540話 魂を呼ぶ者
それは、奇跡と呼ぶにはあまりにも科学的で、科学と呼ぶにはあまりにも神秘的な光景だった。
どこからともなく飛来した魔力粒子が、スクラップ同然になっていた『白虎』に吸い込まれていく。
装甲が、失われた力が、まるで時間を巻き戻すかのように瞬時に修復されていった。
キィィィィィン……!
駆動音が響く。
死んでいたはずの機械の戦士が、蒼き光を宿した。
「え……?」
エレナは、涙で濡れた顔を上げた。
自分が操作したわけではない。
魔力を注いだわけでもない。
なのに、白虎のバイザーは完全修復され、内部ディスプレイが次々とデータを映し、システムが高速で立ち上がっていく。
『システム・オールグリーン』
『内部魔力供給、安定』
『マスター承認——バイパス接続完了』
冷徹な電子音声。
しかし、エレナにはその声が、どこか誇らしげに聞こえた。
『警告。仮死状態ノ人族ヲ検知』
「何……?」
白虎の視界モニターに、赤いターゲットマークが表示される。
その対象は、目の前に横たわる遥斗の遺体。
『バイタル反応消失。心停止ヲ確認。——タダチニ救命活動ヲオコナイマス』
『AEDモード、起動』
「A……E……D……?」
エレナは混乱した。
すべてが聞いたことのない単語。
この世界には存在しない医療技術。
だが、白虎には、加奈の創った白虎には「ソレ」が搭載されていた。
ガションッ!
白虎の腕が勝手に動き、遥斗の胸の上——心臓の位置に、掌を当てた。
掌底部分から、電極のようなパーツが展開される。
『チャージ開始……電圧上昇』
『離レテ下サイ』
エレナの意思とは無関係に、白虎が警告を発する。
そして。
『ショック』
バチィィィィィッ!!
激しい放電現象と共に、遥斗の身体がビクンと大きく跳ね上がった。
「きゃっ!?」
エレナは驚いて悲鳴をあげる。
何をしているの?
死体を弄ぶなんて、そんなのひどい。
やめて、遥斗くんはもう……。
『心拍再開セズ。——リトライ。出力臨界点』
白虎は止まらない。
まるで、そこに「戻ってくるはずの魂」があることを確信しているかのように。
遥斗の母、加奈の導きか。
魔力が電気信号となって遥斗の心臓へと叩き込まれる。
バチィィィィィッ!!
二度目の衝撃。
遥斗の身体が弓なりにしなる。
一瞬の静寂。
戦場の喧騒も、天使たちの笑い声も、すべてが遠ざかるような静けさ。
エレナは悲愴な面持ちで、遥斗の顔を見つめた。
……ピクリ。
遥斗の指先が、微かに震えた。
「え……」
次いで、胸が小さく上下した。
——ゴホッ、カハッ……!
堰を切ったように、遥斗が空気を吸い込み、咳き込んだ。
止まっていた時間が、再び動き出す音。
「う、そ……」
エレナのポーションは、決して無駄ではなかったのだ。
あの時、損傷した心臓の肉体そのものは、ポーションの力で修復されていた。
ただ、一度停止してしまった心臓を再び動かす「きっかけ」がなかっただけ。
それを、白虎が、科学の力が補った。
遥斗の心臓が、力強く脈を打ち始める。
それは絶望に沈む世界に鳴り響く、希望の鼓動。
「ん……ぅ……」
遥斗が、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
焦点の定まらない瞳が、彷徨い、やがて目の前のパワードスーツを見る。
中のエレナの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
見慣れた世界。
感じる気配。
高濃度の魔力。
帰ってきたのだ。
遥斗は、乾いた唇を震わせて、掠れた声で言った。
「……ただいま、エレナ」
その瞬間。
エレナの感情が崩壊した。
「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
エレナは白虎ごと、遥斗の胸に飛び込む。
「遥斗くん!遥斗くん!うあぁぁぁぁん!死んじゃやだよぉ!置いてかないでよぉ!」
「ごめん、ごめんね……痛っ、ちょ、エレナ、白虎が痛い……」
遥斗は苦笑しながら、傷ついた身体でエレナを受け止めた。
生きている。
心臓が……動いている。
その光景を見て、大輔が、さくらが、美咲が、へなへなと座り込んでいた。
マーガスが「脅かせやがってバカヤロウ!死んだふりなんかしてんじゃねーよ!俺様には嘘だって分かっていたがな!」と悪態をつきながら涙を拭う。
エレナに次いで、エーデルガッシュも遥斗の胸に飛び込む。
もはや言葉は出ない。
子供のように、いや、年相応に泣きじゃくる。
アマテラスは驚愕の表情を浮かべながらも、どこか安堵した様子だった。
横にいるハルカも涙を拭っている。
絶望の淵に、光が差した。
最弱にして最強のアイテム士が、黄泉の世界から帰還したのだ。
だが、感動の再会を祝う時間は残されていない。
上空では、女神が完全なる顕現を終えようとしていた。
天使たちの笑い声が、再び近づく。
遥斗はエレナとエーデルガッシュの頭を撫でながら、鋭い視線を空へと向けた。
その瞳には、かつての復讐の炎ではなく、静かで強靭な「抵抗する者」の光が宿っていた。
「こいつらが……全ての元凶。このまま思い通りにはさせないよ」




