第一話
古の昔……
この世界――ラスキティアが、まだ神々と人が共にあった時代。
人間をはじめとする光の民は神々の加護を受け、魔族をはじめとする闇の民は悪魔の力を得た。
世界は二つに分かれ、長きにわたる大戦を繰り広げたという。
その戦いに終止符を打ったのが、女神フィオナを中心とする神々だった。
神々に導かれた光の民は勝利し、それ以来、この国では神への祈りを欠かしてはならないとされている。
「という話だよ。フィオナ様に祈りを捧げるのさ。もう10歳になったんだからルーシェ。明日はちゃんと教会へ行くんだよ」
「えぇ……でもおれは、オルヴァスのおっさんのところで短剣術の『守りの型』を――」
隣では、妹のフィーナが慣れない手つきで切った肉の破片を口に運び、得意げな顔をしている。
相変わらず呑気でいいな、とルーシェは思った。
「……大事なのは、継続することなんだ」
昨日もできた。今日もできた。
なら、明日もやらなければならない。
おばあちゃんのこの話はことあるごとに聞いている。大事なことなんだろうが、それでもルーシェの気持ちは変わらなかった。
「全く、誰に似てわんぱくな坊主になったものか。
……まあいい。
フィーナは行くよね?
おばあちゃんと一緒に行くかい?」
「うん! 私がお荷物持つね」
「ありがとう。じゃあ帰ったら、フィーナの好きなりんごのタルトを作ろうかね」
「やった! 私もお手伝いする!」
本当に気楽な妹だ。ルーシェは小さくため息をついた。
それでも、胸の奥には譲れない思いがあった。
強くなりたい。みんなを守れる戦士になるために。
翌朝。
教会の鐘が鳴り始める頃、ルーシェはおばあちゃんの目を盗んで村はずれへ向かった。
無類の酒好きのオルヴァスは朝が弱い。
昼には酒場へ入り浸っていることが多く、ルーシェが訓練を受けるには朝を狙うしかなかった。
「……えーと、おっさん?起きてる?」
荒屋のドアをそっと開けルーシェが佇む。
「んー、……あー、ルーシェ?」
酔眼でベッドから顔だけ出す中年のおっさんを確認し、ルーシェは胸を撫で下ろす。
「オルヴァスのおっさん、また遅くまでアクアス酒場にいたの?」
村に1軒しかない酒場だから当たり前だが。
「ん〜、うるせぇなぁ。いたよ。だからなんだ。酒は飲むためにある」
「おっさん!短剣の『守りの型』、ちょっと見てよ。持ち方はこうだったよね?体の向きをずらして、短剣を斜めに、流す?だっけ、こうやって……」
「まあ待て待て。まだ眠い。し、腹減った。もう朝……か?ルーシェ朝飯は食ったのか?」
「食べたよ。お腹減ったらお昼用に持ってきたパンもあるし」
「よし、まず、そのパンをおれにくれ。そしてお湯を沸かすので、水を汲んできてくれ」
寝起きのおっさんは入口近くにある水桶を指し笑みを浮かべた。
しぶしぶ桶を片手に来た道を戻る。
まあいい。三日連続で訓練を受けられそうだ。ルーシェは軽やかに村の中心部へ向かう。
「おお、ルーシェ、なんだ、ご機嫌だな?」
ルーシェが振り返ると重そうな本を両手に抱えた幼馴染が意地悪そうに微笑んでいた。
「ロウリゴ、おはよう。オルヴァスのおっさんが水を汲んでこいってさ」
「こんな朝からおっさんのところに?」
分厚い本を持ち直してロウリゴは呆れ顔だ。
「ルーシェはこうと決めたら一直線だな。
僕も魔力炉のことで聞きたいことがある。
一緒に行くよ」
ロウリゴはふと思い出したように顔を上げた。
「そうそう、さっきザガシトに会ったんだ。あいつもおっさんに用があるらしい。呼んでくるから待ってて」
ロウリゴにしては珍しく騒がしいなとルーシェは小さく苦笑いし、雲ひとつない空を見上げた。
寒空ながらも柔らかな日差しが降り注ぐ。
「光の子は星を見上げ〜
星の子は月に祈る〜――
近くで幼子のわらべ歌が聞こえる。
何もない辺鄙な村だが、時間がゆっくり流れるのんびりさはとても好きだった。
再び空を見上げて、今日がいい一日になるといいなとルーシェは思った。
山の向こうから風が吹き、わらべ歌はそこで途切れた。




