絶対に俺はこんな事言わないbyフジミヤ
ショッピングモールと同じで、ここの上の5階が最上階である。
ガンガンと足音を立てて階段を駆け上る途中、
俺は内心で自分を叱っていた。
仮にも自殺に踏み切ったやつを一時的にでも放置するのは、
正直言ってまずかったか。
消防士、救急救命士、外科医、カウンセラー、自衛隊。
人が人を救うという行為には、
手段や状況が何であれ、並々ならぬチカラが必要になる。
それを俺は、過去の交通事故で痛感していたはずだ。
それなのに、俺はココアから目を離しちまった。
死にそうなやつはほっとけないとかほざいておきながら…な。
俺は更に速度を上げ、階段の次の段を踏み付けた。
俺は駐車場の最上階に到着し、息つく間も無く走り出す。
最上階と言っても屋根があり、陰気臭さは相変わらずだ。
数々のクルマを尻目に角まで走り、そこを曲がった少し先に、
ココアは居た。
窓際(絶対違うだろうけどどう呼んだもんか)に外向きで座っている。
あの茶髪と赤青のマフラーは、間違い無くココアだ。
マフラーが外の風を受けて、フワフワと揺れている
いや、マフラーじゃなくてストールだったっけか。
俺はココアが無事で居た安心から、ホッと胸を撫で下ろした。
「ここに居たのかー、ココア。
また飛び降りたんじゃないかって心配したぜ」
俺はココアの背中に声をかけながら近寄った。
「俺の財布見つかったぞ。
待たせて悪かったな。
料理はもう注文してるのか?迷惑だから戻ろうぜ」
俺の声が聞こえてるだろうに、ココアはこっちを振り向きもしない。
「要らないよ。
食べ物も何もかも、全部。
あんたのそのお節介もね」
「食欲無いのか。
じゃあもう一回、服見に行かないか?」
「要らないって」
「じゃあ俺の服選んでくれよ。
自分で服買った事無くてさぁ、どれが流行りとか分かんなくて。
ココアになら任せられるわ」
「うるさい!」
ココアは怒鳴りながらもようやく俺の方を見てくれたが、
目はほんのりと赤く充血していて、その目から下には涙の跡があった。
「泣いてたのか」
「どうでも良いでしょそんなの。
デートごっこならもう終わりよ。
ひとりで味噌汁でもガンシューでもなんでも、好きにしなさいよ」
その様子の裏には只ならぬ事情が窺えたが、
俺はあえてそこに触れず、おとぼけ気味に振る舞った。
「おいおい、ちょっと独りにされたからって泣くやつがいるかよ。
そんなに寂しかったんなら、俺からはもう絶対離れないからさ。
いくら何でも女子トイレには入れないが、すぐ外で待っててやるぜ?」
ココアは、また外の方を向いてしまった。
「しつこいわね。
寂しいのはあんたの方じゃないの?」
「そうかもな」
「闇を抱えたオンナなら近寄りやすいとか、
簡単にヤレるとか思ってんじゃないの?」
「そうかもな」
「馬鹿にしてんの!?」
ココアが俺を見はしないまでも、俺の発言に反応して頭を傾けた。
「馬鹿にはしてないぞ。
ただ一度助けた以上、立ち直れるまでの間、
少しでも支えになってやりたいと思ってる」
「支え…ねぇ。
あたしに空いた穴は大き過ぎるのよ。
出会ったばっかのあんたなんかには、到底埋められないくらいにね。
両親どころか、好きな人まで離れてっちゃったんだから」
やっぱり、俺の居ない間に何かあったらしい。
その好きな人とやらから、メールで絶縁でも告げられたんだろうか。
「両親がどうかしたのか?」
俺が問いかけると、ココアは座り直して俺と向かい合い、
顔の涙を袖で拭った。
「そういやまだ言ってなかったわね。
あたしのパパとママね、離婚したのよ。
ゆうべに大喧嘩して、そのまま二人共出ていっちゃった。
娘のあたしを置き去りにしてね。
良い歳してるくせに馬鹿みたい」
「そりゃ酷いな。
でも、それはゆうべ起きた事だろ。
今ここで泣いてるのは、また別なんじゃないか?」
ココアは、自分が首に巻いているストールの端をキュッと握った。
「フジミヤ、教えてあげる。
女の子はね、愛されてないと生きてけないの。
あたしなんかは特にそうよ」
「そうなのか。
俺は見ての通り男の子だから、さっぱり分かんねえな」
「でしょうね」
「じゃあ俺より、女子の友達に相談すっか?」
ココアはブンブンと首を横に振り、
俺が適切だと思って出した提案を、過剰なまでに否定してみせた。
「あいつらなんかに話したら、絶対影で笑われる。
他人の不幸を喜ぶような連中ばっかりだから」
「そりゃあ残念だな。
もしかして今朝、
一緒に登校しようって誘ったのも迷惑だったか?」
「それは別に…。
でも、こんな事になるんだったら、
学校行った方がまだマシだったかもね」
ココアがうつむき、コンクリートの地面に目を下ろした。
「こんな事って?」
「あんたが居なくなった後、あたしが片思いしてた先輩が来たのよ。
先輩の好きな人がフードコートでバイトしてて、
その子に告白しに来たんだって」
アチャーっ。
声にこそ出さなかったが、俺は自分の額を手で押さえた。
今目の前に居るココアを見れば、
その告白がどう展開したのかは明らかだ。
良かれと思ってショッピングモールに連れ出した
(選んだのはココアだが)のに、
そんな不運な鉢合わせをさせちまったとは。
てか、うちの高校ってバイト有りだったんだな。
「よく一緒に居るあの子はどうなのって先輩が聞かれてさ。
あんなのカノジョでも何でもない、
ただ向こうが勝手に付きまとってきてるだけだって。
あの子って絶対あたしの事なんだよね。
それなりに声かけたり、遊びに誘ったりしてるから。
まさかそんな風に思われてたなんてね…」
ココアはその場面を思い出すだけでもうんざりしたのか、
大きなため息をついた。
「その先輩ひでぇやつだな。
いくら何でも、本人が見てるそばでその言い方は無いだろ」
「いや、あたしは隠れてたから…」
「そうだったのか」
「あーあ。
先輩となら結婚しても良いかなって思ってたのになぁ。
もうやだ」
ココアは両腕を投げ出し、
コンクリートや鉄筋がむき出しにされている、駐車場の天井を見上げた。
「どうしても独身が嫌ってんなら、いつでも俺が貰ってやるぞ」
「馬鹿。
そういう話じゃないから」
ココアのジト目が俺を睨む。
ココアの乙女な愚痴に乗っかってボケだつもりだったが、
今のはいくらなんでもやり過ぎたか。
「冗談だって」
「ねえフジミヤ。
あたしは宗教とか興味無いけどさ、この世に神様って居ないのかな?
もし居たらとしてさ、神様あたしに冷たくない?」
ココアの言い分は最もだ。
親の不仲を苦に自殺を試みて、さあ憂さ晴らしだと出掛けりゃ、
今度は片思いが破局する場面に出くわし、
おまけにディスられたと来たもんだからな。
そりゃあ、神様や運命を憎みたくもなるわ。
ココアは壁に対して斜めに姿勢を変え、外の景色を見下ろした。
「だからさ、
この先も神様はあたしを苦しめるんだろうなって思ったら、
なんかまた死にたくなっちゃって。
この高さなら助かんないよね」
俺はココアの死にたい発言を聞き、一歩前に出た。
いざとなったら力ずくで止めるつもりだ。
相手にどんな事情があっても、
俺の目の前で死なれるのは御免だからな。
「やめとけよココア。
その先輩じゃなくても、他に男なんて沢山居るだろ。
一回フラれたくらいで諦めちまうのか?」
「怖いのよ。
また拒絶されたり、離れられたりするのが怖いの。
だからもう、恋なんて出来ない」
「それは今現在の話だろ?
時間が経って今日の事を忘れられたら、その時にまた恋をすれば良い。
一度の出会いに命懸けなくても、お前なら十分いけるって」
「うっさいわね。
死にたいもんは死にたいのよ。
偉そうに説教しないでくれる?」
ココアがまた、俺の方を睨んだ。
「お前、死にたいのか」
俺は絶対にこんな事は言わない。
そもそも今のは俺の声じゃない。
今のは、ココアの座るすぐ隣に立っている、
黒いパーカー姿の(声色や体格から察するに)若い男が発した声だ。
何が起こったのかはサッパリだが、少なくとも俺からすれば、
ついさっきまで何も無かった空間に、
突然黒パーカーの男が現れたように見える。
まるで、男が瞬間移動でもしたかのように。
「じゃあ死ね」
黒パーカーの男はココアの右腕を掴み、
そのままココアを道連れにするかのように、駐車場から飛び降りる。




