542話 勇者の残滓
天使を倒した直後、遥斗の身体が赤い光に包まれた。
レベルアップのエフェクトだ。
それも一度や二度ではない。
複数回の連続レベルアップ。
「……やっぱりそうか」
遥斗は納得したように頷いた。
(こいつらも、モンスターと同じ性質を持っているんだ。創造主が同じだから)
さすがに素材ドロップまではしなかったが、経験値の概念は適用されるらしい。
天使もまた、クロノスが構築した世界システムの一部でしかないということだ。
遥斗は生成されたばかりのエリクサーの蓋を開け、一気に煽った。
ドクンッ!と全身の細胞が活性化する。
減っていたHPとMPが、一瞬で完全回復する。
疲労も消え、意識が冴え渡る。
周囲の天使たちは、動きを止めていた。
それほどの動揺はない。
彼らに人と呼べる感情は、もうないのかもしれない。
けれど、それでも本能的な警戒心からか、遥斗を遠巻きにして近づこうとしなかった。
大輔はその光景に呆気にとられ、口をぽかんと開けていた。
力を失っているとはいえ、全員で束になってかかっても手も足も出なかった、あの絶望的な化物を。
指先一つ触れずに、瞬殺してしまったのだから当然だ。
「すげぇ……」
思わず大輔が漏らす。
それは、純粋な畏敬の念だった。
美咲も驚愕のあまり言葉が出ない。
これが、遥斗の本当の力。
世界を科学する力。
遥斗は息を整え、再び涼介の方を向いた。
涼介は、その戦いの一部始終を見ていた。
瀕死のはずのその顔には、なぜか満足げな笑みが浮かんでいる。
喉に溜まった血をゴボリと吐き出しながら、それでも瞳だけは輝きを失っていない。
心の中で、遥斗を誰よりも認め、誰よりも信じていた。
俺の見込んだ男は、やっぱりただ者じゃなかった。
涼介が勇者というシステムの傀儡に過ぎなかったとしても、涼介が信じた親友は、システムそのものを凌駕する本物だった。
「涼介!動いちゃだめぇ!」
千夏が悲鳴のように叫ぶ。
気功による循環が乱れれば、即座に死に至る。
だが、涼介は震える手で千夏の腕を掴み、首を振った。
「千夏……頼む。聞いてくれ」
それは命令ではなく、心からのお願い。
今まで一度も見せたことのない、弱弱しくも真摯な態度。
千夏は唇を噛み、涙を堪えて頷くしかなかった。
涼介は、視線を遥斗に向けた。
「遥斗……」
「涼介、無理しないで。今、助ける方法を……」
「いや、俺はもういい」
涼介は遥斗の言葉を遮った。
「自分の身体だ……分かる。俺の『本体』はあそこに行った。……ここにあるのは、俺自身の残滓だ」
涼介は、空を覆うクロノスを顎でしゃくった。
自分自身への皮肉。
だが、そこには憑き物が落ちたような清々しさがあった。
「遥斗。……俺の力を、使え」
「え……?」
「俺に残っている『勇者の力』……ステータス、スキル。その能力、その全てを、お前に渡す」
涼介の提案に、その場の空気が凍り付いた。
「そんなこと……っ!だめよ!絶対に!」
千夏が叫んだ。
「今、勇者の力を失ったら……涼介が死んじゃう!!あたしだけの力じゃ……」
勇者の高いステータス補正と自動回復能力があるからこそ、千夏の気功でかろうじて生体活動を維持できているのだ。
それがなくなれば、涼介という肉体の崩壊は止められない。
「いいんだ、千夏。どうせ、長くは持たん。……だったら、最後に意味のあることに使いたい」
涼介は優しく千夏を見た。
「やだよ……嫌!死なないでよぉ!」
千夏は子供のように泣きじゃくった。
涼介は再び遥斗を見る。
「遥斗。お前の『アイテム士』の力は凄まじい。……だが、それだけじゃ勝てない」
涼介の指摘は的確だった。
アイテム士の『生成能力』は、対象を素材として認識できれば無敵に近い。
だが、それには「接触」もしくは「近距離」での発動が必要だ。
遥斗自身の身体能力は、レベルアップしたとはいえ、あくまでアイテム士の範疇。
防御力も紙同然だ。
相手は空を飛ぶ女神と天使の軍勢。
遠距離からの魔法攻撃や、超高速攻撃を受ければ、近づく前に敗北必至。
空を飛ぶ手段も、圧倒的なスピードも、一撃に耐えうる耐久力も、今の遥斗には欠けている。
「俺の力があれば……お前は完璧になれる。お前なら出来る、いや、お前にしか出来ない」
涼介は血まみれの手を差し出した。
「お前に賭けるしかないんだ。……頼む、遥斗。俺の罪を、俺の正義を……終わらせてくれ」
遥斗は拳を握りしめた。
涼介の命を賭しての決断、その想い。
友の死を予感させる言葉。
確かに。
このままでは、全員が死ぬ。
美咲も、千夏も、大輔も、さくらも。
世界ごとクロノスに喰われて終わりだ。
遥斗は、泣き崩れる千夏を見た。
彼女も分かっているのだ。
涼介の終わりが近い事を。
それでも、愛する人を失いたくなくて、感情が理性を拒絶している。
「……分かった」
遥斗は決断した。
皆を助けるために。
いや、涼介自身を助けるために。
「受け取るよ、涼介。……君の力を!」




