「クマ子が無効にした」
「2年以上前だろ?もう使えんじゃねえか?」
「分からん」
この話の流れで、俺はとてつもなく嫌な予感がした。
「おいシゲゾウ、クマ子の無効化っていつまで持続する?」
「分からん」
「分からんかー。
キッツイなそれ。
下手したら俺はこれから一生、超能力が使えないかも知れないのかよ」
「クマ子の無効はお前達で2回目だ。
最初の相手は塀の中で確かめられない。
だから無効が解けるか分からない」
俺は大きなため息を吐いた。
「全く、俺達からケンカをふっかけたとかならまだ良いが、
そっちから一方的に仕掛けてき来られたんじゃなあ。
正直納得行かねえわ」
「俺も、度が過ぎたと思っている」
シゲゾウはうなだれて目を閉じ、萎縮している様子。
「まあそんなに落ち込むなよ。
ウチのカイリだってワルだし、俺を半殺しにしたし、
アツシだってココアを散々な目に遭わせてるけど、
なんとか集まれてはいるからよ。
問題は、いつまで無効化が続くかだ」
「分からん」
「それはもう分かったって」
居眠りから目覚める時みたいに、うなだれていたシゲゾウが突然体を起こす。
「分かったのか!?」
「あいや、今のはな……」
俺が入れ違いを解決しようとした時、別の部屋へ行っていたクマ子が現れた。
「お待たせーっ!」
クマ子はガムテープやビニールテープの輪、
フックの付いたゴム製の紐なんかをゴチャゴチャと持っている。
「クマ子、それなんだよ」
「言わせるな、恥ずかしいっ!」
ああそう言えばそうでしたね。
現実逃避しちゃってすっかり忘れてましたよ。
これから俺、言わせると恥ずかしい事をするんでしたね。
ったく、ライトノベルかなんかじゃあるまいし。
「言うと恥ずかしいような事に使うつもりなんだな」
クマ子が右手で俺を指差す。
「クマ子は健康優良児だぞ!?恥ずかしい事だってしますから!」
「何その珍妙な返し……」
「シゲちゃん手伝って!」
クマ子はシゲゾウに、ありったけのテープ類と紐類を押し付けるように渡した。
「どうするんだ?」
シゲゾウが尋ねると、クマ子は俺の背後に回って後ろからしがみ付いてきた。
身長が身長なだけにクマ子は座高も低く、俺の首筋に息が当たっている。
「こいつを縛り上げるのだーっ!」
「いきなり緊縛プレイだと!?」
こいつアホだが、そっちの知識と言うか興味は謎に持ってんのな。
「フジミヤ、悪いな」
シゲゾウは早速ビニールテープを手に持ち、俺を同情の目で見つめてくる。
「もう良いよ」
かくして俺は諦めの境地に入り、無抵抗でロースハムよろしくグルグル巻きにされた。
「出来たぁー!」
「いやいや巻き過ぎだろ。
脱がしたりとかしづらいぞこれ」
「いざとなったらハサミが有るから、クマ子は気にしないぞぉー」
「俺は余計気にするわ!
つうか緊縛プレイに服ビリだと!?」
「それじゃあスタートーっ!」
クマ子は勝手に開催宣言をし、緊縛状態の俺に覆い被さってくる。
クマ子はカラオケのトイレでの時と同じく、またキスをしようとして顔を近付けた。
が、唇が触れ合う寸前でクマ子は停止。
「あ」
「どうした。
焦らしプレイか?」
クマ子はスッと立ち上がり、棒立ちしていたシゲゾウ
(普通こんな時は席を外すだろ、まあそもそも普通じゃないけどねこの状況)
に近寄った。
「ねえシゲちゃん、コンドーム持ってない?」
「ぶっ!」
こいつマジでそこまでやるつもりかよ。
つうかそんな都合良く持ってる奴居るかっての。
「無い」
「んー、仕方無いなぁー。
生でーーー」
「買って来いっ!」
俺は全身全霊の声量をもって、クマ子の発言を遮った。
こいつは頭のネジが抜けてるどころかネジ穴自体が空いてなく、
中身無いけどとりあえず頭蓋骨っぽいのだけ乗せときましたーって感じの知能レベルだ。
ここまで来ると、逆に一瞬でも踏みとどまってくれたのが奇跡とさえ思えるな。
「あービックリしたぁー」
俺の声が大きかったので、クマ子は顔をしかめて左目をつぶり、
両方の耳を手で塞いでいる。
「俺の方がビックリ仰天だわ!
高校生が出会って初日でそれか!?」
「じゃあ買って来る。
シゲちゃん行こぉー」
クマ子はシゲゾウと手を繋いだ。
「クマ子、フジミヤはこのまま?」
「えー、だってまた縛るの面倒じゃん」
「俺クマ子達の仲間だよな。
人権有るよな。
ラブドールとかじゃないよな?」
「出発ーっ!」
クマ子は我先にとシゲゾウの手を引いて部屋を飛び出し、
シゲゾウがそれに追従して部屋を出る寸前、俺に振り向き、
「すまん」とだけ言い残した。
こうして俺は、今日知り合ったばかりな人間の家にて、
16歳の若さで人生初の緊縛放置プレイを体験する羽目となる。
今は平気だが、トイレしたくなった時どうすりゃ良いのかがすごく気がかりだ。
あー、誰か助けに来てくれねえかなぁ。
俺は身をよじってゴロンと寝返りを打ち、窓の外に目をやった。